企業が注目する健康経営とは?5つのメリットとオフィス戦略への繋げ方
従業員の健康を経営戦略の一環として重視し、維持向上を図る経営手法「健康経営」は近年ますます注目されている。健康経営の考え方と導入メリット・デメリット、具体的なオフィス戦略と取り組み方、成功事例などを紹介する。
健康経営とは?定義と目的
経済産業省の定義によると、健康経営とは「従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること」としており、従業員の健康維持向上に投資することを事業戦略の一環としてとらえる経営手法である。
具体的には、企業は従業員のメンタルヘルスケアや、運動・食生活の支援などを通じ、従業員の健康と労働環境の持続的な改善を図る。これにより、従業員のウェルネスや幸福感から生じる仕事のパフォーマンス向上が企業の持続的な成長を促進すると考えられる。
健康経営が注目される背景
健康経営には社会や投資家からの評価向上、優秀な人材を惹きつけるリクルーティングツールとしての役割も
近年、生産年齢人口の減少・従業員の高齢化・深刻な人手不足・国民医療費の増加といった日本の構造的な課題を企業活動の面から改善しようという機運が高まっている。
健康経営により、従業員の健康を維持・増進することで休業リスクを減らし、長期的な働き手として貴重な人材を確保できる。これは生産性の向上、幸福度の向上、医療費の削減に直結し、企業活動の持続可能性を高める効果がある。
経済産業省は「健康経営」を日本再興戦略、未来投資戦略に位置づけられた「国民の健康寿命の延伸」に関する取り組みの一つとして位置付け、国策として推進している。
健康経営には社会や投資家からの評価向上、優秀な人材を惹きつけるリクルーティングツールとしての役割もあり、企業の立場からも長期的な成長促進の手段として注目が集まっている。
健康経営の取り組み・制度
各企業の、従業員の健康を重視する経営姿勢や実施状況を客観的な評価として示すための取り組みや制度も存在する。
健康経営銘柄
健康経営銘柄は、経済産業省と東京証券取引所が、健康経営に優れた上場企業を認定する制度である。この制度は従業員の生産性向上による長期的な業績アップを目指し、投資家にとって魅力的な企業を紹介することを目的としている。
健康経営銘柄に認定されると投資家へのアピールやブランディング・採用活動などのメリットは多いが、対象は東京証券取引所に上場している企業に限られ、原則1業種1社が選定される(近年は1業種で複数企業が選定されるケースがある)ため、認定難易度は高いとされる。したがって、長期的な目標として健康経営銘柄への認定を目指し、まずは健康経営優良法人や健康宣言事業の認定を目指すのが一般的だ。
健康経営優良法人
健康経営優良法人認定制度は、健康経営に優れた大企業・中小企業・その他法人を公的に認定・顕彰する制度である。経済産業省と日本健康会議が主導し、企業の健康経営を促進することを目的としている。
健康経営優良法人に認定された企業はPR活動や求人票でロゴマークを使用でき、公共調達での加点や金融機関からの優遇を受けられる。この制度は「大規模法人部門」と「中小規模法人部門」の2部門に分かれており、中小規模法人部門には健康宣言事業への参加が申請条件となっている。
健康経営優良法人ホワイト500
上記の健康経営優良法人に認定された法人のうち、特に活動が優秀だった上位500社をホワイト500(大規模法人部門)、ブライト500(中小規模法人部門)として顕彰する制度もある。
健康宣言
健康宣言事業は各保険者(各地の協会けんぽや健康保険組合)が実施する制度であり、企業の健康づくりを支援し、従業員の健康増進を目的としている。地域ごとに異なる名称を持つため、自社の地域ではどうなっているのかを確認しておこう。
上記の健康経営優良法人(中小規模法人部門)への申請には保険者を通じた健康宣言事業への参加が必須である。参加した企業は保険者から健康経営のサポートやアドバイスを受けられるため、まずは保険者へ相談すると良いだろう。
健康経営のメリット
健康経営によって従業員が健康に働ける職場では、従業員の労働生産性とパフォーマンスは向上し企業の成長につながっていく
健康経営が企業と従業員にもたらすメリットは、社内の生産性に関することから社会全体での評価まで多岐にわたる。具体的にどのようなメリットがあるのかをそれぞれ紹介する。
従業員の労働生産性やパフォーマンス向上
従業員の健康を軽視する職場環境では、労働生産性が低下し過労やメンタル不調による欠勤・休職(アブセンティーズム)が発生しやすくなる。他の従業員も業務負担が増加し、健康問題や離職につながり、労働環境の一層の悪化を招く可能性がある。
一方、健康経営を意識した職場では、従業員の労働生産性とパフォーマンスは向上し企業の成長につながっていく。
離職の抑制と人材の定着
従業員が健康やメンタルの不調を抱える職場では離職率が高くなり、以下のようなコストが発生する。
退職による給与・賞与・社会保険料
新規採用費
他の従業員の負担増や残業代
新入社員の教育費用
健康経営とワークライフバランスの推進により、仕事と生活の両立が可能な職場を実現することで、離職率の低減と従業員退職に伴うコストの最小化が可能である。また、人材が定着し業務の知識や経験が蓄積されれば、労働生産性の向上も期待できる。
採用の強化
健康経営への取り組みを採用活動において前面に出すことで求職者が集まりやすくなる。知名度が高くない企業では、ハローワークや求職サイトで健康経営の活動を告知することで、従業員を大切にする企業として他社との差別化を図れる。
また、従業員が現在の職場に満足していればリファラル採用においても知人や友人の紹介を期待できる。
前述の健康経営優良法人や健康宣言事業のような公的な認定制度によって、健康経営への真剣な取り組みが客観的に保証され、採用効果はさらに高まる。
ブランディング
従業員の健康づくりを推進している企業であると認知されれば、ブランディングにも効果的である。
健康経営優良法人や健康宣言事業においては、認定された企業を公表したり、プレスリリースが配信されることがある。広報費や広告予算が限られた企業にとっては、費用を抑えつつ知名度を向上させるチャンスとなる。
取引先へのアピール
CSR(Corporate Social Responsibility/企業の社会的責任)やSDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)を重視する取引先に対し、自社が健康経営に取り組んでいることを示せれば競合他社よりも優位性を得ることができる。
各種認定制度によるインセンティブ
健康経営優良法人や健康宣言事業などの認定を受けると、認定ロゴマークの使用、各自治体サイトや広報誌への企業名掲載、公共調達・公共事業の入札時の加点制度(一部地域のみ)、自治体・金融機関による金利優遇(一部地域のみ)、保険会社からの保険料割引といったさまざまなインセンティブも得られる。
ESG投資の対象となる
健康経営を実施している企業に対して投資家がポジティブな評価をすることは「ESG投資」と呼ばれている。ESG投資は環境(Environmental)、社会(Social)、企業統治(Governance)の三つの要素を重視する投資手法であり、このうち「社会」においては従業員の健康や福利厚生が考慮される。健康経営に取り組む企業は、従業員の健康と幸福を大切にしているため、投資家にESG投資の対象として評価される可能性が高まる。
健康経営のデメリット
健康経営に取り組む際のデメリットとしては、以下の点が挙げられる。
初期コストの増加:健康プログラムの導入や維持には資金が必要であり、特に小規模企業にとっては財務負担となる可能性がある。
リソース不足:健康経営の実施には時間や人材などの企業資源が必要であるため、他の業務やプロジェクトからリソースが割かれることがある。
成果がすぐに出ない:健康経営の効果は短期間で現れず、長期的な取り組みが必要であるため、短期的な成果を求める経営陣や株主の支持を得にくい。
従業員の反発:健康経営のプログラムが従業員の嗜好に合わなかったり、プライバシーの侵害と受け取られる場合に反発を招くことがある。
効果測定が困難:健康経営の効果を定量的に測定することは難しく、投資対効果で高評価が得られない可能性がある。
とはいえ、これらのデメリットはおおむね導入初期に想定されるものであり、健康経営による効果が出てくれば、ネガティブな評価や意見が解消される可能性は十分あるだろう。
健康経営オフィスの7つの行動
経済産業省の発行した「健康経営オフィスレポート」によれば、健康経営オフィスの実践には次の7つの行動が有効とされる。
快適性を感じる
体を動かす
適切な食行動をとる清潔にする
コミュニケーションする
健康意識を高める
レポートでは、企業がオフィス環境(空間・設備・情報・運用)を整備して健康保持増進につながる上記7つの行動を誘発することは、従業員各自の健康状態によい影響を与え、最終的にはプレゼンティーズム(健康問題による出勤時の生産性低下)やアブセンティーズム(健康問題による欠勤)の解消をもたらすと結論付けている。
健康経営を軸にしたオフィス戦略とは?
企業の成長に寄与するオフィス戦略を考える際には、コスト・生産性・拡張性・ブランディングなどさまざまな検討事項があるが、健康経営を軸にしたオフィス戦略の立案にあたっては、以下のような流れを意識して進めたい。
健康経営オフィスにつながるオフィス戦略を実践している企業事例
健康経営を意識したオフィス作りを実践し、成功をおさめている企業の事例を紹介する。
コミュニケーション活性化を実現した事例
オフィス環境のソリューションを提供しているエイコーは、創業50年を迎えた2022年に東京本社オフィスを移転、理想とする8つのワークスタイルを実践し、同社の社風や事業内容を紹介するためのライブオフィスと位置づけた。
8つのうち「オフィスではオフィスでしか出来ない複数人での共同作業や対面でのコミュニケーションをとっている」、「会話によって仕事以外のつながりができ、社員同士の距離が縮まっている」、「時には仕事から離れて、休憩・気分転換することによって、仕事の効率をあげている」などをふまえ、コミュニケーションエリアの配置や広大なカフェスペース「PRATTO CAFÉ(ぷらっとカフェ)」開設などを行った結果、良好なオフィス環境と働き方のアップデートが実現した。
従業員のウェルビーイングを優先した事例
JLLは、自社が提唱する「Future of Work(働き方の未来)、以下FoW」及び多様な働き方の実現のため、2022年11月21日に東京本社を「東京ガーデンテラス紀尾井町」、2022年12月19日に関西支社を「日本生命淀屋橋ビル」に移転した。
東京本社オフィスでは、自然光や植物などの自然を取り込み、内と外を繋ぎ、人が緩やかに集い、コミュニケーションが生まれる空間を構築。
関西支社では、大阪の景色や大阪にちなんだアートとインテリアを楽しみながら、社内外のコミュニケーションを増幅する場としての「ローカル」な要素と、JLLシンガポール、香港、ロンドンなど各国の専門チームとも連携した「グローバル」な要素を同時に表現した。
本社・関西支社オフィスの両方が、健康経営と関連性の高いWELL認証(人々の健康と観点から建築や街区の環境性能を評価する国際認証制度「WELL Building Standard™」)のWELL v2 pilotで最高ランクの「プラチナ」認証を取得したことからも、注目を浴びている。
また「第36回日経ニューオフィス賞」においては、FoWを具現化するワークプレイスとして、本社オフィスが「ニューオフィス推進賞・クリエイティブ・オフィス賞」、関西支社が「近畿ニューオフィス奨励賞」を受賞した。
従業員の健康を考えたオフィスを実現するJLL
JLLでは、健康経営への取り組みを考える企業の皆様へ、オフィス戦略や構築の側面から、グローバルネットワーク、データドリブンな知見・ノウハウ、ベンチマーク、テクノロジー、そして豊富な実績をもとにサポートを提供しています。