WELL認証が変えるオフィスの新しい価値
オフィスにおいて身体的・精神的に健康であることのウェルビーイングが重要視されるようになってきた。ESG(環境、社会、企業統治)やSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みが盛んになるにつれ、ヒトの健康や快適性の性能を評価するWELL認証への関心も高まっている。
ヒトの健康に結びつくWELL認証とは?
WELL認証はWELL Building Standard®とも呼ばれ、空間を「ヒトの健康」視点により水・空気・食べ物等を含む10のコンセプトを用いて評価するシステムで、米国にて開発された。環境・エネルギー性能といった効率的な要素だけではなく、ヒトの健康や快適性にも焦点をあて、ウェルビーイングな環境である空間のデザインや運用・構築手法等を評価する。社会的なニーズや投資家に対応するため、オフィスだけなく、ホテルや商業施設等を対象にWELL認証を取得するケースが増加している。
WELL認証が必要とされる背景
「ヒトの健康」を主軸とし、働き方改革や健康経営の目的に適応する要素を評価することから、昨今注目度が高まっている
ヒトの身体的・精神的にも良好な状態を保ったオフィス環境が重要視されるようになったきっかけの1つとして、2006年に発表された責任投資原則(PRI)からのESG(環境・社会・企業統治)投資への機運の高まり、そして2015年に採択されたSDGs(持続可能な開発目標)という時代の変化が挙げられる。地球温暖化に対応した環境配慮の考えが存在し、それを取り巻く建物のグリーン化やヒトのウェルビーイングが派生的に関連している。企業が果たすべき社会的責任(CSR)等の観点でも早急な対応が求められるが、特に、ESG投資による投資家からの判断基準に影響があるため、WELL認証による評価で取り組みの証明を行うニーズが高まっていることが要因と考えられる。評価基準の種類として、建物の環境配慮の性能を評価する米国発のLEED(リード)認証や環境に配慮された建物の普及を目的として開発された日本発のCASBEE(キャスビー)認証、不動産業界でESGパフォーマンスを測るGRESB(グレスビー)、景観に特化したサステナビリティを評価する米国発のSITE認証が存在し、企業の目的や戦略によって活用されるようになった。WELL認証はこれらの評価基準に比べ、「ヒトの健康」を主軸とし、働き方改革や健康経営の目的に適応する要素を評価することから、昨今注目度が高まっている。
WELL認証取得に欠かせない評価項目
10の評価コンセプト
2020年に発表された最新版のWELL認証v2の評価システムでは「空気」「水」「食物」「光」「運動」「快適性」「音」「材料」「こころ」「コミュニティ」の10の評価コンセプトで構成される。より良いオフィス環境を通じて心身の健康を促進するためのコンセプトとされている。
評価項目
WELL認証v2取得には、必須項目と加点項目で必要なスコアをそれぞれ獲得することが必要となり、必須項目で一つでも達成できない項目があれば、WELL認証を取得することはできない。また取得したスコアによってプラチナ・ゴールド・シルバー・プラチナの4段階で評価される。具体的には、全必須項目を満たした上で、加点項目80点以上であればプラチナ、60-79点であればゴールド、50-59点であればシルバー、40-49点であればブロンズとなっている。「I: イノベーション」は他のコンセプトと位置付けが異なり、加点ポイントのみ取得できる。
Concepts 分野 |
Features 評価項目 |
Parts パート |
Points ポイント |
|||
---|---|---|---|---|---|---|
必須項目数 Precondition |
加点項目数 Optimization |
必須 パート数 |
加点 パート数 |
加点パート 総配点数 Feature CAPなし |
最終取得 最大特典 |
|
A: 空気 | 4 | 10 | 9 | 16 | 18点 | 100点 |
W: 水 | 3 | 6 | 5 | 12 | 14点 | |
N: 食物 | 2 | 12 | 5 | 14 | 16点 | |
L: 光 | 2 | 7 | 2 | 10 | 18点 | |
V: 運動 | 2 | 9 | 6 | 16 | 21点 | |
T: 温熱快適性 | 1 | 8 | 2 | 13 | 16点 | |
S: 音 | 1 | 8 | 2 | 12 | 18点 | |
X: 材料 | 3 | 9 | 8 | 16 | 18点 | |
M: こころ | 2 | 9 | 3 | 17 | 19点 | |
C: コミュニティ | 4 | 14 | 6 | 30 | 39点 | |
I: イノベーション | - | (6) | - | (9) | (10点) | 10点 |
合計 1 | 24 | 98 | 48 | 165 | 207点 | 110点 |
合計 2 | 122 | 213 |
WELL認証v2の詳細な評価項目は下の表で参考にしてほしい。例えば「コミュニティ」の評価要素として、新生児の両親となる従業員のサポートとして保育所や授乳室を設けるケースもあり、WELL認証の評価観点より様々な工夫が施されている。また「運動」の評価要素の中には、「人間工学に配慮したワークステーションのデザイン」があり、社内にフィットネス設備や軽い運動を行うスペースを設けるなどの施策は、従業員のウェルビーイング向上として評価の対象となる。
評価コンセプト | |||
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Air 空気 |
1. 空気質 2. 禁煙環境 3. 換気の設計 4. 建設段階の汚染管理 |
5. 空気質の向上 6. 換気の設計の強化 7. 開閉可能な窓 8. 空気質のモニタリングと啓発 9. 汚染侵入管理 |
10. 燃焼の最小化 11. 発生源分離 12. 空気ろ過 13. 給気の強化 14. 微生物やカビの抑制 |
Water 水 |
1. 水質 2. 飲料水の水質 3. 基本的な水質管理 |
4. 水質の向上 5. 飲料水の水質管理 6. 飲料水摂取の促進 |
7. 湿気の管理 8. 衛生に対するサポート 9β. 敷地内の非飲用水再利用 |
Nourishment 食物 |
1. 果物と野菜 2. 栄養の透明性 |
3.精製成分 4. 食品広告 5. 人工的な原材料 6. 一人前の分量 7. 栄養教育 8. 心豊かな食卓 |
9. 特別食 10. 食品の準備 11. 責任ある食品調達 12. 食品生産 13. 地元の食品環境 14β. レッドミートと加工肉 |
Light 光 |
1. 光暴露 2. ビジュアル照明デザイン |
3. サーカディアン照明デザイン 4. 人工照明のグレア制御 5. 昼光の設計戦略 6. 昼光のシミュレーション |
7. 視覚的バランス 8. 人工照明の質 9. 入居者による照明制御 |
Movement 運動 |
1. アクティブな建物とコミュニティ 2. 人間工学に配慮したワークステーションのデザイン |
3. 移動空間のネットワーク 4. アクティブ通勤のための施設 5. 敷地の計画と選択 6. 運動の機会 7. アクティブな家具 |
8. 運動スペースと器具 9. 運動の促進 10. 自己モニタリング 11β. 人間工学のプログラム |
Thermal Comfort 温熱快適性 |
1. 温熱性能 | 2. 温熱快適性の検証 3. 温度ゾーニング 4. 個別の温度制御 5. 輻射による温熱快適性 |
6. 温熱快適性モニタリング 7. 湿度制御 8β. さらなる開閉可能な窓 9β. 屋外の温熱快適性 |
Sound 音 |
1. 音響マッピング | 2. 最大騒音レベル 3. 遮音壁 4. 残響時間 5. 吸音性能のある仕上げ |
6. 最低限の暗騒音 7β. 衝撃音の管理 8β. 音響機器の強化 9β. 聴覚健康保全 |
Materials 材料 |
1.材料の制限 2. 室内の有害材料の管理 3. クロム銅ヒ素系木材防腐剤と鉛の管理 |
4. 敷地の浄化 5. さらなる材料の制限 6. 揮発性化合物の制限 7. 材料の透明性 8. 材料の最適化 |
9. 廃棄物の管理 10. 有害生物管理と殺虫剤使用 11. 清掃用品と清掃手順 12β. 接触の削減 |
Mind こころ |
1.メンタルヘルスの促進 2. 自然と場 |
3. メンタルヘルスサービス 4. メンタルヘルスに関する教育 5. ストレス管理 6. 回復の機会 7. 回復のためのスペース |
8. 回復プログラム 9. さらなる自然へのアクセス 10. 喫煙の中止 11. 薬物使用に関するサービス |
Community コミュニティ |
1. 健康とウェルネスの促進 2. 統合的なデザイン 3. 緊急時のための準備 4. 入居者調査 |
5. さらなる入居者調査 6. 保健サービスと給付 7. 健康とウェルネスのさらなる促進 8. 新生児の両親に対する支援 9. 新生児の母親に対する支援 10. 家族支援 11. 市民参加 |
12. 多様性と包摂 13. アクセシビリティとユニバーサルデザイン 14. 緊急時の対応機器 15β. 緊急時のリジリエンス 16β. アフォーダブルな住居 17β. 責任ある労働力の実践 18β. DV被害者の支援 |
Innovation イノベーション |
1. WELLのイノベーション 2. WELL APの参加 3. WELL教育 |
4.ウェルネスへの入口 5. グリーンビルディング評価システム 6β. 炭素排出開示と削減 |
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WELL認証プロセス
WELL認証取得までのプロセスは、認証登録後の書類審査で通過した場合のみ、現地での評価・測定等の厳重な審査が行われる。必要項目を満たすと認証となり、加点項目のスコアによって段階が確定される。WELL認証取得は、専門的な知見が必要とされるため、プロセスに精通したパートナーのサポートを得て進めるケースが増えてきている。
WELL認証取得のポイント
近年、ビル認証制度は、サステナビリティの優先順位をよりよく反映させるために進化している。取得に向けておさえておきたいポイントを解説する。
定量化可能なシステム
WELL認証を含む多くの認証制度では、定量的なデータで提示できる設計要素が重視されている。CO2や温度、従業員の動きなどを測定・記録できるセンサー技術の導入は定量化の有効な手段の1つである。
健康と環境の融合への取り組み
従業員の健康向上を目的とした設計は、一見コストの増大を招くと思われがちだが、エネルギー効率の高いシステムを導入すればより低コストで脱炭素化を推進することが可能だ。環境と健康の融合した目標設定が認証への最適なルートだといえる。
世界のWELL認証登録・認証件数
WELL認証の件数は世界各国で年々増加しており、2021年9月時点では30ヵ国486件が認証を受けている。なかでも認証件数が多いのは中国(149件)やアメリカ(135件)、フランス(30件)やオーストラリア(27件)などである。(出所:一般社団法人 グリーンビルディングジャパン 2022年8月時点)
WELL認証登録・認証件数
登録のみ | 予備認証済み | 認証済み | 全合計 | |
アメリカ | 5010 | 15 | 135 | 5160 |
中国 | 321 | 420 | 149 | 890 |
イギリス | 1452 | 3 | 17 | 1472 |
イタリア | 586 | 1 | 6 | 593 |
日本 | 39 | 10 | 12 | 61 |
---|
日本の登録件数
一方、日本では登録数の合計が61件と、5000件を超えるアメリカ等と比較するとまだ少数だが、既に12件が認証を受け、予備認証10件をあわせると1/3と高い認証率を記録している。登録数も年々増加していることを考えると、今後さらに認証数が増加していくと予想される。(出所:一般社団法人 グリーンビルディングジャパン 2022年8月時点)
WELL認証を取得する3つのメリット
WELL認証の取得は貢献度が高い企業として、社会的な訴求や投資家へのアピールにも結びつく
1. 企業価値の向上
WELL認証の取得によって、従業員であるヒトへ配慮したオフィス環境で生産性やエンゲージメントの改善へと繋がり、結果として企業のイメージが向上するケースも多い。 また、WELL認証の取得は、SDGsの目標にも掲げられている「3. すべての人に健康と福祉を」「8. 働きがいも経済成長も」の項目に該当するため、貢献度が高い企業として、社会的な訴求や投資家へのアピールにも結びつく。ヒトを重視したWELL認証取得への関心が高まりは、現代を表す流れであり、俊敏な対応によって今後の企業価値を大きく変えるきっかけとなってくるだろう。
投資家に求められるサステナビリティ対応のウェビナーを視聴する
2. 健やかな労働環境の実現
WELL認証の評価項目には、ヒト=従業員のウェルネスに寄与するものが含まれる。空気・水・光・運動などの要素や人間工学に基づいたオフィスの空間設計はより健やかな労働環境を実現し、従業員の健康増進のみならず企業戦略にもプラスに働く。
3. 優秀な人材確保
日本を含むアジア太平洋地域5カ国のオフィスワーカー1,200人を対象に行った調査では、従業員の7割が「企業はサステナビリティ対策を行うべき」、5割が「転職するならサステナビリティのリーダー企業を選びたい」と回答し、若い世代ほどその傾向は顕著であった。
またWELL認証がもたらす効果は働き方改革の推進にも良い影響があり、いずれも離職率の改善や優秀な人材の確保、新規採用や中途採用の成功といった成果につながることが期待できる。
出所:JLL 「従業員の視点から考える不動産・オフィスのサステナビリティ」
WELL認証事例
三菱電機株式会社「SUSTIE®(サスティエ)」
同社では2022年7月、鎌倉にあるZEB関連技術実証棟「SUSTIE®(サスティエ)」が、WELL認証(※v1)にて最高ランクの「プラチナ」認証を取得した。
「WELL v1※6」ではオフィス環境を「空気」「水」「食物」「光」「フィットネス」「快適性」「こころ」の 7 つのコンセプトからなる計100 項目と最大5つの「イノベーション」項目で評価するが、サスティエはすべての必須項目をクリアした上、加点項目も80%以上を獲得するという最高レベルの評価を受けている。
竹中工務店 東京本店オフィス
同社は2020年2月、2004年竣工の東京本店オフィスがWELL認v2のゴールドランクを日本国内で初めて取得した。本社ビルは国内でのWELL認証取得実績の中では最大規模の建物となる。
自然採光や換気、運動しやすい屋外散策路といった設備設計に加え、2018年に実施した「東京本店イノベーション改修」、働き方改革の視点からABWを導入したワークプレイス構築や社員食堂メニューの多様化、メンタルヘルスプログラムなどのサポートといった幅広い取り組みが評価された。
パナソニックグループ 「point 0 marunouchi」
同社の運営する「point 0 marunouchi」は、2020年12月、日本国内のコワーキングスペースとして初めてWELL認証v2のゴールドランクを取得した。
「point 0 marunouchi」は、2019年7月に開設し、2020年3月にWELL認証の予備認証を取得。出資している株式会社オカムラ及びダイキン工業株式会社とともに、3社の異なる得意分野である空気・空間、ファニチャー、照明におけるノウハウ・技術・商品を相互に提供し、心身ともにより健康なオフィス空間を創造・実現したことが評価された。
WELL認証を活かしたオフィスとは?
WELL認証の評価コンセプトを考慮したオフィスレイアウトやデザインは、アフターコロナに対応した働く場づくりの要素にも深く関連している
WELL認証の評価コンセプトを考慮したオフィスレイアウトやデザインは、アフターコロナに対応した働く場づくりの要素にも深く関連している。例えば、評価コンセプトの「こころ」の要素を考慮し、従業員の息抜きとして使えるフィットネスや瞑想スペースを設置するケースが見られるが、これはアフターコロナのハイブリッド型の働き方を目指す企業でも執務の場以外の価値を従業員に提供するために設けられている。また、コロナ禍でのオフィス拡張移転の事例では、リモートワークによりリアルなコミュニケーションの価値を再定義した企業は、コミュニケーション活性化を実践できる場をオフィス内に拡充させている。「ヒトの健康」への配慮へと企業の意識が向いていることは、従業員のニーズ、社会や時代的な流れの背景から、WELL認証の評価要素が必然的に求められているということを示しているのではないだろうか。
WELL認証は様々な時代のニーズや課題が影響し合った要素を具体的に可視化し、評価できるシステムだからこそ、持続可能な企業戦略には欠かせない。取得により広義的な効果をもたらすため、背景や概要を理解し、企業独自の目的を明確に定め、進めていくことが肝心となる。