事務所・オフィス移転に活用できるチェックリスト:流れと忘れがちなポイント
企業のオフィス移転は床面積や立地・設備の改善などによるコスト最適化や、従業員のモチベーションやブランディング向上など数多くの効果をもたらす。オフィスを移転するにあたり必要な戦略と計画、チーム編成、準備と手続きなどを把握してチェックリストを作成し、失敗のないオフィス移転プロジェクトを推進したい。
オフィス移転の理由と必要性
決まった席ではなくその日の状況で席を選ぶフリーアドレス制、時間や場所を選んで働けるフレキシブルオフィス、その日の仕事内容によって働き方を選べるABW(Activity Based Working)などを導入する企業が増えている
近年、オフィス移転は企業にとって重要な経営戦略の一つとなっている。オフィス移転の理由は企業により様々だが、そこには共通して以下のようなメリットや必要性が存在している。
コストの最適化
オフィスの賃料は企業のコストの中でも大きな割合を占める。オフィス移転によって、現在の従業員数やオフィス出勤の状況に最適化した床面積を保つことができ、これまで余剰スペースが生じていた企業にとっては賃料コストの削減につながるだろう。
企業イメージの向上
オフィスは企業の顔ともいえる存在だ。魅力的なオフィスに移転することで企業イメージを向上させ、優秀な人材の採用や顧客獲得にも有利に働くことが期待できる。
ブランディング
オフィスは企業理念や価値観を体現する空間でもある。自社のメッセージを明確に表現できるオフィスへの移転・再構築することで企業のブランドイメージ強化に寄与するだろう。
スムーズな事業拡大
事業拡大に伴い従業員数が増加したり新しい設備を導入したりする場合、現在のオフィスが手狭になり業務効率が下がってしまうおそれがある。適切なサイズのオフィスへ移転することによって、スペースを確保しスムーズに事業活動を進めることができる。
アクセスの改善
従業員や顧客にとってアクセスしやすい立地に移転することで、通勤時や来社時の利便性が高まり、営業活動や採用にプラスに働く可能性がある。
オフィス環境の改善
オフィス環境は従業員のウェルビーイングに大きく影響する。オフィス移転を機に採光や換気・騒音・水回りなどの環境を改善できれば従業員の満足度向上にもつながるだろう。
オフィスデザインの改善
以前はほとんどの日本企業でスタンダードだった、全員が定時にオフィスに出社し決まったデスクで仕事をするスタイルは、2020年以降のコロナ禍による急速なリモートワークの普及によって大きく姿を変えた。
コロナ禍が収束に向かうなか、決まった席ではなくその日の状況で席を選ぶフリーアドレス制、時間や場所を選んで働けるフレキシブルオフィス、その日の仕事内容によって働き方を選べるABW(Activity Based Working)などを導入する企業が増えている。
この流れを受け、オフィスデザインもアップデートが求められている。取り入れたいポイントは以下のとおりだ。
- 企業の存在意義(パーパス)や事業内容を反映したデザイン
- コミュニケーションを取りやすいレイアウト
- 従業員のウェルネスに貢献する設備
- AIやIoTを活用し、コスト削減に役立つテクノロジーの採用
設備の老朽化や災害への対策
築年が経過し、老朽化が著しいオフィスビルに入居している場合、機材トラブルが発生しやすくなり業務効率が低下したり、地震や洪水などの災害時に従業員の安全を脅かす可能性がある。災害に強い立地・構造のオフィスビルに移転することで、従業員の安全と事業継続性が高まる。
働き方改革の推進
オフィス移転は働き方改革を推進する有効な手段の一つでもある。リモートワークやフリーアドレス制など、新しい働き方に適したオフィス環境を構築することで、従業員の生産性やモチベーション向上にも有効だ。
オフィス移転の効果的な進め方
現在の業務と並行してオフィス移転を効率的に進めるには、正しい段取りとタイムスケジュールが成功のカギとなる。以下に、各ステップでやるべきことを時系列で解説する。
STEP.1:移転の戦略立案
まずは経営層や担当部署などのコアメンバーで以下の戦略を立案しよう。
- 移転の目的を明確にし、優先順位をつける
- 移転先の候補地をリストアップし、条件を比較検討する
- プロジェクトチームを結成し、役割分担を明確にする
単なる建物や設備の老朽化、人員増によるオフィス床の拡大だけが目的ではなく、課題解決を前提としたオフィスデザインやレイアウト設計は、従業員の満足度向上や有能な人材の確保、企業ブランディングなどにも結びつくため、幅広い視点で戦略を立てることが必要だ。
STEP.2:予算の策定
移転にかかる費用を全て洗い出し、詳細な予算を策定する。費用の項目や内訳は企業により異なるが、一般的な例を以下に紹介する。
- 移転費用:引っ越し費用、オフィスの改修費用、家具・設備購入費用など
- 通信・IT費用:インターネット回線、電話回線、LAN配線、サーバー移行費用など
- その他費用:移転後の事務用品購入費用、従業員への交通費支給など
STEP.3:タイムスケジュールの策定
各ステップの期限を明確に設定し、余裕を持ったスケジュールを策定する。
- 業者選定:移転業者、内装業者、IT業者など
- 契約手続き:賃貸借契約、工事請負契約など
- レイアウト計画:オフィスのレイアウト、家具・設備の選定など
- 引っ越し:荷造り、搬出、搬入など
- ITシステム移行:データ移行、ネットワーク設定など
STEP.4:移転先の準備
移転先が決まれば、レイアウト計画やインフラ手配を行う。
- オフィスの内装やレイアウトを検討し必要な家具・設備を発注する
- インフラ(ネットワーク、電話回線など)の手配をする
STEP.5:移転作業
期日に合わせ、引っ越しと旧オフィス側の退去手続きを行う。
- 旧オフィスの解約手続きを行う
- 荷造りを行い旧オフィスから新オフィスへ搬出・搬入する
- 契約内容に沿った旧オフィスの原状回復を行う
STEP.6:ITシステムの移行
データ移行、ネットワーク設定、セキュリティ対策などを行う。
STEP.7:顧客・従業員などへの対応
- 新オフィスの住所や連絡先を顧客や取引先に事前に通知する
- 従業員への説明会を開催し、移転後の業務について周知する
STEP.8:移転後のフォローアップ
移転が終わればすべて完了とは言えない。今後のための記録や分析も必ず行おう。
- 移転までの問題点や改善点を洗い出し、今後に活かせるよう保存・共有する
- 従業員アンケート等を実施し、移転後の満足度や改善ポイントを調査する
オフィス移転の注意点・忘れがちなポイント
移転後に、社内で不都合が生じていないか、期待した効果が出ているかの確認も欠かせない
オフィス移転の流れのなかで、特に注意が必要なポイントを紹介する。それぞれ以下のような対策を講じよう。
スケジュールの遅延
オフィスの移転は複数の工程が連動しており、1つが遅延すると全体のスケジュールに影響が出る。担当者は以下の点をおさえておこう。
- 余裕を持ったスケジュールを策定する
- 定期的に進捗状況を確認し、必要に応じて調整を行う
- 関係業者とのコミュニケーションを密にする
旧オフィス関連のミス
移転準備では新オフィス側に気を取られがちだが、旧オフィス側の手続きも忘れず行おう。特に以下の点をチェックするとトラブルを未然に防げるだろう。
- 解約予告期間の確認
- 原状回復の条件や内容
- 預託金の返却時期
- その他特約条項の有無
通信やデータアクセスの確保
新オフィスでの業務開始時に起こりやすいのが通信環境やデータアクセスのトラブルだ。スムーズな利用には事前準備が欠かせない。
- インターネット回線、電話回線などの手配と開通日の確認
- 新オフィスの社内ネットワーク再構築の段取り
- データ移行スケジュールの策定と実施
そのほか、セキュリティ対策の各作業も忘れず手配しておきたい。
従業員への負担
担当部署だけでなく、現場の従業員にもさまざまな移転にともなう作業が発生する。混乱や過剰な負担を避けるため、以下のような対策をしていきたい。
- 荷造り・荷ほどきのサポート
- 引っ越し当日の交通手段の確保
- 新オフィスの環境や使用方法などの説明・共有
- 業務への影響を事前にヒアリングし、予定の調整などを行う
ステークホルダーへの連携
顧客、取引先、サプライヤーなど、関係各所への住所変更の通知も忘れず行おう。
- 移転日時を明確に伝達する
- 新しい連絡先の周知
- 必要に応じ、メールのみではなく文書で通知する
社内のフォローアップ
移転後に、社内で不都合が生じていないか、期待した効果が出ているかの確認も欠かせない。以下のような点を中心に、アンケートや定期的な調査を通じフォローアップを行いたい。
- 従業員の満足度
- 業務効率の分析
- オフィス環境の改善度
オフィス移転チェックリスト作成のポイント
オフィス移転は、新オフィスと旧オフィス、社外・社内との連携など複数の領域で並行して進めていく必要があるため、気をつけていても手続きや手配が漏れてしまいがいちだ。ジャンルごとにチェックリストを作り、抜け漏れがないか確認しながら進めよう。
新オフィスチェックリスト | 旧オフィスチェックリスト | 社内/社外連携チェックリスト |
---|---|---|
□現状の課題と社内の要望を把握 □移転目的の明確化 □目標設定 □外部サービス利用の検討 |
□解約予告期間/原状回復工事/特約事項などにつき現契約書を確認 | □各部署の移転窓口担当者を決め、移転のプロジェクトチームを結成 |
□移転費用の算出 □移転先のオフィス候補を選定(立地/設備/景色/方角ほか) □周辺や内覧など現地調査 □業者の選定(不動産仲介/施工/備品/引っ越しほか) □契約の詳細を確認 □スケジュールの策定 |
□原状回復工事の手配 □オフィス明渡し日決定 |
□従業員が求める新オフィス像についてアンケート調査を実施 □新しいオフィスのコンセプトに従業員の意見を反映できるよう重要ポイントをまとめておく |
□契約内容や条件の交渉 □各書類の提出 □敷金預託 □賃貸借契約の締結 |
□従業員への移転スケジュール周知 □梱包・搬出マニュアルの準備 □取引先への連絡・プレスリリース □移転案内の発送準備 |
|
□移転・内装業者の選定と依頼 □オフィスのデザインとレイアウト、内装の決定 □家具やインフラの手配(電話回線/リース品) □金額と条件の交渉 □発注 |
□廃棄する家具や機器のリストアップ | □住所記載の備品の変更(名刺/契約書/請求書/社員証/伝票/封筒など) |
□ビルの利用ルール確認 □入館証発行依頼 □内線番号の割付け □施主検査 |
□荷造り・梱包の準備 | □社内説明会(移転の目的/新オフィスのレイアウトや運用ルール/引っ越しのスケジュールと役割分担) □業者との引越当日の打ち合わせ |
□搬入前の撮影 □搬入の立ち会い |
□搬出の立ち会い | □トラブルがないか各部署へ確認 |
□移転登記届出(法務所) □異動届・給与支払事務所の移転届(税務署) □保険適用事業所所在地変更届(社会保険事務所) □労働保険関係成立届(労働基準監督署) □雇用保険事業主事業所各種変更届(公共職業安定所) □郵便物届出変更届(郵便局) □インターネット回線・電話番号(各事業会社) |
□原状回復工事 □契約終了/引き渡し □敷金・保証金の返還確認 |
□問題点の確認と改善 □移転前の課題が解決しているか検証する |
オフィス移転の成功事例
適切なコンセプトとスケジュールに基づきオフィス移転を成功させた企業の事例を紹介する。
入居要件を満たしつつ理想のワークスタイル実現へ
エイコーは、2022年に東京本社オフィスを「Fo-me」と名付けた新オフィスへ移転した。新オフィスでは、コミュニケーションを活性化させるフリーアドレス方式を導入、8つの理想的なワークスタイルを目指した。
移転前には「営業車両を多数保有しているため大規模な駐車場を確保したい」、「エレベーターの待ち時間で生産性が低下しないように低層階を希望する」といった社内の課題や要望をヒアリングし、同社の従業員で構成されたプロジェクトチームがコンセプトを策定。ワンフロアへの統合、立地などの入居要件を満たしながら、理想とするワークスタイルを実現できる移転先を確保することに成功した。
課題となった限られた工期の中で新しいワークプレイス改革に成功
飲料・食品メーカー大手のアサヒグループホールディングスは、ウィズコロナ・ポストコロナに対応する新しい働き方「リモートスタイル」を推進した。「工期」や「従業員の心理的懸念」など複数の課題を解決しつつ、営業拠点の統合集約を順次進める他、2022年2月には吾妻橋本社オフィスの全面改修を完了した。
スケジュールの見直しや、共通する標準的なデザインの策定などを通じた工程の短縮や、従業員に対して移転プロジェクトの意義・コンセプトについての丁寧な説明を行った。その結果、「吾妻橋本社オフィス」では、改修したのは11フロア、床面積4,857㎡に及び、基本となるデザインコンセプトを統一しながら、各社で必要な機能・デザインを適用することに成功した。また、「地方営業拠点」は、フリーアドレス席に変更し、従業員がコミュニケーションを取りやすい環境を実現。限られた工期の中で、業務効率・効果の最大化を目指して、リモートワークとオフィスワークを組み合わせた「ワーク&ライフのイノベーション」に成功した。
「不動産の未来を拓く」モデルとして東京・大阪オフィスを移転
JLLは2022年に自社が提唱する「Future of Work(働き方の未来)」と多様な働き方の実現に向け、東京本社と関西支社の移転を実施。ABW型オフィスを採用し、テクノロジーとデータの活用、コミュニケーションの促進、従業員のウェルビーイング向上、サステナブルなオフィス環境などの実現を目指した。
「第36回日経ニューオフィス賞」にて「ニューオフィス推進賞・クリエイティブ・オフィス賞」(東京)、「近畿ニューオフィス奨励賞」(大阪)、「2023年度グッドデザイン賞」(東京)などを受賞。
現在、東京・大阪ともに新オフィスのオフィスツアーを実施している。参加すればオフィス移転のアイデアや、チェックリスト作成に欠かせない戦略立案などのヒントも得られるだろう。
オフィス改革を念頭においたチェックリストの作成を
人々の意識や働き方が大きく転換する時代には、柔軟な働き方を実現し、企業のビジョンや姿勢を示すようなオフィスデザインの改革が求められる。
移転を検討する際には、これを念頭に移転の目的と成果を明確にした戦略を策定し、それに沿ったチェックリストを作成・活用していきたい。
自社に最適な戦略策定やオフィスデザイン計画、移転先選びなどで疑問があれば専門家のコンサルティングを受けるのも効果的な方法だ。