働き方改革の目的とは?法改正の内容や企業に求められる準備
国の推進する「働き方改革」にはどのような目的と背景があるのか、関連法の内容、企業に求められていること、課題や対応について具体的な例を挙げて解説する。少子高齢化で働き手不足が懸念される今、働き方改革を成功させることで、人材確保やブランディング、投資先としての価値向上までさまざまなメリットが期待できる。
2018年6月に働き方改革の関連法が成立し、2019年4月以降から企業に対して順次適用されることになった。
働き方改革が進められている背景にあるのは、日本の労働人口の不足問題だ。
日本の労働人口は2013年の約8,000万人をピークに、2013年以降は減少の一途を辿っている。2051年の労働人口は約5,000万人まで減少するといった予測も立てられている。
少子高齢化による生産年齢人口の減少や、育児や介護との両立など、現在直面している課題解決を図ることを目的とする働き方改革について、企業に求められることを詳しく解説する。働き方改革の目的を整理し、しっかりと対応していくことで社内の労働環境改善だけでなく、生産性の向上も期待できる。
目次
- 働き方改革とは?
- 働き方改革が始まった背景
- 働き方改革の目的とは?
- 働き方改革の目的の3つの柱
- 働き方改革を推進する法律「働き方改革関連法」
- 働き方改革のメリットは?
- 働き方改革に取り組む企業の課題
- 働き方改革で企業が行うべき対応は?
- 働き方改革を成功させるオフィスづくりとは
- 働き方改革に取り組む企業事例
- これからの働き方改革とは
働き方改革とは?
「働き方改革」は日本の一億総活躍社会の実現に向けて国が推奨する取り組みである。
厚生労働省の発表した資料によれば、働く人々がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現するための総合的な改革をいい、長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保等のための措置を講じていくとされる。
働き方改革が始まった背景
働き方改革が検討されるようになった背景には、日本の労働人口減少の問題がある。
少子高齢化による生産年齢人口の減少から、2013年の約8,000万人をピークに労働人口は減少の一途をたどっており、2051年には約5,000万人まで減少するといった予測も立てられている。
従来のようなフルタイム出勤や長時間労働を前提とした働き方に限定したままでは、対応できる人材はどんどん少なくなり、各企業や日本社会の存続にも関わることから、勤務時間や場所などの規定を見直し、育児や介護との両立など労働者層が直面している課題解決に向けて改革の検討が始まった。
2018年6月に働き方改革関連法が成立し、2019年4月以降から企業に対して順次適用されることになった。
働き方改革の目的とは?
従業員の精神的・身体的な状態を改善したり、エンゲージメントが向上したりするだけでなく、優秀な人材にとっても魅力的な場所となり、リクルーティングにも大きく寄与する。
働く人々・企業・社会全体それぞれにとっての働き方改革の目的は以下のようなものである。
- 働く人…それぞれの意思や能力、個々の事情に応じて柔軟な働き方を選択でき、働きやすさが向上する
- 企業…職場の環境改善を図ることで幅広い労働力の確保と生産性が向上する
- 国や社会…国内の雇用促進を図り、労働者の増加によって税収を増やし、日本経済が発展する
企業にとって働き方改革の推進とは、単に法令を遵守することにとどまらない。
労働環境の質を上げていくことで、そこで働く人々の心と身体の健康を高める「ウェルビーイング」が向上。従業員の精神的・身体的な状態を改善したり、エンゲージメントが向上したりするだけでなく、優秀な人材にとっても魅力的な場所となり、リクルーティングにも大きく寄与する。
さらに働き方改革が進んだウェルネスオフィスはESG投資に力を入れる株主へのプレゼンスにも繋がり、長期的な企業の成長のためにも不可欠な要素となっていくだろう。
働き方改革の目的の3つの柱
労働人口を維持・増加していくためにはシニア層の活躍をはじめ、介護や出産・育児などにも対応できる、多様な働き方を選択できる環境をつくることが重要
働き方改革は、労働環境の大きな見直しを行い「1億総活躍社会」の実現を目指すものだ。 主に3つの具体的な目的がある。
- シニア層の就労促進
- 非正規の格差是正
- 長時間労働の解消
それぞれの目的について解説する。
多様で柔軟な働き方の実現でシニア層の就労促進
少子高齢化が進む日本では、高齢者の就労促進も大きな課題となっている。生産年齢(15-64歳)人口の減少が激しい日本で、労働人口を維持・増加していくためにはシニア層の活躍をはじめ、介護や出産・育児などにも対応できる、多様な働き方を選択できる環境をつくることが重要だ。労働者が増えればそれだけ国の税収も潤う。テレワークや時短勤務、兼業など、働き方のオプションが増えれば、あらゆるライフステージの人が自分に合った働き方で社会参画できるようになる。
非正規の格差是正で労働意欲のアップ
日本企業では非正規社員が約4割を占めている。これまで、非正規社員は正社員と同一の業務に従事しているにも関わらず、賃金や賞与、福利厚生の面で正規社員よりも低い待遇が常態化していた。とくに高齢者や育児出産時期にあたる女性は、非正規社員として働かざるを得ない。両者の格差をなくすため、原則として正社員と同一賃金の支給を企業側に求めることとなった。
また、賃金だけでなく通勤手当などの福利厚生に関しても正社員と同一の待遇とするなど、雇用形態による格差をなくすことで、主体的に働き方を選択でき、モチベーション維持も期待できる。
労働時間を見直した長時間労働の解消
長時間労働の常態化は、他国と比較しても日本が抱える大きな課題とされる。過労死や長時間労働を原因とする労働者の健康被害も後を絶たない。働き方改革関連法以前では「36協定」と呼ばれる制度を利用することで、何時間でも時間外労働が可能になっていた。 長時間労働を是正し、労働者が健康でより活躍できる社会の実現は1つの大きな目的となっている。
働き方改革を推進する法律「働き方改革関連法」
働き方改革関連法は、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」を省略した言い方であり、労働基準法などのいくつかの法律改正をまとめたものだ。それぞれポイントを絞って解説する。
労働時間状況の客観的把握の義務付け
2019年4月以降、雇用するすべての労働者に関して、労働時間の客観的な記録や把握が義務化された。
年5日間の年次有給休暇の取得の義務付け
入社後6カ月が経過し、かつ全労働日の8割以上出勤している労働者には、年5日間の有給休暇を取得させる。従わなかった場合は労働基準法違反となり、1人につき30万円以下の罰金刑の可能性もある。
時間外労働の上限規制(罰則付き)
時間外労働は月45時間・年360時間までが原則となった。違反した場合は罰則もあり、「6カ月以下の懲役又は30万円以下の罰金」が課せられる。
「高度プロフェッショナル制度」の新設
今回新しく作られた「高度プロフェッショナル制度」は、 研究開発やコンサルタント業務などの特定の専門職に携わる労働者が長時間労働にならないための制度。高度な専門知識が必要な職に就き、年収1,075万円以上の労働者が、同意をすることで労働時間・休日・深夜の割増賃金等の規定を適用除外とできる。制度適用後、企業は労働者に対して年間104日を休日としなければならない。
「フレックスタイム制」は上限3カ月へ拡充
フレックスタイム制とは「変形労働時間制」であり、労働者側が始業や終業の時刻を決めて働くことができる制度。1日の勤務時間が固定されず、出勤や退勤の時間に融通をきかせることで、労働者のワークライフバランスを保つ取り組みだ。労働者のモチベーションを維持することができ、結果として企業全体の生産性アップも期待できる。従来は上限1カ月内の期間をもとに労働時間帯を設定していたが、今回の改正で上限が3カ月へと拡充された。
「勤務間インターバル制度」の導入促進
勤務間インターバル制度とは、退勤後から翌日の始業までの時間を一定時間確保する制度だ。この一定時間の範囲は9-11時間程度であり、残業して退勤した場合、翌日の始業時間を繰り下げて勤務間インターバルを確保する。労働者の睡眠時間や在宅時間を確保する目的だ。勤務間インターバル制度は企業に努力義務として課せられている。
産業医・産業保健機能の強化
産業医とは、労働者の心身のケアにあたる医師であり、企業は産業医が行った健康管理などに関する内容を報告しなければならない。 労働者にとっては産業医がより身近で心強い存在になるだろう。
同一労働同一賃金の推進
正規社員や非正規社員などの雇用形態の違いが、 賃金や福利厚生などの待遇差に表れる不合理をなくすため、同じ内容の仕事に対しては給与水準や福利厚生も同等にする。シニア層や介護・育児が必要な人は、正規雇用には限界がある。このような人々の労働意欲が低下しないような雇用体系を目指すために設けられた。
月60時間超の残業の割増賃金率引き上げ
月に60時間を超える時間外労働に対し、これまで大企業が50%、中小企業が25%の割増賃金率となっていた。しかし、2023年4月以降は中小企業も50%の割増賃金率が適用されることとなる。
働き方改革のメリットは?
企業側のメリット
]2019年に導入された「時間外労働の上限規制」により、時間外労働が制限されるようになると、従業員は時間内で業務を終えるために生産性が向上するとともに、残業手当や冷暖房費などのコストが削減できる。
勤務時間や場所を自由に選べるハイブリッドワークを導入することで、これまで家庭の事情などで勤務が難しかった従業員の離職防止や新卒・転職の求職者へのアピールになり、人材活用の面でもメリットは大きい。
さらに、現在投資家は企業の業績やハード面だけではなく従業員のウェルネス(心身の健康度)を高める企業姿勢にも注目しているため、働き方改革の健全な推進は企業の投資価値向上にも寄与する。
従業員側のメリット
従業員は、働き方改革の効果で、時間外労働つまり残業が制限され、プライベートや休息時間が増えてQOL(生活の質)が向上する。
また2020年に導入された「同一労働同一賃金」の原則により、正社員と派遣社員などの非正規雇用労働者との間で雇用形態による格差が解消される。
働き方改革に取り組む企業の課題
自社で働き方改革を導入しようと決めた場合、その過程でいくつかの課題に直面することもある。以下にその代表的なものを紹介する。
人件費の負担が増える
時間外労働の制限や非正規労働者の格差是正を実施すれば、人員増やアウトソーシングの利用、給与報酬の改定などにともない人件費が増加し、経営を圧迫することが想定される。
管理職の仕事が増える
柔軟な働き方の選択肢が増えれば、出勤の調整や勤怠管理、個々の従業員の状況に応じたフォローアップやケア、個別の事情を勘案した上での公平な人事評価など、管理職の業務負担が増える可能性がある。
設備コストが増える
リモートワークを実施するためのデバイスやコミュニケーションツール、フリーアドレス制の導入やコミュニケーションスペースの整備などオフィス環境を更新するための費用、労働時間を抑えながら生産性を上げるためのIT設備など、一時的にコストが増大する。
働き方改革で企業が行うべき対応は?
時間外労働の罰則付き上限規制が導入されたことで、より効率的かつ生産性の高い働き方を実現できるワークプレイス改革の必要性が高まっている
働き方改革関連法が整備されたことを受けて、今後企業はどのような対策や準備をしていけばよいのだろうか。以下の4つのアプローチが考えられる。
労働時間や休暇日数の適切な管理と把握
時間外労働の上限値や、取得させる有給休暇の日数が明確化されたことで、 企業側は労働者一人一人の労働時間や休暇日数を適切に把握し、管理できる仕組みづくりが求められる。
たとえば、労働者個々の有給消化日程表を作ったり、 時間外労働が増えつつある労働者に対して労働時間を減らすように指示したりすることが必要だ。 業務分担を見直して長時間労働になりやすい業務を分担させるなどの仕組み作りも行う必要があるだろう。
さらに、時間外労働の罰則付き上限規制が導入されたことで、より効率的かつ生産性の高い働き方を実現できるワークプレイス改革の必要性が高まっている。オフィスとリモートワークを組み合わせたハイブリッドワークをはじめ、外部貸しのフレキシブルオフィスの活用などは一考に値する。人手不足の中、総労働時間が規制によって短縮されるため、生産性を維持するのは至難の業だ。将来性豊かな若者世代のみならず、子育てや介護などで労働市場から外れていた女性やシニア世代の登用を進めるため、柔軟な働き方を模索していく必要があるだろう。
テクノロジーの推進と整備
テクノロジーを駆使して業務そのものの工程削減も必要だ。たとえば、まだ勤怠管理システムなどを導入していない企業であれば、こういった ITツールを積極的に導入すべきだ。既に導入している企業であっても、フレックスタイム制の拡充などに対応できるように設定を変更する必要がある。
待遇格差の理由づけを明確化
t]同一労働同一賃金が進められることで企業は待遇格差を説明できる準備をしなければならない。行政による履行確保措置や行政ADR(裁判外紛争解決手続き) によって、労働者は待遇の不合理に対し行政を仲介させて説明を求めることが可能となった。行政 ADR の実施は企業ブランドを傷つけかねない。しっかりと説明できるように準備すべきだろう。
働き方やすい環境の提供
働き方改革に取り組む過程では、従業員にとって本当に働きやすい環境になっているのかを確認しながら進めなければ効果が薄いものとなる。長時間労働を抑制して公正な待遇を確保し、多様で柔軟な勤務制度を設けることに加えて、定期的な社内アンケートやヒアリング、経営層や管理職を含めた全従業員の意識改革や社内コミュニケーションの見直しなど、ソフト面にも気を配った運用が求められる。
働き方改革を成功させるオフィスづくりとは
働き方改革の目的や法令を理解し、自社に導入するにあたっては、制度の見直しや意識改革と並んで、新しい働き方に対応したオフィス環境の最適化が欠かせない。
具体的なレイアウトやデザイン設計に入る前に、企業の現状課題や特性、従業員のニーズを反映した戦略とコンセプトの明確化を行う必要がある。
従業員が真に求める新しい働き方のひとつの答えとしてあげられるのが、働く場所をオフィスワーカーが主体的に選択することができる「ハイブリッドワーク」である。
JLLが日本およびグローバルに活躍するオフィスワーカー4,015人に対して行ったアンケート調査では、「週に数回は通勤してオフィスで働き、残りは在宅勤務あるいはその他の場所でテレワークする」という “ハイブリッド型のワークスタイル” が最も従業員に支持されていた。
場所だけではなく時間も含め、より個や多様性を尊重した働き方に対応できるオフィスが実現できるかどうかによって結果は大きく変わってくるといってもいいだろう。
働き方改革に取り組む企業事例
現在すでに働き方改革に取り組み、成果を上げている企業も増えつつある。その一部を紹介する。
新しい働き方を見据えたオフィス移転成功事例
法人向けITソリューション開発やコンサルティングを手がけるA社では、7フロアに分かれていた旧オフィスを統合集約する形で、2021年、3フロアからなる新オフィスへ移転。
コロナ禍で執務環境の見直しを迫られたことで以前から抱えていた課題が浮き彫りになり、働き方改革も念頭にオフィスのコンセプトを再検討した結果、従業員の一体感を醸成するコミュニケーションや、日常的な会話・交流から生まれるイノベーションが生まれる新オフィスへと生まれ変わった。
高い社員満足度を達成したオフィス移転成功事例
創業120年を超える老舗の専門商社B社は、2017年に会社の将来性・発展性を見据えたステップとして、大規模複合ビル内のワンフロア270坪へ本社移転した。
一歩先のデザイン性や、拡張性と成長性を表現することで社員の気づきを増やし、想像力を膨らませることを目的に、社内外の懇親の場となる和室やカフェスペース・窓際の休憩スペース・ショールームなど設置。
移転後のアンケート調査では、従業員のコミュニケーションが格段に向上し、やりがい・自信・チームワークなど多くの面で社員満足度が高まったことが分かった。
これからの働き方改革とは
国の推進する働き方改革は、労働者の環境を改善することだけが目的ではなく、実はそれを導入・推進する企業にも数多くのメリットがもたらされる。
制度の目指すゴールを正しく理解し、自社の課題や従業員のニーズを整理して働き方改革を成功させれば、将来的にも人材確保や企業価値の向上などの発展が期待できるだろう。