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CRE戦略の変化が不動産市場に与える影響:上場企業とR&D不動産を事例に

2020年以降、不動産を売却する上場企業数に増加の兆しがみられる。背景にあるのは「アクティビスト」と呼ばれる投資家の台頭と、資本収益性を重視した経営に舵を切る企業のCRE戦略の変化にある。一般事業会社による不動産売却は今後も継続するとみられ、研究開発拠点などの産業用不動産についても賃貸需要の拡大が見込まれる。

2024年 11月 14日
2020年以降は4年連続で上場企業の不動産譲渡損益総額が4,000億円超え

2024年上半期の日本における不動産投資総額は2兆6,105億円となり、前年同期比21%の増加となった(※JLL調査)。取引額の増加の背景としては、訪日外客数の増加に伴う堅調な需要の回復が続くホテルの取引が活況であることに加えて、一般事業会社による不動産売買の増加の影響も大きいと考えられる。

1993年度から2023年度の30年間における、上場企業における不動産売却を行った企業数の推移をみると(図1)、バブル崩壊後の1990年代後半に売却件数は急増し、1999年度には232社が売却を行いピークとなった。その後、2011年頃までは不動産売却を行う企業は減少の一途をたどった。2011年から2019年頃までの期間についても概ね横ばいで推移した。しかし、2020年以降は、不動産を売却する上場企業数に再び増加の兆しがみられる。

図1:年度別 上場企業 不動産売却企業数の推移 出所:㈱東京商工リサーチによる「上場企業 不動産売却調査」の2011年度から2023年度までのプレスリリースを参照してJLLが作成

2011年以降の時期に焦点を当てて、上場企業による不動産譲渡損益総額の推移をみると(図2)、2011年から2019年までは1,000億円から2000億円台前半で推移していたものの、2020年以降は4年連続で4,000億円を上回る総額の譲渡損益総額に達している

図2:上場企業による不動産譲渡損益総額の推移 出所:㈱東京商工リサーチによる「上場企業 不動産売却調査」の2011年度から2023年度までのプレスリリースを参照してJLLが作成
 

企業が不動産を売却する背景にアクティビストの存在
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アクティビストによる株主提案の議案数が増加しており、2014年の8件から2024年7月末までに190件と約24倍に達した

近年の一般事業会社による不動産売却の活況は、コロナ禍のあおりを受けた企業の資金調達需要の高まりや不動産価格の上昇による含み益の実現を試みる動きによるところもあろうが、保有株式における権利を行使し、投資先企業への株主還元施策の実施を積極的に提案する、いわゆる「アクティビスト」の活動が活発になっていることの影響も非常に大きいとみられる。

図3では、日本におけるアクティビストとみられるファンド数の推移を示しており、その数は2014年の8から2024年には73と約9倍に増加した。アイ・アールジャパンホールディングスによると、アクティビストによる株主提案の議案数についても同様に増加しており、2014年の8件から2024年7月末までに190件と約24倍に達した。

アクティビストの投資方針や投資先企業の状況によって、議案の内容は異なるものの、保有する不動産を手放し、本業に注力することを求める提案も少なくない。アクティビストによる株主提案の多い領域はガバナンスやバランスシート、事業戦略・運営といった事項であるが、こうした項目には企業の不動産戦略も少なからず関与していることがその一因であろう。

図3:日本に参入しているアクティビストファンド数の推移 出所:株式会社アイ・アールジャパンホールディングス「決算説明会資料 2025年3月期 第1四半期(2024年4月1日~2024年6月30日)」(p12)を参照してJLLが作成

アクティビストが株式を保有する上場企業が不動産を売却する事例も

アクティビストが株式を保有していることを表明しており、かつ経営戦略において不動産戦略に関して言及している上場企業の事例を表1にまとめた。いくつかの企業については、既に株主提案の中で不動産の売却を求められている事例もあり、実際に不動産の処分を進める企業も存在する。

表1:主なアクティビストとアクティビストが株式を持つ主な上場企業 出所:2024年8月時点での各社の公表資料及び各種報道を参照してJLLが作成

一般事業会社による不動産売却は今後も継続すると予想される

ただし、これらのCRE戦略の再考に関する要求はアクティビストによるものばかりではないとみられる。株式会社東京証券取引所は2023年3月に上場企業に対して通知した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」の中で、資本コストや株価を意識した経営を推進することを企業に対して要請した。上場企業全体に対して、不動産戦略の再構築が必要な機運が高まっているとみられる。

この点を踏まえると、一般事業会社による不動産戦略の転換は今後の潮流として継続するとみられ、それに伴って、不動産売買も一層進展するものとみられる。こうした動向においては、オフィスビルなどにとどまらず、製造業の生産拠点や物流施設、研究所といった産業用不動産についても同様に、売却を検討する企業も増加することが考えられるだろう。この潮流の中で、従来は賃貸での利用は主流とみなされなかったアセットタイプにおいても、マルチテナント型を含む賃貸型の需要が拡大するのではないか。

本稿の後半では、企業の研究開発拠点(R&D拠点、あるいはR&D不動産)の立地動機の分析を通じて、自社保有不動産が主体となる自社型物件と、賃貸型の不動産が中心となるマルチテナント型の物件を比較することを通じて、企業の新たな不動産戦略に親和性を持つ不動産の要素を検討したい。

マルチテナント型の研究開発拠点は54件

マルチテナント型では、従来の拠点を移設や拡張するのではなく、新たな拠点を設けることを目的とした立地が多く見られた

JLLは2020年1月1日から2023年8月31日までの期間に公表された、日本国内における企業の研究開発拠点に関する新規立地に関する214件の事例を収集・分析した。その多くは自社型の物件(146件)における事例であったが、マルチテナント型の事例も54件存在した(※214件のうち4件は利用形態の特定不明)。

図4では、不動産に関連した動機の分布を示した。自社型の物件における拠点開設事例では、拡張(42%)や集約(27%)といったある程度まとまった規模の面積が必要となる動機に基づくものが多い。一方、マルチテナント型では、従来の拠点を移設や拡張するのではなく、新たな拠点を設けることを目的とした立地(※図4の「新規」に相当。マルチテナント型では76%)が多く見られた

拠点の在り方に関する柔軟性や機動性が賃貸を主とするマルチテナント型の物件の強みであり、特に未進出の地域や新しい領域での研究開発を試みる企業からの支持を集めているとみられる。ただし、近年のR&D不動産の開発事例では物件の大型化が進んでいることから、今後は拡張や集約などの動機においても、マルチテナント型の物件における立地事例の増加が期待される。

図4:不動産に着目した拠点開設の動機、不動産の利用形態別 出所:企業の適時開示やHP、各種報道を参照してJLLが作成

企業の研究開発活動そのものに関わる動機をみると、物件の利用形態に問わず知識交流の推進(54%)が主流な立地動機であった(図5)。集約による社内の部門間での意思疎通の改善や、都心部や大学近隣に所在する賃貸型施設での拠点開設を通じて、顧客や外部の研究機関との交流を増進するという目的での立地が含まれる。分布の中ではマルチテナント型の物件における、人材採用を動機に含む立地事例の多さが注目される(20%)

いわゆる高度人材である研究者は国際的な人材獲得競争を通じての確保が求められる。物件の利用形態を問わず、最先端の設備と上質な就業環境の確保が重要になるが、都心部からのアクセスを可能とする都心部での自社用地の確保が困難であることも、人材確保を重視する事例がマルチテナント型においてより多くみられた要因だと考えられる。

図5:研究開発活動に着目した拠点開設の動機、不動産の利用形態別 出所:企業の適時開示やHP、各種報道を参照してJLLが作成

日本においてもR&D不動産の賃貸需要が拡大する見通し

前回のコラムで示唆したように、世界におけるR&Dの不動産投資の大半を占める米国では、ライフサイエンス分野の急成長が賃貸型物件の需要を拡大させるとともに、同分野での不動産投資額も増加した。日本においても企業の資本効率の改善や人材確保といった動機を背景として、研究開発用途の不動産における賃貸需要も拡大するとみられる。

需要の高まりを受けて多様な立地とコンセプトを背景とした賃貸型の物件の開発が進むことによって、テナント候補の企業にとっては受け皿の増加になり、投資家にとっては投資スタイルに応じた投資対象候補の幅広い選定が可能となる。こうした要因が相互に影響を及ぼすことで、市場規模の更なる拡大が期待される。

【執筆者:JLL日本 関西支社 リサーチディレクター 山口 武/JLL日本 リサーチ事業部 マネージャー 松本 優希】

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