研究開発拠点の立地を通じた高度人材確保の可能性
多数の高度人材を抱える首都圏に研究開発拠点の集積が進んでいる。しかし、人材獲得競争の激化によって研究者を雇用するのが困難になりつつある。そうした中、地方都市へ研究開発拠点を開発する動きが顕在化してきた。研究開発拠点の立地戦略と人材獲得戦略の相関関係を紐解いた。
目次
首都圏へ集積する研究者の人口
企業の研究開発活動(R&D:Research and Development)を推進するのは研究者であり、優秀な研究者の確保が重要となる。研究者は日本全体の労働者と比較すると、大学卒、大学院卒の比率が高く、かつ比較的若い世代の就業者が多いという傾向がある(図1)。
図1:雇用者の職業別にみた、人口年齢別構成比および最終学歴の比率。「研究者」は、国勢調査の職業中分類における「研究者」と「技術者」の合算値を用いた 出所:総務省統計局(2020)「国勢調査」ⅰを用いてJLL作成
一般に、高度人材は都市圏、特に東京を中心とする首都圏に集中する傾向があるとされているが、研究者についても同様の分布傾向がみられる(図2)。
図2:研究者の都道府県別の立地分布。円が大きい都道府県ほど、研究者の人口が多い 出所:総務省統計局(2020)「国勢調査」を用いてJLL作成
優れた人材の雇用には、働く場所の立地も重要な要素となるだろう。上記の前提を踏まえると、企業の研究開発拠点も首都圏、特に東京都内に立地することが最適解となるように思われる。
高額な地代や賃料、用地の規模という制約を考慮したとしても、東京に可能な限り近しい周縁部に立地が集まるのではないか。この仮説を検討するために、2020年1月1日-2023年8月31日までに開設されたか、開設計画が公表された企業の研究開発拠点214件を示した(図3)。
図3:2020年以降の企業による研究開発拠点の立地計画の空間的分布(N=214) 出所:企業や自治体の公式HPに開示された情報やプレスリリースなどを参照しJLL作成
地方都市への拠点開発事例も
確かに拠点の開設事例において首都圏が占める比率は大きいものの、日本国内の幅広い地域が選ばれていた。
さらに、首都圏以外の地域での開設事例の詳細をみると、既存拠点との連携のような、既存アセットの維持活用が目的とされる事例に加えて、人材獲得を動機とする事例もいくつかみられた。例えば、半導体受託生産の最大手企業であるTSMCが大阪市内に拠点を新設した動機については、東京圏における優秀な人材の枯渇がその一因として指摘されている(服部 2022)ⅱ。
加えて、北海道や奈良県などの地域においても、人材獲得を意識した拠点開設の事例がみられた。東京を中心とする首都圏には確かに大学生や大学院生が多く、研究者も多い。その一方、大手企業の集積が厚くなるため、人材確保のための競争が厳しいものとなる可能性がある(図4)。
図4:都道府県別の「大学生と大学院生の卒業生数の総数」を「大企業数」で除した比率。薄茶色の5地域は図3の拠点立地数で上位の地域を示す 出所:文部科学省(2022)「学校基本調査」ⅲ、総務省統計局(2022)「令和3年経済センサス-活動調査」ⅳを用いてJLL作成
また、堀(2015)ⅴは、近年の若者世代は地元への定着割合が高い傾向にあることを示唆している。さらに、2024年卒の新卒内定者を対象とした調査において、Uターン就職を希望しない大学生が地元就職を後押しする要素として回答を集めた項目は、「給料が良い就職先が多くできる」が1位、「働きたいと思える企業が多くできる」が2位となった(マイナビ 2023)ⅵ。
優れた人材を確保するための重要戦略
地方圏での研究開発拠点の開設とは、本部機能に直結する研究職への就業機会を提供することを通じて、地方圏での定住を望む高度人材を確保するための戦略の一つなのではないかと考えられる。
人口減少が進む日本において、優秀な労働力の確保はなお一層、重要かつ困難な課題となる。日本国内における東京、そして首都圏の優位性は今後も変わらないであろう。
しかしながら、若年層における価値観の変化の後押しも受けて、地方における拠点開設は、資産の有効活用などの金銭的な利点にとどまらず、優れた人材の確保のための重要な戦略として位置づけられる可能性があるのではないだろうか。
【執筆者:JLL日本 リサーチ事業部 アシスタントマネージャー 松本 優希】
ⅰ総務省統計局(2020)「国勢調査」、 2023年11月28日閲覧
ⅱ服部毅(2022)「TSMCが横浜に続き大阪にデザインセンターを開設、先端半導体の設計支援を強化」、マイナビニュース、 掲載日[ 2022年12月2日、2023年11月28日閲覧
ⅲ文部科学省(2022)「学校基本調査」、2023年11月28日閲覧
ⅳ総務省統計局「令和3年経済センサス-活動調査」、2023年11月28日閲覧
ⅴ堀 有喜衣 (2015)「進学・就職に伴う地域間移動のパターンとその推移-第7回人口移動調査の分析による検討」、資料シリーズ No.162 若者の地域移動―長期的動向とマッチングの変化―、2023年11月28日閲覧
ⅵ株式会社マイナビ(2023)「2024年卒大学生Uターン・地元就職に関する調査」、 2023年11月28日閲覧