財務から見たセールアンドリースバック(現リース会計基準)【第2回】
「事業法人の企業戦略としてのセールアンドリースバック」3回シリーズの第2回目となる本稿では、日本の現リース会計基準に則ったセールアンドリースバック(以下、SLB)の財務シミュレーションについて解説します。なお、リース会計の新基準については第3回で説明します。
セールアンドリースバック(以下、SLB)は、文字通り「売買」と「賃貸借」を一体化させた取引であるため、一般的にはひとまとめにして説明が行われていますが、本稿では、まず保有継続と賃借の比較を行い、次に売買により生じる効果を含む全体的な解説を行います。
更に第3回目では、現リース会計基準と2027年4月以降適用となる新リース会計基準との比較を行います。
保有継続/賃借比較
SLBというと「売買」に目が行ってしまいますが、長期的視野で「不動産を所有するのか、賃借とするのか」の議論を社内で十分行っておくことが重要です(資金不足、利益補充など緊急の要請がある場合は別ですが…)。
ここでは「新規に購入するか、賃借するか」の比較ではなく、「自社使用している所有物件を保有継続するか、SLBするか」の比較を行います(SLBの場合はリース会計基準により特殊な会計を行います)。
なお、あくまで「長期的視野」における比較であり、20年の長期リースバックを前提に検証していることにご留意ください。
さらにインサイトをお探しですか?アップデートを見逃さない
グローバルな事業用不動産市場から最新のニュース、インサイト、投資機会を受け取る。
SLBに関する財務シミュレーション
自社使用している所有ビル(土地含む)の所有継続/SLB比較(現リース会計基準)
【前提条件】
SLBすると多額の売却益(場合によっては売却損)が生じ、売却損益の会計処理に論点が移ってしまうため、ここでは売買による利益(損失)が生じない設定として「所有継続」と「SLB」につき、リース会計基準に従い、比較します。もちろん、SLBでは会計基準に従ったリース資産、リース債務の処理を行います。
リース会計現基準と新基準をこの段階で併記すると混乱するので、ここでは現基準だけを示します。なお、現基準と新基準の比較は第3回で説明します。
C/F、P/L、B/S(20年間)(売却により損益が生じない設定としています)。
以下の経済環境の条件設定により結果に差異が生じます。
経済環境条件
借入金利
割引率(賃料総額の現在価値を求める際の割引率)
対象不動産等の設定は次の通りとします。
築30年のRCオフィスビルと土地(自社使用中)
土地簿価:100億円、建物簿価:22億円
条件:リースバック期間20年、年間賃料10億円
借入金利2.0%、割引率2.0%、インフレ率0%
維持修繕費:所有継続では一定の維持修繕費を想定
※インフレ率を変えると計算結果に影響が出ますが、途中段階でリース資産などの複雑な再計算が生じるため、ここではインフレ/デフレはないものとします。
※残存経済的耐用年数(約20年)に対し、リースバック期間を20年としているため、ファイナンスリースに該当します。ファイナンスリース、オペレーティングリースについては、下記(*)をご確認ください。
【参考】*ファイナンスリースとオペレーティングリース
|
【シミュレーション結果(概略)】
※C/FとP/Lは20年間の推移を示し、B/Sは20年経過後の数値比較とします(0年度期末日に売買実行としています)。
年度C/F(Cash Flow)
年度C/F | 1年度 | 5年度 | 10年度 | 15年度 | 20年度 | 累計 |
保有継続 | -691 | -745 | -817 | -893 | -975 | -16,544 |
SLB | -1,008 | -1,249 | -1,379 | -1,523 | -1,681 | -29,051 |
(単位:百万円)
年度P/L(Profit and Loss Statement)
年度P/L | 1年度 | 5年度 | 10年度 | 15年度 | 20年度 | 累計 |
保有継続 | -715 | -791 | -891 | -995 | -1,049 | -17,976 |
SLB | -2,621 | -1,291 | -1,336 | -1,297 | -1,062 | -28,043 |
(単位:百万円) ※現リース会計基準では、本設定の「ファイナンスリース」の場合、建物だけにリース資産とリース負債が計上されます。土地については、売却時に一括会計処理されますが、この段階では利益が生じない設定としているため、影響を受けていません。
主要項目のB/S(Balance Sheet)計上額
0年度期末B/S | 土地 | 建物 | 差入敷金 | リース資産 | 合計 |
保有継続 | 10,000 | 2106 | 0 | 0 | 12,160 |
SLB | 0 | 0 | 1,008 | 4,929 | 5,937 |
20年度期末B/S | 土地 | 建物 | 差入敷金 | リース資産 | 合計 |
保有継続 | 10,000 | 802 | 0 | 0 | 10,802 |
SLB | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
(単位:百万円)
【結果のみかた】
(a)この段階では(売却利益が生じない設定としているため)、経済環境条件の設定を変更した場合でもC/F、P/Lともに「保有継続」が有利となります。SLBでは多くの場合、売却による多額のキャッシュイン、利益の評価を含みます。
(b)20年度期末(リースバック期間終了後)の資産は、所有継続では「土地+建物残存簿価」となります。
今後も適切な改修工事を重ねるという費用を想定していますが、老朽化した建物の価値はかなり毀損されていると考えるべきで、また、再利用のために更地化するにも多額の費用が見込まれます。
一方で、ここでは20年で退去するという設定にしているため、B/Sの残高はゼロになります(内装費残価、資産除去債務などは考慮していません)。
【ここで検討すべき事項】
1. 重視するのはC/F?P/L?B/S?あるいは複合的?
C/Fを重視する企業、またはP/Lを重視する企業においては、この段階では「所有継続」という判断が正しいということになります。一方、B/Sを重視する企業では、期間終了時の残存簿価や上記諸々の問題点に対する評価により、「所有継続」か「SLB」かの判断が異なることになります。B/SとP/Lを複合的に比較するという企業も多いかもしれませんが、その場合は後述する「売却手取金を含む総合的シミュレーション」を参考にしてください。
2. 老朽化に伴う維持修繕費をどう考えますか?
このシミュレーションでは、築年の経過した建物に対し鑑定評価などの際で使用する標準維持修繕費を想定していますが、実際は建物調査などを行って見積もることになります。上記数値を大きく超える額となる可能性もあるため注意が必要です。
3. 経済的耐用年数経過後の建物(土地も?)をどう捉えますか?
この設定では、築30年の建物が20年経過するため、鉄筋コンクリート(RC)造事務所建築物の法定耐用年数に達してしまいます。経済的耐用年数も同じとすると、その時点で解体が必要となります。かなりの額の解体工事費と建物の除却損が発生します。また、土地の価値は毀損されるわけではありませんが、将来の価格が現時点より上がっているのか、下がっているのかを確定的に予想することはできません。
以上で、売却益を除外したシミュレーションの段階で「所有継続」か「賃借」かの比較検討を行うことの重要性を理解いただけましたでしょうか?
不動産の所有継続か、賃借かを比較検討している様子
売却による効果を含む総合評価
次に「売却入手金の活用」について考えていきましょう。
SLBを行う最大の目的は「売却によるキャッシュの入手and/or利益の計上」ということでしょう。売却損が生じるSLBもありますが、本稿では売却益が生じるケースを想定しており、当該利益額を「売却入手金」とみなしていきます(C/FとP/Lを混同しているように見えますが、土地、建物簿価相当額と借入金が同額であると考え、売却により全額返済するという設定です)。
上記「保有継続/賃借比較」でのケースにつき、購入者利回りなどを設定して売買価格を求めると230億円となります。
・対象不動産は次の設定とします(上記と同じ物件を設定しています)。
築30年のRCオフィスビルと土地(自社使用中)
土地簿価:100億円、建物簿価:22億円
売買価格:230億円
売却費用:7億円
リースバック賃料:年間10億円
借入金利2.0%、割引率2.0%、インフレ率0%
維持修繕費:所有継続では一定の維持修繕費を想定
ROIC(売却手取金の投下資本利益率):5.0%(税前)※日本ではROICの平均値は税引き後で5-8%程度といわれていますが、ここでは低めの設定としています
リースバックしないと仮定した際の売却益は101億円、税引き後の手残金は70億円となります。リースバックすると差入敷金がキャッシュアウトするため、手残金が60億円になります。この手残金をM&Aなどの投資に充当し、利益を上げる設定としています。
現リース会計基準に基づき、20年のリースバック期間で計算すると以下のようになります。
年度C/F 5年おき
年度C/F | 1年度 | 5年度 | 10年度 | 15年度 | 20年度 | 累計 |
保有継続 | -691 | -745 | -817 | -893 | -975 | -16,544 |
SLB FL | 9,142 | -1,003 | -1,191 | -1,315 | -444 | -16,351 |
(単位:百万円)
年度P/L 5年おき
年度P/L | 1年度 | 5年度 | 10年度 | 15年度 | 20年度 | 累計 |
保有継続 | -715 | -791 | -891 | -995 | -1,049 | -17,976 |
SLB FL | 3,538 | -793 | -889 | -895 | -880 | -13,243 |
(単位:百万円)
主要項目のB/S計上額
0年度期末B/S | 土地 | 建物 | 差入敷金 | リース資産 | 合計 |
保有継続 | 10,000 | 2,160 | 0 | 0 | 12,160 |
SLB FL | 0 | 0 | 1,008 | 9,044 | 10,052 |
20年度期末B/S | 土地 | 建物 | 差入敷金 | リース資産 | 合計 |
保有継続 | 10,000 | 802 | 0 | 0 | 10,802 |
SLB FL | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
(単位:百万円)
投資機会
【結果のみかた】
20年累計で比較すると、C/Fでは保有継続とSLBの数値は均衡しますが、P/LではSLBの方がかなり良くなることになります。売買価格を上昇させたことにより建物価格も上がり、その影響でリース資産額が「利益が出ないケース」よりも多額となります。
こちらのシミュレーションでは適正な売買価格としたために、C/F、P/LともにSLBの数値が改善しています(生じた利益に対する税額の増加も加味しています)。
【ここで検討すべき事項】
1. 上記「売却益を見込まないシミュレーション」で、C/F、P/L、B/Sのどれを重視するか…の議論をしましたが、このシミュレーションになると、その議論に加え「売却益がどのくらいになるか」という論点が生じます。上記シミュレーションで「B/Sを重視する」としていた場合でも、売却益に大きく影響されがちなので注意が必要です。
2. 本稿ではインフレを見込んでいません(長期のシミュレーションではインフレ率の設定により結果が大きく異なるためです)。しかしながら実際は各社でインフレ率を設定することが多いのではないでしょうか?インフレにより保有継続する場合の将来価値が大きく計算されますが、実際に売れるかどうかは別問題であることにも注意が必要です。
SLBについて、まず売却利益を考慮しないシミュレーションで保有継続か賃借かの比較を行い、その後売却によるキャッシュインと売却利益を含めて検討しました。皆様の会社がどちらの方策を採用されるかについては、下記ご覧ください。
関連記事「アセットライトの戦略性:財務的考察など多面的に検証する」はこちら
次回(第3回)では、2024年9月に企業会計基準委員会から公表された「リースに関する会計基準」(いわゆる「新リース会計基準」)適用前後における、SLB効果の違いにつき財務シミュレーションで説明します。
※シミュレーションは一定の条件のもと行っています。また、その正確性を保証するものではありません。
連絡先 榊 敏正
JLL日本 エグゼクティブアドバイザーあなたの投資の目標は何ですか?
世界中にある投資機会と資本源をご覧下さい。そして、JLLがどのようにお客様の投資目標の達成を支援できるかお尋ねください。