IoTで「未来のワークプレイス」を提示するスマートビル
テクノロジーの発展により、オフィスビルの利用者は今や、ミレニアル世代からITに精通した財務担当役員まで、ワークプレイスにより多くを要求するようになっている。そして、IoTをはじめとしたテクノロジーによって「スマートビル」へと進化を遂げた現代のオフィスビルは就労者の多角的な需要を効果的に満たしている
テクノロジーの進化がスマートビル化の追い風に
政府やスマート都市もその役割を果たしており、新しいデジタル生態系を形成することから派生する膨大な利益を認識している。多くの企業は、この変化を受け入れている。事実、テクノロジーは企業が商品の再編やリモデルを、サービスがユーザー・エクスペリエンスや生産性、サステナビリティをより重視することを可能としている。
IoT(モノのインターネット)の成長やロボット工学、より広範なテクノロジーの進化に刺激されて、オフィスビルは劇的な変化を経て「スマートビル」へと変貌し、商業的な成功に更に不可欠な存在となっている。
この革命の原動力を理解して変化の波に備えることが非常に重要であり、そうしなければ取り残されるリスクがある。未来は我々が考えるよりもずっと近づいているのだ。
スマートビルとは?
先進的なセンサーシステムやいたるところに存在するモバイル端末が、IoTと組み合わさってエネルギー供給の最適化、温度管理、デジタル標識等、建物が提供できるサービスを変容させ、最終的により優れたユーザー・エクスペリエンスを提供する。次世代のビル管理システム(BMS等)は、ビルのOSのように機能し、データを取得してビルの設計やパフォーマンスの最適化についての意思決定に使用する。このような「スマートビル」の登場により、オフィスの存在は単なる働くための場所ではなくなり、より効率的に働け、生産性向上に寄与する「事業インフラ」として進化を遂げている。
スマートビルとは、IoTセンサーを各設備機器に設置し、それぞれを相互連携させて最適管理を行う建築物を指す。例えば、IoTセンサーで室温を検知し、基準値に沿って空調の稼働を調整することで最適な室内環境を実現しつつ無駄な電力消費を削減する。もしくは、IoTセンサーでビル内の人の流れや滞留時間等を検知し、混雑緩和等、より快適に過ごせる空間づくりを実現することが可能になる。
IoT普及以前は、ビルオートメーションシステム(BAS)を導入し集中管理室でビル内の設備機器を一元管理しており「インテリジェントビル」などと呼ばれていたが、インターネット回線と接続されておらず、設備機器同士の連携は限定的だった。一方、IoTによって設備機器が高度に連携しており、利便性の向上のみならず、施設管理における大幅な効率化を実現する。
オフィスへのIoT活用が必要とされる背景と要素
世界的な炭素排出量の一部が建築物由来であることが示されている中、オフィスビルによる積極的な脱炭素化が求められており、IoT等のテクノロジーはここで重要な役割を果たす
アフターコロナを見据えたIoT活用によるプロセスの改善
オフィスへのIoTセンター設置等、テクノロジーの採用が加速した背景には、コロナによる様々な変化が影響している。コロナの感染拡大防止の観点から、徹底した消毒やソーシャルディスタンス対策をオフィス戦略として取り入れることが不可欠となってきており、この傾向がテクノロジー採用の加速に影響していると推測できる。この感染防止対策に対応したIoTシステムは、オフィスやビルと統合し、人の手を介さず訪問者の温度を自動で計ることが可能になっている。また、IoTセンサーにより、空調による湿温度を管理することで、オフィス空間をより快適かつ適度な状態に維持し、衛生面での質も向上させている。IoT活用は、変化しているオフィスへの様々なニーズに対応できる要素を持ち合わせており、今後さらに重要な役割を果たすと考えられる。
IoT等のテクノロジーを駆使したオフィスの脱炭素化への取り組み
IoTをはじめとするテクノロジーは、深刻化する地球温暖化の問題解決にも寄与する。世界的な炭素排出量の一部が建築物由来であることが示されている中、オフィスビルによる積極的な脱炭素化が求められており、IoT等のテクノロジーはここで重要な役割を果たしている。不動産テクノロジーのIoTアナリティクスは、センサーを用いて、温度、二酸化炭素濃度等のオフィス環境データを集め、分析し、環境状況を把握することができる。また、照明、空調を自動的に制御し、省エネルギー対策を行うことも可能だ。IoTをオフィスへ採用する上で、プロセスだけでなく脱炭素化等の環境問題への取り組みを目的として認識しておくことが重要だ。
IoTセンサーで省エネ化を実現させた事例
IoT等のテクノロジーによる省エネや脱炭素化という社会的責任を果たす施策は、オーナーやテナント等、建物全体のイメージを向上させるだけでなく、ESG投資としての評価も高くなる
脱炭素化を目指したサステナブルな建物への関心が高まっている中、IoTを駆使した省エネ化への取り組みが見られ始めている。省エネ対策を掲げ、IoT技術を活用した大型複合商業施設の事例では、空調、照明の消費電力削減を図り、実施前に比べ共用部電力使用量を約30%削減という成果に繋げ、省エネ大賞にも選定された。IoT等のテクノロジーによる省エネや脱炭素化という社会的責任を果たす施策は、オーナーやテナント等、建物全体のイメージを向上させるだけでなく、ESG投資としての評価も高くなる。このような多角的な視点でIoTを活用していくことは、欠くことのできない戦略的要素となってくるだろう。
IoTセンサーでビッグデータを収集
スマートビルはIoTセンサーを通じて膨大なデータを収集することができる。いわゆるビッグデータをAIによって自動分析すれば、ビルのパフォーマンスと事業目的のつながりを確固としたものにできる。業務上・戦術上のワークプレイス管理はスタッフの生産性を支えるアルゴリズムに委ねられるだろう。近い将来、ビルは建物利用のデータを個別のスタッフの移動や業務習慣と組み合わせて、スタッフ間のコラボレーションを促し、共同作業を増加させて事業の成功を牽引できるようになる。
より業務的なレベルでは、スマートビルはパワー・オーバー・イーサネット技術を用いて個別端末(テレビ、PC、机上のランプ等)を監視し、必要に応じて遠隔操作でこれらのスイッチをオフにして建物のサステナビリティと費用効率を向上させる。
最も革新的なビルには、既にこうしたソリューションのいくつかが組み込まれている。アムステルダムにあるデロイトのジ・エッジはその好例といえそうだ。30,000を超えるIoTセンサーが建物内に設置され、従業員はアプリを通じて駐車スペースやデスク、更には同僚をみつけることができる。センサーは温度・湿度、人の動き、照明、二酸化炭素濃度の監視にも使われている。この結果、比較対象となるオフィスビルよりも電力消費量が70%少なくなる。
日本では「(仮称)竹芝地区開発計画」においてAIやIoTを活用してビル内外の人流データや環境データを収集・解析し、快適な環境整備と効率的なビル管理に役立てるスマートビルのモデルケース構築を目指している。また、2019年に竣工した「渋谷ソラスタ」ではIoTを導入し、在館者の位置情報やトイレ利用状況を確認できるシステムを導入するなど、本格的な「スマートビル」時代が日本にも到来している。
IoTがオフィスを効率化
スマートビルは近々、ビルの設計やパフォーマンスの最適化を超えて、ワークプレイスの設計方法自体に影響をもたらすことになる。IoTセンサーはオフィスビル内のスペース利用に関するデータを蓄積し、このデータの分析から業務のパターンや人の行動に関する重要な情報が明らかになる。これによってオフィススペースが最適化され、個人のニーズを核心に据えた事業戦略が策定される。簡単にいえば、ビルが従業員のニーズを満たすために適応し、その逆ではなくなるのだ。
オフィスにおけるIoTセンサーの活用事例としてはオフィス利用率調査などが挙げられる。これまで感覚的、もしくは調査員が目視で調査していた利用率をIoTセンサーで24時間365日捕捉し、より詳細なデータを収集することが可能になる。現在のオフィス環境において利用率が低い余分な座席を見極め、スペース効率化を実現できる他、1回あたりの会議室の利用人数を調査し、会議室の数や広さを調整することが可能になる。
また、IoTセンサーは照度や室温なども計測でき、省エネを実現しながら快適かつ健康に過ごせる空間づくりに生かすことも可能だ。
IoTをはじめとするテクノロジーは既に企業がパフォーマンスとユーザー・エクスペリエンスを向上させる道具として多くのオフィス空間で受け入れられている。当然ながら、従業員の動きを監視することはプライバシーに関する問題を生じさせる。しかし、こうしたテクノロジーは従業員のユーザー・エクスペリエンスを向上させるために利用されると証明できるならば、従業員はその採用を支持するだろう。労働者はこうしたシステムが勤務中に有形の利益をもたらすと認識すれば、プライバシーについても承認する可能性が高まる。
米国の有力な銀行でも、コールセンターの従業員の生産性に格差がある原因を特定するため、ソシオメトリック・バッジが使用された。最も生産性の高い従業員が一緒に休憩をとることが明らかになると、この銀行は従業員の休憩時間を調整して交流を促し、生産性を10%向上させたのである。
ソシオメトリック・バッジや類似のテクノロジーを大規模に適用できるようになれば、ワークプレイスの設計変更がビジネスに与える影響をリアルタイムで評価することが可能になる。未来のオフィスは、端末やデータで武装し続けるが、更に一歩前進するのである。
ワークプレイスの未来
2030年までに、戦術上・業務上のワークプレイス管理は主に無数のデータセットを分析するアルゴリズムが実施するようになると予想している。ビルは所在に関するデータをコーポレート・データベースの情報やソーシャル・メディアと連携させて、スタッフ間の交流を促すことができるようになるだろう。
ワークプレイスは近い将来、あらゆる事業の管理職チームの一員となる。例えば、あるプロジェクトに従事する従業員に別の専門家が近くにいることを知らせて、打ち合わせを提案するのである。職場の電子メールの自動スキャンも事前に会議を提案することに役立つだろう。
「どこで働くか」だけではなく「どのように働くか」を根本的に変化させる急速な技術発展を目の当たりにする変革期が訪れている。近い将来、成功する企業はテクノロジーを業務の中核に据えるようになり、我々の職務生活は全く異なったものとなるだろう。