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二極化していくこれからのワークプレイス戦略

働きやすい環境を整備し、従業員満足度を向上。ひいては労働生産性の向上を図るべく、ワークプレイス戦略の重要性が高まっている。しかし、その手法に大きな変化が見て取れる。テレワークやサテライトオフィスの普及によりオフィス機能を分散・効率化する企業が一定数存在するようになってきた。従前の統合・拡大型のワークプレイス戦略の対極をなすこうした動き、ワークプレイス戦略の二極化が進みそうだ。

2020年 05月 19日

オフィス改革からワークプレイス改革へ

「オフィス」と「ワークプレイス」。「働く環境」として同義に扱われがちな2つの言葉だが、その意味するところは明確に異なる。「オフィス」とは大勢の人が一カ所に集まり働くための単体の場所であり、オフィス空間単体を対象に快適かつ効率的に働けるように整備するのが「オフィス改革」だ。

一方「ワークプレイス」は「働く環境」をより広義に捉えるものだ。本社オフィスのみならず、テレワークやモバイルワーク、外部貸しの共用オフィスなどを包括し、これらを組み合わせて最適な執務環境を整えることを「ワークプレイス改革」とする。働き方の多様化が進む現在、オフィス改革からワークプレイス改革へシフトする企業が増えている。より多角的な視点で「働く環境」を整備する考え方が企業に浸透しているのだ。

人材獲得を目的にしたオフィス改革

とはいえ、少子高齢化による働き手が不足し、企業は優秀な人材をいかに確保するための施策としてオフィス改革に注力する動きは衰え知らずだ。快適な執務環境を整備し、従業員満足度を向上させ、長期雇用を実現することが大きな狙いだ。コミュニケーション活性化を目的にカフェラウンジなどの共用スペースを充実させ、趣向を凝らせたイベントやパーティーを実施する企業や、オフィス内に図書室やボルダリング施設を整備する企業も存在する。

企業のワークプレイス戦略に詳しいJLL日本 オフィスリーシング 柴田 才は「人手不足に端を発し、企業同士の人材獲得競争はさらに激化している。オフィスの充実度は人材確保に大きく貢献しており、オフィスに多額のコストを投じる企業が増えている」と指摘する。特にエンジニアの人材不足が顕著なIT業界では、人材採用を見据えたオフィス改革に注力しているのは知られるところだ。

オフィスの統合・拡大にこだわらない企業が増加

企業のワークプレイス戦略を紐解くと、従前は従業員の満足度向上や生産性向上を背景にして「より効率的かつ快適に働けるオフィスづくり」がトレンドだったように見受けられる。ワンフロアにオフィス機能を集約する、いわば「統合・拡大型」のワークプレイス戦略にスポットが当たっていたといえるだろう。

一方、統合・拡大型とは異なるワークプレイス戦略を実践する企業も増えつつある。外部貸しの共用オフィス(シェアオフィス、コワーキングスペース、サテライトオフィスなど)を活用する他、テレワークを勤務体制のスタンダードとするなど、本社オフィスの統合・拡大にこだわらない企業が増えつつあるのだ。「統合・拡大型」の対極をなすワークプレイス戦略はさながら「分散・効率化型」といえるだろう。

こうした動きについて柴田は「2019年4月から働き方改革関連法が施行され、多様かつ柔軟な働き方を実践する上で、ワークプレイス戦略も企業の実情に合わせて変化を遂げている。企業のワークプレイス戦略が二極化している」と断言する。

二極化する企業のワークプレイス戦略

●統合・拡大型

分散していたオフィス機能を本社オフィスとして統合。ワンフロアに集約することでコミュニケーションが活性化されやすく、社内の一体感を醸成できる。またワンフロアに集約したことで床面積が広くなり、執務スペースの他、カフェスペースやイベントスペースなどの共用スペースを充実させるのが最近のトレンド。

●分散・効率化型

会議室や座席に使用実績を調査してオフィスレイアウトをABW型オフィス等に変更して効率化する「リスタッキング」を実施し、結果的にオフィス床面積を縮小するケースの他、外部貸しのシェアオフィスやコワーキングスペースなどを利用したり、テレワークを推進しオフィス機能を分散させ、最終的に本社オフィスを縮小する企業も少なくない。

テレワーク導入でオフィス機能を分散

これまでオフィス機能を統合・拡大する企業が多かったが、通信環境やITシステムが高度に発展したことでテレワークが容易に行える環境が整った。また外部貸しの共用オフィスの設備も充実してきたことで、本社オフィス機能を分散・縮小する企業も出てきている。従前「オフィスの縮小」は事業活動の停滞によって賃料コストの削減を余儀なくされる「守りの姿勢」のように考えられていたが、ワークスタイルの主軸をテレワークとすることで人材獲得において優位に立つ企業が存在する。

株式会社MUGENUPのケース

人工芝にちゃぶ台を置いた「憩いの場」として機能するコミュニティスペース

約240名を数える従業員のうち、平常時でも約4割弱がフルタイムで在宅勤務しているのが株式会社MUGENUPだ。イラストや3DCGなどのクリエイティブ制作事業を主業としている同社がテレワークを本格化させる動機にもなったのも、やはり人材確保が大きなきっかけだった。創業当時、著名なイラストレーターは大手ゲームスタジオが集まる大都市圏で活動しており、特に東京在住のイラストレーターに制作依頼が殺到している状態。一方、地方都市で活躍するイラストレーターはなかなか大手ゲームスタジオと接点がない。そこに着目したMUGENUPは地方在住のイラストレーターを雇用するためテレワークを推奨する働き方を実践してきた。

MUGENUP 広報部 秋山 公希氏は「テレワークのデメリットのひとつにコミュニケーション不足が挙げられるが、当社従業員の平均年齢は30歳弱。彼らデジタルネイティブはFace to Faceだけではなくチャットによるコミュニケーションにも慣れているので問題ない。また弊社におけるイラスト制作業務は完全分業制であり、各業務の進捗状況を在宅勤務でも把握できる」と説明する。

同社では①人事管理用出退勤、②制作管理や納期スケジュールといった業務フロー、③コミュニケーション円滑化のために複数のITシステムを導入し、リモートワークを円滑に行うための体制づくりを進めており、中には本社オフィスに出社したことがないスタッフも少なくないという。

クリエイティブな仕事に携われるチャンスを提供する仕組みやシステムを作り、それを通じてより良い社会をつくるのがMUGENUPの理念だ。秋山氏は「テレワークの活用によって、地方に雇用の機会を創出することが可能になる」と説明する通り、リモートワークを主軸においた同社の分散・縮小型のワークプレイス戦略は地方創生をも視野に入れているのだ。

他方、東京・飯田橋にある本社オフィス+サテライトオフィスにはイラスト制作のプロジェクトを取りまとめるアートディレクターとバックオフィスのスタッフ約150名が出勤している。執務スペースの他、オフィス中央のコミュニティスペースには人工芝を敷き、社内イベントを開催したり、ちゃぶ台を置いたりなど、従業員の「憩いの場」として機能している。クリエイターの働きやすさを考慮して、本社オフィスにも工夫がこらされている。

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リニューアルでオフィス面積を効率化

株式会社プレシャスパートナーズのケース

リニューアル後のプレシャスパートナーズのオフィス。フリーアドレスとし座席の効率化を実現

コミュニケーションを取りやすいボックス型の座席

2020年4月時点で従業員数105名。新宿区「2018年度ワーク・ライフ・バランス推進企業表彰制度」においてアイデア賞を受賞するなど、独自の働き方改革が高く評価されているのが、採用コンサルティング事業を手掛ける株式会社プレシャスパートナーズだ。

西新宿にある本社オフィスは2019年にリニューアルを実施。執務空間の一角にカフェテリアを新設し、全席フリーアドレス、ファミレスタイプのボックス席やスタンディング席を増設するなど、使い勝手の良いオフィスとした。カフェテリアを開設したことでイベントやランチ会などを積極的に実施することで、社内コミュニケーションの活性化とモチベーション向上が狙いだ。

ワークプレイス戦略について、プレシャスパートナーズ 経営戦略室 室長 北野 由佳理氏は「社内制度や業務体制を見直すことで従業員満足度を高めることを重視している」という。その象徴的な取り組みが、若手スタッフも参画する「業務改善プロジェクト」だ。

2015年4月に従業員数が約1.5倍に増加したことで、社内制度の刷新を検討。2017年に部門横断型の業務改善チームを組成した。北野氏によると「あえて当社に不満や不安を抱えている若手スタッフを参画させ、社内改革を推進した」という。当初は不平不満を口にするだけだった若手スタッフは社内の諸問題に対して改善策を提言するようになり、従業員自らが業務改善を日常的に考えるきっかけとなった。自社に対する帰属意識が高まるなど、意識改革が進んだ結果、業績拡大と業務時間の削減を両立させるなど、従業員満足度の向上を実現した。

北野氏は「ハード面の投資だけでなく、社内制度や業務改善によるソフト面での働き方改革に今後も注力していきたい」と述べる。自社に業務活動を最大限支援するためのオフィスづくり「リスタッキング」の好事例といえるだろう。

ワークプレイス戦略の二極化が進む

働き方改革の一環から、テレワークや外部共用オフィスを活用することで都心に集約していたオフィス機能を分散化する機運が高まりつつあったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今後この流れにますます拍車がかかっていきそうだ。

一方で、都心のビジネスエリアにはヒト・モノ・カネ・情報、そして企業が集積しており、これらのリソースが組み合わさってイノベーション創発を支援するエコシステムが構築されている。記事「五反田が渋谷に代わるITベンチャーの聖地へ」でも言及しているように、従業員数が100人を超えてくると働きやすさのみならず、人材採用や企業ブランドの向上、労働環境における従業員満足度の向上といった新たな成長課題に直面する。より機能的かつ刺激のある都心ビジネスエリアに魅力的なオフィスを構えることでこれらの課題を一気に解消することが可能となる。

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