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CRE戦略「ジャパンウェイ」の現在地

不動産戦略(CRE戦略)において欧米企業に後れを取る日本企業。CRE推進を阻む3つの要因は解消されたのだろうか。

2018年9月5日

2015年の調査から現在を振り返る

2015年7月、JLLは「日本企業のCRE推進に関する調査2015年ならびに日本企業CREインデックス2015年」(以下、前回調査)を発表した。日本企業におけるCRE戦略の在り方を深く掘り下げた同調査ではグローバル企業に比べて日本企業のCRE戦略が短期的「コスト削減」に偏重していること、そしてCRE推進の逆風となる三大阻害要因-「まとまりのない分散したCRE機能」、「経営トップによる持続的かつ一貫した支援とコミットメントの欠如」、「より幅広い事業との連携の欠如」-を導き出した。しかし、日本企業が事業部制やカンパニー制等の分散型を基本的な組織構造とする故のこの阻害要因は単なるグローバル後追いの推進を行っても一気には解消しない。より日本企業に見合った「ジャパンウェイ」による変革が必要であると説いた。調査の指揮を執ったJLLコーポレート営業本部長 佐藤俊朗は、CRE戦略における「ジャパンウェイ」調査実施3年後の現在地について次のように総括する。

企業環境の変化がCRE推進の追い風に- CREの現状

日本企業のCRE戦略に大きな影響を及ぼしたのが企業を取り巻く2つの環境の変化といえる。1つ目はコーポレートガバナンスの重要性が広く浸透し始めたことだ。2014年に経済産業省より「持続的成長への競争力とインセンティブ―企業と投資家に望ましい関係構築」(伊藤レポート)と題する報告書が発表された。「ROE(Return On Equity:自己資本利益率)」向上を前提とし、ショートターミズム(短期志向)からの脱却と、株主と企業両者が向き合う長期的な「企業価値」創造の重要性を説いた。日本企業の経営戦略を見直す契機となり、分散型であるからこそのガバナンス(統治)の必要性を経営トップが意識し、CRE推進にとっては事業との連携含めより権限を得る環境となった。

2つ目は「働き方改革」の背景に存在する労働環境の変化だ。少子高齢化に伴う人手不足と時短の波に直面する日本企業には、オフィス環境改革含め、解決策として生産性を高めていくための施策がCRE推進にも求められるようになった。前回調査では、経営層からCRE部門への要求は「コスト削減」が最も高く、割合は実に82%に及んだ。一方、「柔軟な働き方(モバイル、フリーアドレスなど)を実現する」といった働きやすさを重視する要求への割合は31%にとどまっていた。これはグローバル企業の62%と比較すると圧倒的に低い水準だ。しかし、現在はコストが掛かっても生産性の向上や働きやすさを提供するCRE推進が結果的にROEや長期的な利益の向上につながり、経営戦略に連動すると考える日本企業が急激に増加したように思われる。これは大きな変化といえるだろう。だが、CRE専門人材も圧倒的に不足し、変革のための原資確保や効果に対する不安からの躊躇があり、実施段階に移行できている日本企業はまだまだ多くはないようにも見受けられる。企業環境の変化はCRE推進に強い追い風となっているが、コスト削減に勝る変革の戦略を明確に描けていないのが現在地なのではないであろうか。

「コスト削減」のみではROEは向上しない- CREの現状

日本企業の経営者の多くは対外的にはROE向上等の企業価値重視を打ちだしているが、オフィス等の不動産については社内的には依然として短期的コスト削減重視の意向が強い。ROEは「株主資本とも呼ばれる自己資本と純利益との対比」を示す指標であり、ROEが高いほど株主が投資する資本を効率よく活用し、より高い配当をもたらす企業であると判断され、株が上がり、企業価値が上がる。ROEを導く計算式は【当期純利益÷自己資本】となり、自己資本率の高い企業ほど総資産を効果的に圧縮すれば、分母となる自己資本も圧縮され、ROEは改善に向かう。しかし現状では利益を生まない遊休や余剰の不動産を多く抱えたままの日本企業がまだまだ少なくない。

ただし、製造業などではROEを資産圧縮だけで改善するのは至難の技であり、実はP/L上の純利益の方がインパクトは大きい。よって企業はコスト削減=純利益増加を重視する。一方、前回調査から現在にかけてオフィス賃料は上昇サイクルにあり、それに反応して賃料単価軽減策が重視される。ほとんどが「単価×面積」からなる不動産コストを、賃料上昇基調の中で賃料単価のみに目を向けて、膨大な数の契約単価の見直しを個々に行ってもROE大幅改善には埒が明かないのである。

そこにはオフィスなどの不動産を単にコストではなく事業インフラと捉え、そこで働く人の働きやすさや生産性の高さがコスト削減以上の事業利益を直接もたらすことを明確に意識し、強いガバナンスに支持されたCRE戦略が必要である。全体オフィスコストを見直し、余剰スペースを圧縮することで削減できたコストを「働き方改革」に必要なワークプレイスの構築や外部オフィスを借りるための原資とするべきではないだろうか。

日本企業は総資産に占める不動産の割合が高く、賃料単価が世界で最も高い都市群のオフィスに入居している。分散組織であり、かつ働き方改革と企業価値の向上が待ったなしである日本企業にとって、この現在地から一歩踏み出すためのこれからの「ジャパンウェイ」の推進には何が必要なのだろうか。

働き方改革では、労働時間の短縮が先に議論され、人の働く環境を変えて生産性を高めるという視点に乏しい。しかし、外資系グローバル企業は従業員の幸福度を重視し、オフィス環境における身体的・精神的・社会的に良好な状態でいられる「Well-being」の概念を取り入れている。日本のCREや人事の担当者による研究もかなり進んできているが、実行に移すには経営トップによるぶれないコミットメントと具体的支援が必要不可欠となる。

ROIC重視でCRE推進する日本企業- CREの現状

日本企業の中にもCRE戦略の具体的な成功事例も出てきている。一般には到達への道筋が難解なROEやROA(Return On Assets:総資本利益率)の向上ではなく、ROIC(Return on Invested Capital:投下資本利益率)をわかりやすく使って全社世界共通のツールとして定め、経営資本の再構築を行っている日本企業が登場している。滞留資産を処分し、より高い利益を生む資産に再分配する。国内外問わず統一された基準となっているので、全社的に邁進できる体制が整っている。ひとえに企業統治が進み、経営陣による断固として決意があって実現できたのだろう。

経営層がCRE戦略の重要性を深く理解すればROICに改善の余地があることに気づくはずだ。そしてワークプレイスをいかに「稼ぐ場」に変革していくかが問われる。1つの解決策としてJLLでは「Future of Work」のコンセプトを提唱している。CRE推進に向けた5つの基本方針(ヒューマン・エクスペリエンス、財務パフォーマンス、デジタルドライブ、継続的なイノベーション、業務の卓越性)を示しており、中でも重要なのは「人の体験」を大切に考える「ヒューマン・エクスペリエンス」だ。エンゲージメント(会社との結びつきや愛着)、エンパワーメント(働くスペースやツールに選択の自由)、フルフィルメント(満たされた幸せな気持ち)の3要素を満たすように就業環境を充実させることで社員は「Well-being」を体感し、生産性を自発的に高めていくことができる。これは「人が働く限られた時間」という最も貴重な経営資本のROICを向上させる有効な戦略なのである。

JLLが継続してきたCREに関する調査は「Global Future of Work」へと一新し、近々発表予定である。日本企業の未来地点への戦略の大きなヒントとなるはずだ。グローバル企業と日本企業の認識の差を含めて、世界的なCRE戦略の潮流がどのように変化しているのか、最新動向をお届けしたい。

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