アセットライトの戦略性:財務的考察など多面的に検証する
保有資産を減らし、財務を軽くすることで、環境変化に対応しやすくする経営手法「アセットライト」の注目度が日本企業の間でも高まりつつあります。本稿ではアセットライト経営を実現するために不可欠な不動産の検討ポイントをはじめ、セールアンドリースバックや新リース会計基準に対する考え方などを解説します。
「アセットライト」という言葉を聞く機会が増えてきています。日本に導入されて日が浅い概念ですが、本稿では不動産を中心として包括的に分析、説明していきます。ただし、アットライトは経営戦略・財務戦略の一つであり、各社の状況に応じた判断のもと検討されるべきものであることはいうまでもありません。
アセットライトとは?
まず、ウェブサイトから「アセットライトとは何か?」を見てみましょう。 日本経済新聞社が運営するウェブサイト「nikkei4946.com」では「アセットライト」を次のように説明しています。
「資産(Asset)の保有を抑えて、財務を軽く(Light)することを目指す経営のこと」
また、グローバル展開する教育ポータルサイト「ManagementStudyGuide.com」 では次のように定義しています。
「An asset-light business model, as the name suggests, is a business model where the company focuses on reducing the amount of capital that is invested in assets.(アセットライト・ビジネスモデルとは、その名の通り、企業が資産に投下する資本を減らすことに重点を置くビジネスモデルである。)」
つまり、「保有資産を減らすこと」が「アセットライト」ということです。日本では別名「持たざる経営」ともいわれ、一般的に企業が保有資産を減らし、財務負担を軽減する経営手法を指します。
多くの企業では不動産や車両、機械設備などの様々な資産を保有・使用・運用して収益を上げていますが、その一方で資産を維持するためのコストや、減価償却費といった費用が生じています。これらを削減するため、資産の保有を取りやめ、賃借などに切り替えるのが、「アセットライト経営」になります。これによって企業はより柔軟な財務運営が可能になり、リスク分散などのメリットを享受することができます。
この「アセットライト経営」において最も関連性が深い資産は「不動産」とされており、具体的に飲食業やホテル営業系では不動産を所有せずに賃借することは日常的に行われています。
アセットライト経営のメリット
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アセットライト戦略により企業は財務体質強化や経営効率化を図ることができ、経済環境変動や地政学的リスクなどを背景にしたビジネス環境の変化が今後さらに厳しくなることを憂慮している多くの企業にとって注目に値する経営戦略となっています。アセットライト経営の主なメリットは次のような項目が挙げられます。
財務体質の改善
不動産におけるアセットライトの最も大きな目的の一つは、企業の財務体質を改善することにある。不動産を所有することで生じる負担を軽減し、財務の柔軟性を高めることができます。負債を圧縮し自己資本比率を向上させることでバランスシートを改善したり、土地や建物を売却した資金をより収益性の高い事業や成長分野への投資へ再配分するなどのメリットがあります。
コスト削減
不動産の保有に伴う維持費や管理費用の削減もアセットライト経営の大きなメリットだといえるでしょう。所有不動産の減価償却費が減少することで利益率向上につながります(ただし、賃借物件に切り替えた場合は、賃料負担が発生します)。さらに不動産管理業務を外部委託したり関連部門を縮小したりすることで人件費の最適化も図ることができます。
オフィス戦略の柔軟性向上
アセットライトの導入は企業のオフィス戦略にも好影響をもたらします。不動産所有による制約がなくなることで、市場動向や事業ニーズの変化に素早く対応し、拠点の移転や拡大・縮小を柔軟に行えますし、オフィスを自社ビルから賃借へ転換することでオフィススペースの柔軟な調整が可能になり、ビジネス環境の変化が早い時代の中で競争力の強化が期待できます。
市場環境の変化に対するリスク分散
アセットライトは不動産市場の変動リスクを効果的に軽減します。不動産の所有をやめることで、不動産の市場価格が急激に下がった場合でも資産価値の大幅な下落と財務への影響が抑えられるうえ、地域経済の変動や災害が起きた際のリスクも回避できます。
資産保有を重視する日本企業の典型例
前述した通り、日本企業の中でも不動産を保有しないアセットライトを経営方針とする企業は存在しますが、日本企業を代表する製造業など多くの業種ではそうではありません。典型的な日本企業の姿をみてみましょう。
典型的な日本企業では、オフィス、工場、倉庫などの土地建物(不動産)を多く所有しています。一方、欧米では概念を異とし「不動産は所有ではなく、賃借を優先する」という考え方が主流になっています。例として、自動車製造業界の不動産保有状況(総資産に占める固定不動産のパーセンテージ)の日本/欧米比較を以下に示します。
企業の不動産保有割合[日本企業/欧米企業比較](総資産のうち固定資産である不動産が占めるパーセンテージ 出所:JLL日本 (有価証券報告書などを基にJLLが集計、正確性を保証するものではない)
アセットライト経営に際し戦略的に検討すべき事項
アセットライト経営を進める上で様々な注意すべき事項が存在し、下記のプロセスを検討するべきでしょう。
1. 所有と利用(事業上の機動性)
企業を取り巻く環境は時々刻々変化します。
企業の業務内容(製造する商品の変化など)、産業内でのエリアの位置づけ(国内工場から海外工場への移転など)、都市内での状況の変化(新しいインターチェンジにより倉庫立地が変化など)等により、それまで最適立地であった不動産のポジションが変わってくる可能性があります。
この場合、土地建物を所有していると機動的な対応が難しいことなになります。移転先が見つかっても旧事業所を売却する必要が生じますが、期待する価格で、タイミングで売却できるかどうか不安があります。
賃借しているのであれば、賃貸借契約の残存期間や返還条件などある程度の制限はありますが、所有に比べ自由度、機動性は大きいことになります。
2. B/Sの分析(財務上の機動性)
次に財務の観点で、所有不動産を見てみましょう。
まず、所有不動産に含み益がある場合を考えます。含み益はバブル期には「Hidden Asset」とも呼ばれていて、「表面化していない資産」ということになります。
これは「イザ」というときに現金化して役立てようという意識・考えがベースにあるものと考えられます。一方で、個人の家計において、預金していれば受取利息が発生するにもかかわらず多くの方がしてしまっているタンス預金のように、含み益部分は「資産」としての有効な働きをしていないという考え方もできます。
もし売却して「含み益を表面化」させれば、新規業などに投資して、新たな収益を生む原資となります。
逆に含み損がある場合には、もし売却すると単年度決算に損失を生じさせることになりますが、持ち続けることで含み損が増大するリスクだけでなく、将来無償譲渡すらままならなくなる(つまり完全な不良資産となる)ことなどを考慮しなくてはいけません。
不動産を所有していることにプラス面はあるが、マイナス面もある
アセットライトを多面的に考証して分かったのは「不動産を所有していることにプラス面はあるが、マイナス面もある」ということ
投資機会
ここまで「アセットライト」をキーワードとして、多面的に考証してきました。そこで分かったことは「不動産を所有していることにプラス面はあるが、マイナス面もある」ということです。
価値を大きく見るか、リスクを大きく見るかは企業により異なります。例えば、以下のような点について社内で議論を進めることをお勧めします。
- 保有資産と有利子負債の分析
- 会社の将来像と将来リスクの想定
- 判断基準の設定
そのうえで、アセットライトを進めるのであれば、戦略を立案して実行していく…というプロセスになります。
アセットライトの事例
不動産におけるアセットライトの主な事例は下記が挙げられます。
不動産所有から賃借への切り替え
保有する不動産を売却し、別の不動産を賃借することがアセットライトの代表的事例といえます。オフィスを自社ビルから賃借ビルへ切り替える他、物流施設やホテル、店舗なども対象になります。さらに近年では賃貸型のR&D不動産なども登場しています。また、売却した保有不動産をそのまま賃借する「セールアンドリースバック」を採用する企業も少なくありません。
「バブル期の建物」をいかに扱うべきか?
最後に「バブル期に建築した建物をどうすればよいか」の一検証を示します。
バブル期には多くのオフィスビルが建築されました。これらのビルは築30年を超えてきています。また、その後建築された工場や倉庫なども築年を重ねてきています。
これらの建物では、今後多額の大規模改修費用が見込まれ、エネルギー効率が悪いことなどから、事業収益への圧迫が心配されます。また、賃貸物件であれば、これに加え収益減少リスクも考えなくてはいけません。
解体、再建築をすればこのような問題点を解消することができますが、仮移転先を見つけることは容易ではなく、さらに解体費や建築費が高騰しているため事業採算上進めることが難しいという判断がされることが増えています。
やがて、経済的耐用年数を経過すると解体せざるを得ず、その後の土地利用など問題点は先送りされます。
参考までに、経済的耐用年数は、税法の耐用年数と異なり具体的な年数が規定されていませんが、税法の耐用年数と同程度と考えられることが多いようです。税法の耐用年数(減価償却期間)は、RC/SRC造のオフィスビルでは50年、鉄骨造などの工場、倉庫では約30年(構造などで異なる)とされています。
一定の収益性が認められる建物である場合、残存経済的耐用年数が長い現時点であれば購入希望者はいると想定されますが、年を経るにつれて購入希望者は減少し、売却が難しくなります。
一方で、現時点で売却転出するのであれば、移転先の捜索、移転の手間、コストなど乗り越えるべき問題点は多岐に亘ります。
転出せずに売却するという「セールアンドリースバック」という手法を利用すれば、問題解決になる可能性があります。
セールアンドリースバックを利用したアセットライト経営
セールアンドリースバックとは、資産を売却すると同時に賃借する取引形態です。
保有コストの代わりにそれよりも高額となる賃借料を支払うため、「損」な取引であるという意見もありますが、上記のように含み益・含み損を表面化することにより生じる効果を評価するなら、異なる判断がされることにもなります。
現行の日本会計基準では、リースバック期間の長短により決算に与える影響が異なるため、そういった面での考証も十分行うことをお勧めします。
新リース会計基準への対応
「セールアンドリースバックあるいは売却して他物件を賃借してもアセットライトにならないのではないか?」という疑問が生じます
2024年9月に企業会計基準員会から公表された日本会計基準の「リースに関する会計基準」が適用になり、使用権資産/リース負債が計上されるようになると「セールアンドリースバックあるいは売却して他物件を賃借してもアセットライトにならないのではないか?」という疑問が生じます。
確かに新基準では、将来総リース料の現在価値が簿価計上されるので、総資産額はそれほど減少しない場合も想定されます。
しかしながら実態を見ていくと、外部の有利子負債を返済する一方、リース料から求められる計算上の負債を計上することとなるので、アセットライトの本来の目的は達成されるということになります。
※新リース会計基準は規定が多岐詳細にわたるため、わかりにくい部分があります。JLLでは、この問題点と解決法について下記にて説明していますので、あわせてご覧ください。
アセットライトのご相談・サポートはJLLへお問合せください
不動産の保有にこだわらず、柔軟な経営戦略を実践するためのアセットライトに対する需要はこれまで以上に高まっていくことが予想されます。
しかし、企業にとってアセットライトは事業戦略の根幹にかかわる大きな決断となるため、いかに意思決定していくか、非常に難しい判断になります。そして、すべての不動産を賃借に切り替えるだけが最適解になるわけではなく、例えば研究開発拠点などの重要拠点は保有にこだわったほうがいい場合もあり得ます。不動産ポートフォリオ全体を俯瞰し、自社に適したアセットライト経営を行っていくことが肝要になります。
JLLは世界80カ国で事業展開し、海外拠点と連携して国内外の不動産戦略を支援してきました。アセットライト経営を検討されている方は、多種多様な不動産セクター全般に精通し、豊富なコンサルティング実績を有するJLLへご相談ください。また、アセットライト経営についてご興味のある方は下記の関連情報をご覧ください。
連絡先 榊 敏正
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