【グローバルトレンド】ライフサイエンス企業のCRE戦略に変化の波
ライフサイエンス業界の意思決定者を対象としたJLLのグローバル調査では、研究施設の設計・構築・管理方法を変える必要性が浮き彫りになった。欧米ではイノベーションの創発と人材獲得がライフサイエンス企業にとっての命題になっており、セールアンドリースバックをはじめとするCRE戦略が注目を浴びている。
研究施設の近代化に取り組むグローバル・ライフサイエンス企業
イノベーションの創発、優秀な人材の採用、そしてコスト効率…これらの課題を解決するために、ライフサイエンス企業のリーダーたちは既存の研究施設を一新しようとしている。
JLL グローバル発表した最新の調査レポート「The Future of Work Survey 2024」(英語版)で、ライフサイエンス企業のリーダーのほぼ半数がCRE(企業不動産)戦略の最優先事項は「イノベーション」と回答しており、これは全業界の世界平均である 37% を上回っている。そして、研究施設や職場環境がコスト削減と優秀な人材の採用に役立つと期待していることがわかった。
ライフサイエンス業界を調査しているJLL EMEA(欧州・中東・アフリカ大陸)のライフサイエンス・リサーチで責任者を務めるジョージ・ビートンは「イノベーションは新薬創出の源泉であり、こうした科学的なブレークスルーを達成するには適切な人材が不可欠」と指摘しており、ライフサイエンス関連企業はこれらの競争力を強化・維持するために研究施設の近代化に取り組んでいる。
テクノロジーと人とのつながりにおける絶妙なバランス感覚
ライフサイエンスの研究者のほとんどが対面でのコラボレーションや同僚との良好な関係性を重視している
アナログな運営モデルが定着していた従前の研究施設が業務効率を高めるために導入しているのが自動化ツールと AI を統合した最新テクノロジーだ。
JLLの調査では、ライフサイエンス領域の専門家の85%が「AIは不動産の大きな課題を解決する能力を備えている」との認識を示している。
「テクノロジーは研究施設の設計方法を変え、施設内における業務のやり方を根底から覆すのではないだろうか。研究施設で行われる日常業務の自動化が目前に迫り、研究者は書類作成などから開放され、より複雑な研究に取り組むことができるようになるだろう。今後、研究者の役割が広がる可能性がある」(ビートン)
とはいえ、テクノロジーのみが主役にあらず。人間同士のつながりもイノベーション創発にとって重要な要素となる。ライフサイエンス業界を対象にしたある調査では、ライフサイエンスの研究者のほとんどが対面でのコラボレーションや同僚との良好な関係性を重視しているという。
ビートンは「ライフサイエンス企業は、研究者がつながり、アイデアを出し合ってイノベーションを促進できる刺激的かつ協働しやすい施設を作るために、他の業界を参考にする必要がある」との見解を示す。
周辺環境も人材を惹きつける大きな要因に
施設の品質だけでなく、施設周囲の環境も優秀な人材を惹きつけ、雇用を維持する上で重要な役割を果たす。
ビートンは「人材獲得競争が激化しているマーケットで優位性を発揮するためには、研究施設の立地性や設備面で“驚き”を提供することが不可欠」と力を込める。職場環境に満足することで従業員エンゲージメントが著しく向上すれば、生産性が劇的に向上する可能性が高い。これはオフィスと同様のことがいえるだろう。
例えば、研究施設の近くに欲しいアメニティとして飲食店の充実度や交通機関の利便性を真っ先に挙げるが、実のところ庭園などの緑化やフィットネス施設といったウェルビーイングに資する機能も重視している。
JLLアジア太平洋地域 インダストリアル・リサーチディレクターを務めるコリン・ブリッジによると、アジア太平洋地域では主要なサイエンスパーク・イノベーションパークがアメニティの充実を図るべく、新たなベンチマークを設定しようと努めているという。
「こうした施設群はホテルやフィットネス施設、住宅、カンファレンス、そして多種多様な飲食店を有し、多様なアメニティを提供している。仕事のみならず、生活や娯楽の場としての魅力を高めている」(ブリッジ)
代表例は「香港サイエンスパーク」が挙げられる。敷地内にはレストランやクラブハウス、アクティビティルーム、バーベキューエリアなどの施設が完備される他、スマートリビングテクノロジーを備えた居住施設まで有している。
大学を起点にライフサイエンスクラスターが誕生
ライフサイエンス分野に精通する大学を起点としており、物理的な近さとトップクラスの人材へアクセスしやすいことから、世界的に「ライフサイエンスクラスター」が誕生している
多くのサイエンスパーク・イノベーションパークは当該分野に精通する大学を起点としており、その物理的な近さと業界トップクラスの人材へアクセスしやすいことから、世界的に「ライフサイエンスクラスター」が誕生している。
「これらの大学はライフサイエンス領域の研究で高く評価されており、高度に専門化された教育カリキュラムを提供している。多くの学生が卒業後、パーク内で就職するのが現状だ」(ブリッジ)
いわば一本釣りのような採用手法によって高度人材を安定的に確保できることが、サイエンスパークにライフサイエンス企業が集積する最大の要因ともいえるだろう。そして、優秀な人材を惹きつけるため、一部のグローバル製薬会社は従前の拠点戦略の定番だった郊外から、利便性の高い都心中心部に位置する研究開発向け最新オフィスを賃借するケースも出てきているという。
不動産ポートフォリオ最適化を実現するセールアンドリースバック
イノベーション創発、優秀な人材確保、コスト管理など、ライフサイエンス企業はこれらの課題をどのように解消するべきだろうか。1つの戦略として「不動産ポートフォリオの最適化」が挙げられる。
不動産ポートフォリオを最適化するための1つ手法が「セールアンドリースバック」だ。所有者が不動産を売却した後、当該不動産を賃借する取引形態である。欧州では賃貸借契約が長期に及ぶため、不動産の使用権を維持しながら所有コストを削減するためにセールアンドリースバックを採用する大手企業が増えている。
ビートンは「売却資金をイノベーションと成長分野に再投資することが可能になる。ライフサイエンス企業は変化の波が激しいニーズに迅速に対応することができる」と指摘する。
そして、セールアンドリースバックのみならず、保有施設の管理業務をはじめとするCRE戦略に関するアウトソーシングの需要も勢いを増しているという。
ビートンによると「ライフサイエンス領域でアウトソーシングを推進する主な要因はコスト効率だが、最終的な目標はイノベーションを加速すること」であり、企業は人材の育成や事業拡大、そしてイノベーション創発を追求していくことが可能になる。
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グローバルではライフサイエンス企業がイノベーション創発や人材獲得を強化するため、CRE戦略のアウトソーシング化が進んでいるといいますが、日本でも不動産の保有にこだわらない「アセットライト経営」が耳目を集めるなど、その機運が高まっているように感じられます。
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※本稿は、JLLグローバルが発表したコラム「What the future of work looks like for life sciences」を基に作成しました。