グローバルサプライチェーンを成功に導くCRE戦略の重要性
激化するグローバル競争をはじめ、経済環境の変化や地政学的リスクなど、グローバルサプライチェーンに影響を及ぼす様々な課題が山積するなか、企業にとって最適解を導き出すためには何が必要か? 持続可能なグローバルサプライチェーンの未来を切り開くCRE戦略の重要性を解説する。
本稿は、2024年9月11日に開催された「第16回 国際物流総合展・ロジスティクス未来フォーラム2024」にて、JLL日本 サプライチェーン&ロジスティクス コンサルティング事業部 事業部長 エグゼクティブディレクター 森元 庵平が講演したセミナー「グローバルロジスティクスにおける不動産戦略~海外最前線の動向から読み解く最適な製造・物流拠点の確保」の内容を再構成しました。
JLLが支援した日系企業の海外サポート事例: |
コロナ禍をきっかけにグローバルサプライチェーンを取り巻く環境は大きく変化し始めており、日系企業が海外での事業活動を成功させるために避けては通れない5つの大きな課題が顕在化しています。本稿では「持続可能なグローバルサプライチェーン」の構築に向けた5つの課題と、それらに対する5つの解決策としてCRE(企業不動産)戦略の重要性について詳しく解説します。
目次
グローバルサプライチェーン構築に向けて直面している5つの課題
世界で競争優位に事業展開していくための「グローバルサプライチェーン」をいかに最適化するかが日系企業にとっての喫緊の課題となっている
商品・製品が消費者に届くまでの原材料の調達から製造、在庫管理、配送、販売に至る一連の過程を指す「サプライチェーン」。自社だけでなく多くの取引先と連携し、このサプライチェーンを最適化することで、オペレーション体制の効率化とコストの削減に繋げ、収益向上に大きく貢献することができる。
経済のグローバル化が進展し、日系企業の海外進出はもはや当たり前の時代になった。それに伴い、世界で競争優位に事業展開していくための「グローバルサプライチェーン」をいかに最適化するかが日系企業にとっての喫緊の課題となっている。
そして、コロナ禍を受けてグローバルサプライチェーンを取り巻く環境が大きく変化しつつある中、森元は「グローバルでの競争を勝ち抜くためには、不確実な未来に対する対応力の強化が不可欠」とし、次の5つの課題を挙げる。
1. 労働力・体制確保
働き方関連法に基づく配送ドライバーの長時間労働是正をはじめとする法改正、賃金上昇、等に伴い労働力の確保が困難な日本が好例といえるが、グローバルで見ても主要マーケットの労働力確保の課題が顕著になっており、工場や物流施設などの拠点づくりにおいて最優先のテーマとなっている。海外進出時において土地代が値ごろであっても、辺鄙な場所であればスキルをもつ人材を採用することができない。半面、都市部では人材が確保できても、土地代や賃金が高く候補物件が限られている為、そもそも拠点を確保することが難しいと言った事態に直面している。
2. 需要変動リスク
事業活動の期間が短く事業ノウハウが限られている海外進出先ではそもそも需要がどの程度見込めるのか手探りになる。また、景気後退や競合他社との競争激化を始め、法改正や政治、戦争といった地域的な事情などの様々な要因から自社製品・商品に対する需要動向の見極めが困難となり、場合によっては急遽マーケットの見直しを余儀なくされ、「撤退・縮小」といった事態に直面してしまう。
3. 経済環境
欧米を中心に急激なインフレを抑制するべく利上げが行われた。金利動向は物流施設や工場などの拠点を確保するための借入に影響し、インフレ時には賃金が上昇するため、製造・物流原価に影響がでてくる。また、経済の停滞時には、物流・製造活動にブレーキがかかるため、拠点体制の維持管理コストが割高となってしまう。こうした経済環境の変化の見据えたサプライチェーンの構築が重要となるが、不確実な将来に向けた対策の見極めは簡単ではない。
4. 社会的責任論
利益追求型の経営ではなく、社会や環境などにも配慮した経営を提唱する「社会的責任論」が2000年代初頭に登場。その思想はESG投資に引き継がれた。カーボンニュートラル化への対応力が企業のブランドに直結するため、グローバル企業の経営戦略上ますます重要になってきている。さらには、法改正によりカーボンニュートラル化に向けた企業の活動を“見える化”するだけでなく、具体的な行動まで踏み込んだ取り組みが求められるようになってきている。
5. サプライチェーンの寸断
コロナ禍における行動制限、ロシアによるウクライナ侵攻をはじめとする戦争・紛争、さらに多発する異常気象による自然災害など、突発的な事態に対してサプライチェーンの脆さが露呈した。各企業はリショアリング/ネアショアリングの取り組みの一環として需要地の近くへ生産機能の移転を進めているが、部品調達が多国間にまたがっている実態を踏まえるとサプライチェーンの寸断リスクを小さくすることはできるものの、サプライチェーンの寸断に対して強いレジリエントなオペレーションを構築していくのは非常にチャレンジングな課題となってきている。
5つの課題を解決に導くCRE(企業不動産)戦略の追求と有効性
5つの課題への対応を考えていくと解決策はサプライチェーンにおける拠点づくりに帰結する。立地・建屋をどのように考えるか、CRE(企業不動産)戦略を追求していくことが鍵と言える
上述した通り、グローバルサプライチェーンを巡る外部環境が激変するに伴い、乗り越えなければいけない5つの課題が浮き彫りになった。
では、将来に向けて「持続可能なグローバルサプライチェーン」を構築するため、どのような点に注意を払うべきだろう?
森元は「5つの課題への対応を考えていくと解決策はサプライチェーンにおける拠点づくりに帰結する。立地・建屋をどのように考えるか、CRE(企業不動産)戦略を追求していくことが鍵と言える」と提言する。
JLLではCRE戦略を軸とした5つのアプローチが現行直面している課題への解決策になると考えている。
1. 労働力・体制確保への対応
労働力・体制確保にあたり、CRE戦略上の「立地選定」がとても重要となる。一定規模の人口密度、通勤しやすい交通インフラの存在、近郊の教育機関の有無、また自社事業と関連のある産業集積の状況等、立地によって一定のスキルを有した人材を豊富に確保できるかの見極めが可能となる。労働力を安定的に確保するために、どの都市のどのエリアに拠点を構えるべきか、地域特性やビジネスエコシステムなどを鑑みて検討することが非常に重要になる。
2. 需要リスクへの対応
海外では、法改正をはじめ、経済環境や競合他社の動向などによって需要の見極めが難しくなることから、製造・物流拠点の縮小・拡大に対して柔軟に対応できる体制づくりの追求が理想と言える。慎重を期して拠点開設の準備を進めていく必要がある一方で、検討に時間がかかりすぎることで機会損失が生じてしまう事態は避けなければならない。近年は世界の多くの国において第三者により製造・物流の不動産開発がファイナンス面で支えられ、賃借可能な工場・物流施設の整備が進み、自社保有にこだわらない不動産の選択肢が増えてきている。10年前と比較しても、企業にとっての不動産の選択肢が多様化されてきており、ニーズに合った選択が可能になってきている。
3. 経済環境への対応
経済成長が著しい進出地では、将来に不動産価値が高まりやすく賃料を支払い続けるよりも自己保有のほうがキャピタルゲインを得られるという考え方がある。一方、本業に必要な資金を優先的に確保するために不動産を自己保有するのではなく、賃借を選ぶという考え方もある。そのため、不動産を自社保有するか、賃借するかを使い分けることで経済環境の変化に強い不動産ポートフォリオのバランス化を検討するべきだろう。特に、グローバル展開する日系企業にとっては地域マーケットの特性を踏まえた不動産ポートフォリオの組立が収益に大きく貢献できると言える。
4. 社会的責任論への対応
世界的にグリーン規制・法令の導入がますます拡大しつつある中、拠点づくりにおいて環境性能の高い不動産を選択することで、企業の社会的責任を果たすとともに、環境に配慮していることを対外的に示すことでブランディング向上に繋げることができる。自社で策定したグリーン指針を踏まえて、それに適合したグリーンビルを確保し、グリーンパートナーとの取引を進めていくことで、将来的にグリーンなビジネスエコシステムへと進化していくと考えられる。
5. サプライチェーンの寸断への対応
サプライチェーンの寸断への対応策で最も有効な取り組みは“地産地消”の考え方であり、需要地に生産機能を近づけることが有効な打ち手と考えられる。しかしながら、グローバルで展開している企業は、世界中の様々なサプライヤーより原材料調達を行っていることもあり、“地産地消”を実践するのはたやすくない。したがって、複数購買、複数物流ルート・倉庫の確保、そして、所定量の原材料・製品の在庫確保と具体的な対応策は必須となる。従来よりBCP(事業継続計画)対策と言ったキーワードが企業経営の中でも問われてきていたが、戦争・天災・パンデミック・資源不足等がサプライチェーンの寸断に強く影響することが社会的にも認知されるようになってきたことを踏まえ、より具体的な対策が求められている。特に、CREの観点から戦略的な備蓄用の倉庫の確保や需給ネットワーク(物流ルート)を踏まえた拠点配置の最適化の取り組みがとても重要になっている。
持続可能なサプライチェーンの要素
現行のグローバルサプライチェーンで直面している課題に対して解決策を追求していくと、具体的な取り組みとしては、どこにどのような施設(建屋)をどこに配置(立地)するかの話に帰結することになる。オペレーションの構築を進めていく中で、最終結論となるのは、建屋・立地の在り方を取り決めていくことであり、そう言った意味ではCRE(企業不動産)戦略の組立てが、企業経営の中で、益々重要な意味を持つ取り組みと言える。
労働力が確保できる | どこに配置? | 立地 |
需要変動に強い | どんな施設規模? | 建屋 |
収益性が確立できる | どこに配置? | 立地 |
環境に優しい | どんな施設? | 建屋 |
Disruptionに強い | どこに配置? | 立地 |
CRE戦略の視点からの最適な拠点づくりを目指して
グローバルサプライチェーンを構築するために検討すべき5つの課題に対して、企業には各地域に柔軟に適応していくオペレーションの構築が必要となっている。その際に基軸となるのは「どこに(立地)、どのような拠点(建屋)をつくるか?」の視点であり、具体的には、地域特性・課題を踏まえた拠点配置の最適化をはじめ、サプライチェーンの寸断リスクに強い不動産ポートフォリオを確立するなど、CRE戦略の視点によるアプローチが非常に有効となる。近年はますます不動産の選択肢が多様化されてきていることもあり、自社にとっての選択肢が増えてきていると言える。
労働力の確保、物流効率、そして各国・自治体が用意する税制優遇(インセンティブ)などを総合的に考慮し、最適な立地選定を行うことがグローバルサプライチェーン戦略を成功に導く鍵になる。
「第16回 国際物流総合展・ロジスティクス未来フォーラム2024」で登壇した際のプレゼン資料に関するフォームはこちら
JLLはグローバルで企業の海外進出を支援
海外進出を成功に導くための立地選定に関するマーケット調査をはじめ、税制優遇制度の活用など、JLL日本は現地拠点と協働し、日系企業の海外進出を包括的に支援しています。海外進出(撤退)を検討されている、もしくはご興味のある方は下記のサービスページをご覧ください。