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「静かな退職」を抑制するために企業は何をすべきか?

米国で社会問題となった、若い就労者が労働への意欲を低下させる「静かな退職」と呼ばれる現象は、日本でも広がりが懸念されている。企業や仕事へのエンゲージメントが低下した「静かな退職者」を抑制するべく、原因と対策を探り、オフィス戦略の再整備を進めたい。

2022年 09月 21日
「静かな退職(Quiet Quitting)」とは?

「静かな退職(Quiet Quitting)」とは、個人が企業に所属している状態ではあるものの、契約上必要な最低限の業務しかこなさず、出世や職務の拡大を意識せず、あたかも既に退職したかのような状態を指す。近年アメリカを中心に広がり社会問題ともなっている新しい働き方の概念である。

静かな退職に該当する従業員は「仕事は仕事」と割り切ってプライベートとは明確に分け、仕事での自己実現ややりがいを求めることなく、必要以上に一生懸命働かない労働スタイルを選択する。残業や割り当てられた以外の業務も断ることが多いだろう。

米国では「静かな退職者」が就労者の50%に

この「静かな退職(Quiet Quitting)」というワードは、米国の人気TikTokerがバズらせたとされ、新たな労働観として特に米国の若い就労者の間で広がっている。新たな労働観として米国の若い就労者の間で広がっている。

出世による社会的地位や高収入の獲得―。こうした目的をもって意欲的に働くことを「是」とした従前の労働観とは異なり、「静かな退職」は生活するために必要最低限の労働のみに従事すること を意味する。従業員として企業に籍を置きながらあくせく働くことを回避し、仕事以外を重視する姿勢を潜在的(静か)な「退職者」と表現したものだ。

「社内ニート」や「働かないおじさん」など、日本にも「静かな退職」を想起させるフレーズは少なくないが、当の発信源である米国では労働者の大退職時代(グレート・レジグネーション)が到来しており、会社に「しがみつかない/執着しない」点で一線を画している。

米国のギャラップが労働者約15,000人を対象にした調査結果によると「静かな退職」に該当する回答者は約50% にのぼり、いまや社会的課題となりつつある。そして、静かな退職者が非難の的になることも珍しくなくなった。

就労者が割り当てられた業務をこなしているなかで、燃え尽き症候群を回避したり、精神的な健康維持を優先するなどの理由から、若い就労者が企業に期待を持てず自己防衛を図る姿を現しているようだ。仕事での成功を究極の目的として馬車馬のごとく働き詰めになることを美学としていた、いわゆる米国の「ハッスル・カルチャー」からの一大転換点といえるだろう。

「静かな退職」が蔓延する理由

海外で「静かな退職」が増えているのには、次のようないくつかの理由が考えられる。

コロナ禍によるオフィス環境の変化

「静かな退職」が蔓延したのは、コロナ禍によって就労者の価値観が一変したことが挙げられる。感染防止を目的として在宅勤務を余儀なくされた若い就労者には、手探り状態でリモートワークを続けるなか「本当に自分は会社の役に立っているのか」、「この仕事に意味はあるのか」といった疑問が芽生えた。コロナ以前なら上司や同僚に悩みを相談することは容易だったが、オフィスから切り離された状態が続いた結果、企業や仕事へのエンゲージメントが低下し、仕事に対する情熱を失わせることになった。

従業員の 3 分の 1 はコロナ禍を受けて変化した働き方に失望している

JLLの調査レポート「 Workforce Preferences Barometer」(英語版)によると、従業員の 3 分の 1 はコロナ禍を受けて変化した働き方に失望していることがわかった。JLL アジア太平洋地域 プロジェクト・開発マネジメント事業部の責任者であるマーティン・ ヒンジは「『静かな退職』と呼ばれる事象は、従来の仕事のやり方を覆し、オフィスに対する従業員の期待を一変させた。コロナ禍で生じた様々な問題を解決するよう企業に圧力をかけている」と指摘する。

働き方に対する価値観の変化

近年、Z世代を中心としたワークライフバランスを重視する人生観の広がりなどにより、安定した職にしがみつくよりも、自分のライフスタイルに合った働き方を選ぶ傾向が強まっている。仕事中心の生活から距離を置き、プライベートを充実させたいという新しい価値観は静かな退職の方向性とマッチしているといえるだろう。

働き方の多様化

コロナ禍以降、リモートワークが普及し働き方が多様化してきた。自宅での仕事を機に個人の生活を見直し、プライベートを重視する人が増えたことも静かな退職の増加につながっている。

従業員のエンゲージメント低下

長引く不況で成長が停滞している企業も少なくない。このような状況下で正当に評価されないという感覚や努力しても給料が上がらないという不満は従業員のエンゲージメントを低下させ、必要最低限の業務のみをこなす姿勢へと傾く可能性がある。

過度な頑張りの反動や燃え尽き感

日本でもまだサービス残業や職務範囲を超える業務が評価される傾向が見られる企業は少なくないが、その反動で燃え尽きて心身を病んでしまったり、家庭や私生活が犠牲になることへの警戒感も高まっている。仕事へのエネルギーを注ぐことに疑問を感じる人が増え、頑張ることへの報酬が見合わないと感じることで静かな退職へと向かうケースもある。

労働環境や人間関係に対する不満

連日の残業や不当な過小評価・人間関係のトラブルといった職場環境の悪さは、従業員が人生の中で仕事の優先順位を下げる原因となる。このような状況では、自身の心身を守るため「評価に見合った仕事のみをする」、「給料に見合った仕事しかしない」という労働スタイルを取り、バランスを取ろうとする姿勢が静かな退職へと結びつく

静かな退職による企業への影響

「静かな退職」を選ぶ従業員は、明確な不満を訴えることはなく与えられた業務はこなすという特徴があるため、一見問題ないのではないか…と思うかもしれない。しかし、静かな退職を放置しているとやがて企業にもさまざまな影響が出始めるおそれがある。具体的には以下のような点だ。

生産性の低下

静かな退職を選択した従業員の生産性は一般的に低下をたどる。これは組織全体の生産性の低下につながり、会議やブレーンストーミングへの参加意欲が減少しオフィス文化の醸成が停滞する。結果として職場は活気を失い、新しい挑戦への意欲も薄れ企業の業績向上が困難になる可能性がある。

職場環境・人間関係の悪化

静かな退職を選ぶ従業員が増えると、他の従業員に業務負担のしわ寄せがいく。特に予期せぬトラブルが発生した際の時間的・精神的な負担は大きく、連続すればチームの士気は低下する。これにより職場環境は悪化し、従業員間のストレスも高まる可能性がある。

人材の流出

静かな退職を選んだ従業員が、不満を表面に出さないまま本当に退職したり他社へ転職したりするだけではなく、周囲の熱意を持った人材やパフォーマンスの高い人材が、業務負担や向上心の感じられない社内の雰囲気などを嫌って企業を去ってしまう可能性もある。

静かな退職状態のサインとは

静かな退職状態の従業員は声高に不満を訴えることが少ないため、発見が遅くなるかもしれない。一般的には、以下のような兆候が見られたら静かな退職のサインだと考えられる。

  1. 求められている以上の仕事をしない
  2. 会議中の発言がほとんどない
  3. 企業へのロイヤルティや従業員エンゲージメントの低下
  4.  業務に対する意欲が感じられない
  5. 最低限の会話のみをする
  6. 周囲の従業員の業務量が目に見えて増加

複数の部署でこのような状況が見られる場合、早急に以下のような対策を取る必要がある。

  • どのような原因で起こっているのかを把握する
  • 労働環境の改善
  • 評価制度の見直し
静かな退職を抑制するために企業ができること

静かな退職が発生する原因は多岐に渡り、しばしば複合的であるため、企業はあらゆる角度から抑制を図っていく必要がある。以下にその例を紹介する。

従業員エンゲージメントの調査

静かな退職の兆候が見られた際は、従業員エンゲージメントを調査する。個別面談やインタビューを通じて業務満足度やキャリアプラン、現状の不満などを深く掘り下げ、エンゲージメントが低い原因を調査し、改善策を早急に実施する。

人事評価制度の見直し

人事評価制度を見直し、業務目標やコンピテンシーに基づく評価を導入する。公正な評価により従業員のモチベーションを高め、人事評価システムなどを活用して人事制度の改善を図る。

成果に見合った報酬テーブルの提供

従業員が努力と成果を正当に評価されていると感じられるよう、成果に見合った報酬テーブルを設計。人事制度を再構築し、目標や実績に応じた報酬が適切に結びついているか確認する。

キャリアパスの多様化

従業員が望むキャリアパスを実現できるよう、キャリアプランに多様性を持たせる。定期的な面談やインタビューを実施し、従業員の希望や計画を把握する。

公平な人事評価制度の設計

公平な人事評価制度を設計し、従業員が適正に評価されていると感じさせる。成果だけでなくプロセスや業務態度、意欲も評価の対象にし、給与に反映させることで従業員満足度を高める。

働き方改革につながる支援制度の導入

フレックスタイム制度や短時間勤務制度、在宅勤務制度など、働き方改革を促進する支援制度を導入。休暇制度の充実やワークライフバランスの実現をサポートする。

社内コミュニケーションの活性化

社内イベント、1on1ミーティング、ABW型オフィスの導入などにより社内コミュニケーションを活性化。コミュニケーションによる情報共有や意見交換を促進し、職場の居心地を向上させる。

キャリアパス制度の導入

昇進や昇格の条件を明確にし、キャリアパス制度を導入。従業員が自分のキャリアを自ら構築できる仕組みを提供し、スキルアップや能力開発への取り組みを促進する。

メンター制度の導入

メンター制度を導入して、従業員の主体性と成長を促進する。この制度では、指導するメンターと指導を受けるメンティーが1対1の関係で対話し、教育や指導を行う。メンターとメンティーの双方にとって成長の機会を提供し、従業員の離職率低下にも寄与する。

業務効率化ツールの導入

業務効率化ツールの導入を検討する。表計算ソフトのマクロやVBA、RPAツールなどを活用して業務を効率化し、従業員の負担を減らす。効率化によって時間的な余裕が生まれ、従業員のストレス軽減や生産性の向上につながる。

従業員の声に耳を傾ける

様々な従業員のニーズに対応するためにはどのようなオフィス機能を組み合わせるか適切に選択することが重要

前述のJLLの調査レポート Workforce Preferences Barometer」(英語版の中で「すべての企業を取り巻く環境は法制度や市場環境によって著しく異なるため、オフィス環境の正解は1つではない。従業員がオフィスで何をしたいのか、オフィスに何を期待しているのかを理解するには、綿密な調査が必要不可欠」との認識を示す。屋内緑化を施したり、壁の色を塗り替えることだけにとどまらず、従業員の声に耳を傾け、オフィスに何を取り入れるべきか、何を改善するべきかを知ることがオフィス再設計の正解を導き出す唯一の方法だ。

「企業は、従業員が入社時から退社時までに得られる職務経験を豊かにするものに焦点を当てるべきだ。彼らの嗜好を理解して、オフィスに再び戻ってくるようにする必要がある」(ヒンジ)

たとえば、JLL の調査によると 従業員がオフィスに不満を持つ理由の 1 つとして音環境 が挙げられる。特にオープンエリアやフリーアドレス型オフィスでは、プライバシーの欠如と周囲の会話などの「騒音」が従業員をオフィスから遠ざける要因となっている。

これはオフィスの役割が変化しているためでもある。JLLグローバル 社長兼CEO クリスチャン・ウルブリックは、Yahoo!Finance のインタビューに対して「コロナ以前には多くの個人的スペースが存在していたが、現在はそれらの多くがコラボレーションスペースに姿を変えた。これは、アフターコロナにおけるオフィスの主な優先事項がコラボレーションとなったためだ」と述べている。

したがって、屋外スペース、クリエイティブスペース、ネットワーキングスペース、集中スペースなど、様々な従業員のニーズに対応するためにはどのようなオフィス機能を組み合わせるか適切に選択することが重要 になる。

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職場でのウェルネス

JLL の調査によると、オフィスデザイン以外にも、福利厚生に関する施策は従業員がより多くのサポートを望む重要な分野であることがわかった。ヒンジは「オフィスデザインが『静かな退職』に対応するための唯一の方法ではないことを示している。解決策として、健康診断の無料提供や、オフィス内にセラピールームやバイオフィリックデザインを組み込むことが考えられる」とする。

「静かな退職」が勢いを増す中、オフィスでの経験が従業員の行動にどのように影響するかに焦点を当てるべきだろう。オフィス体験を向上させ、従業員をオフィスに戻し、「静かな退職」を抑制するためにオフィスデザインはこれまで以上に重要になりそうだ。

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静かな退職を抑制するオフィスづくり

静かな退職の抑制にはさまざまなアプローチがあるが、オフィス環境の整備やオフィスデザインの改善は、静かな退職予備軍のみならず、すべての従業員に良い影響が期待できる。

多くの企業は「静かな退職」を抑制するために、オフィス回帰を検討している。ただし、単純にオフィスへの出社を求めるだけでは意味がない。従業員の健康・ウェルビーイングに寄与する内装やレイアウト、働き方に対する選択肢の拡充など、オフィス勤務だからこそ得られる意義を従業員に提供することが必要不可欠だ。

そうしたなか、企業はオフィスで体験できるコミュニケーション、最先端テクノロジー、魅力的なデザインなどを通じてエクスペリエンス(良質なオフィス体験)を向上させるための取り組みを積極的に強化している。JLL がアジア太平洋地域の240人超の人事部門責任者を対象にした調査レポート「HR Perspectives」(英語版)によると、企業の最大 56% が調査時点から 1年以内にオフィスの改装・再設計を計画している。

ワークライフバランスや、さらに一歩進んだ概念であるワークライフマネジメントが機能するオフィスデザインにより、従業員のエンゲージメント向上やコミュニケーション活性化を図りたい。

【JLL】職場環境を改善して静かな退職を未然に防ぐ

職場環境の改善は企業と従業員ともに多くのメリットをもたらします。放置していれば静かな退職に至るかもしれない従業員がより前向きに仕事に取り組み、多様性のあるキャリアパスを描いて活躍するための土壌となるでしょう。

課題の把握、ワークプレイス立案やコンセプト設計、プロジェクトの進行と管理など、静かな退職の抑制を念頭に置いた職場環境改善のステップは数多くあります。

JLLではオフィスに関する様々なソリューションを提供しており、職場環境改善のすべての段階を総合的に支援しています。ぜひJLLのエキスパートにご相談下さい。

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