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日本企業が「真のグローバル化」を実現するために必要な海外CRE戦略-ANA編

CRE(企業不動産)戦略において、欧米企業に比べて日本企業の取り組みが相対的に遅れていたのが海外事業所のマネジメントだったが、経済のグローバル化が著しく進展する中で日本企業の中にもグローバルCREマネジメントに注力するケースが見られるようになってきた。その代表例といえるのがANAだ。

2020年 10月 19日

日本企業のCRE戦略に「グローバル化」の兆し

欧米企業は20年以上前から実践

経済のグローバル化が進展し、日本企業の海外進出が当たり前の世の中になったが、その実情は「真のグローバル化」とは程遠い。特に海外に所有・賃貸するオフィス等の不動産に関する管理体制には多くの課題が残されている

これまで日本企業が海外進出する際、現地法に基づいて独立性の強い現地法人を設立するのが一般的だった。現地の裁量で小回りの利く事業活動を行える等、メリットもあるが、半面、本社のガバナンスが行き届かないというデメリットがある。

例えばCRE戦略において現地法人が管轄し、その決定事項に本社が口を挟めない。このため、「オフィス賃料が周辺相場に比べて割高であるにもかかわらず見直しがされない」、「契約満了の直前になって契約交渉を開始しオーナーからの提案を丸飲みせざるを得ない」、「現地オフィスの新規開発を現地に一任したら、非効率な執務環境が出来上がっていた」など、実に様々な問題が生じることになる。

一方、日本企業よりも早くグローバル展開を始めた欧米企業は、20年以上前から海外拠点の不動産に対して「グローバルCREマネジメント」と呼ばれる管理手法を実践。本社が国内外に存在する所有・賃貸不動産を一元管理するCRE戦略であり、前述した問題は起こりにくい。現地法人を設立し海外拠点の管理を一任してきた日本企業とはCREマネジメントにおいて大きく考え方が異なるのだ。

海外事業所を拡充するANAならではのCRE戦略

海外のCREマネジメントにおいて、様々な問題を抱える日本企業だが、その改革に着手したのが、航空会社大手の全日本空輸株式会社(以下ANA)だ。2019年から日本本社 施設部で海外拠点を一元管理する「グローバルCREマネジメント」に本格的に取り組み始めたのである。

元々、ANAも海外事業所のスタッフが拠点ごとに不動産の賃貸借契約の更新等を行っていた。しかし、1999年に世界最大の航空連合「スターアライアンス」に加盟し、いまや日本発着の国際線就航都市数で国内首位に立つなど、国際線ネットワークを積極的に拡大していく中で、事業活動のインフラとなる現地オフィス等も急増する。いまや海外事業所は50を数え、これらの不動産を一括管理する必要性を痛感したという。

ANA 施設部 開発チーム 窪谷 桂子氏は「現地スタッフは日々他の業務を行う中で、必ずしも不動産に対して十分な専門的知識を持ち合わせているとは限らず、契約満了直前になってオフィスの賃貸借契約の更新等に対応する場合もあり、十分な検証がなされていないことが多かった。また、各オフィスは拠点ごとに面積やレイアウト、家具等がすべて異なり、コスト面の課題やお客様へ提供するサービス品質にも差が生じかねないといった課題もあった」と振り返る。

海外不動産を一元管理するポートフォリオマネジメント

ANAが実践する「グローバルCREマネジメント」は大きく2つの業務に分かれる。海外に開設したオフィス等の不動産を管理するポートフォリオマネジメント業務と、もう1つは海外事業所の新規開発を行うプロジェクトマネジメント業務だ。

ANAでは「プロパティマネジメント業務」と呼んでいる前者は、海外拠点に関する賃貸借契約等の各種情報をデータベース化し、一元管理することが主な役割となる。海外拠点を管理するための第一歩は「現状把握」だが、特に海外拠点の賃貸借契約書は言語・商習慣が大きく異なり、システム上で一元管理すること自体が難しい。

しかし、JLLが提供する不動産ポートフォリオマネジメントシステムでは、異なる言語で作成された賃貸借契約書を英語に統一表記し、床面積や年間コスト等の各種情報を常時閲覧することができる。

ポートフォリオマネジメント業務をサポートするJLL日本 インテグレーテッドポートフォリオマネジメント事業部 事業部長 高橋 貴裕は「現地の商習慣や市場環境は常に変化する中で、契約満了時期から逆算し、契約交渉の準備や交渉時期を導き出し、個別交渉をサポートしている」と説明する。

システム上で賃貸借契約期間と契約更新日(満了日)が表示され、JLLが有する世界各地の不動産市況データと紐づけることで各不動産の契約更新時期がテナント優位なのか、オーナー優位なのかが一目で判断できる。

窪谷氏によると「今までは海外事業所に確認してもらわなければ賃貸借契約の情報を入手できなかったが、データベースから一目でわかるようになったので、他部署からの問い合わせにも即対応することができるようなった。また、各事業所の契約満期日もわかるようになり、契約交渉を弊社の有利なタイミングで行えるようになった」という。

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海外事業所の新規開発を推進するプロジェクトマネジメント

プロジェクトマネジメント業務における本社一元管理の肝となるのがファシリティスタンダードだ。2016年に「ANAファシリティスタンダード」と呼ばれる施設設置基準を策定し、海外拠点の新規開設工事を実施している。

施設部では、事業所や空港施設内のオペレーションに関して日本国内と同水準のサービス品質を提供しながらも新規開設工事のコスト・工期圧縮を実現する「QCD(Quality・Cost・Delivery)」を何よりも重視している。

ファシリティスタンダードはオフィス等の施設の設置方針、オフィスのデザインやスタッフに数に応じた広さ、家具などの施設のルールを定めたもので、事業所の施設環境を一定程度の品質に保つことができる。そして、施設開設時のルールが定められているので“ゼロ”からオフィスプランや内装デザイン等を練り上げる必要がなく、余剰スペースが生じる可能性も少ない。オフィスの品質を確保したうえで、コスト抑制・工期短縮を実現する。

特に、新規就航先の空港にオフィスを開設する場合、就航開始までの期間が約6カ月と短く、社内検査を経た国交省検査の関係から就航2カ月前には施設を完成させる必要がある。実質工期は4カ月ほどの間に現地調査と工事を行わなければならず、仮に整備用の機材庫等が完成していないと就航することすらできないため、工期を厳守しなくてはならない。窪谷氏によると「短い工期など、様々な制約がある中での対応策としてファシリティスタンダードは非常に役立っている」という。

日本では考えられない課題に臨機応変に対応

一般的なオフィス新規開設に比べて圧倒的に短い工期。加えて、日本のゼネコン等が未進出の場合は馴染みのない現地の施工会社と協働する必要がある。現地で円滑にコミュニケーションが取れ、現地の商習慣・法律を熟知していないと臨機応変に対応できない。

プロジェクトマネージャーとして海外事業所の新規開発を支援するJLL日本 プロジェクト・開発マネジメント事業部 シニアディレクター 溝上 裕二は「国や空港公団担当者の事情で工事上、計画上の課題は大きく異なる。最適解をいかに早く見つけ出すかがJLLに課せられているが、日本国内では考えられないような問題が毎回のように発生する」と苦笑する。

確認事項や想定されるリスク等はこれまでの経験を踏まえて綿密なチェックリストに落とし込んで新規開発を進めていくが、順調にいくほうが稀だ。例えば、空港内の工事許可を申請する場合、その判断は担当者の裁量に委ねられることも多く、取得すべき工事許可申請が変わったり、同じ国でありながら都市によって工事フローが異なったり等、過去のノウハウが生かされないことも多いという。

このようなイレギュラーな問題はファシリティスタンダードに規定されておらず、都度対応していく必要があるため、迅速かつ最適な判断が求められる。溝上は「ANAの皆さんは通常なら起こりえない、予測できない問題に対して即時対応される能力が非常に高く、判断に迷ってプロジェクトが遅延することがない」と称賛するように、人材力とマネジメントスキームが組み合わさり、ANAの海外CRE戦略を推進する原動力となっているようだ。

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グローバルCREマネジメントのモデルケース

働き方改革に端を発し、国内外すべての事業所で顧客や従業員に快適かつ生産性の高い環境を整備することが施設部に課せられた大きな役割だ。窪谷氏は「今後はpost コロナを視野に、新たな働き方に合わせてファシリティスタンダードを更新していく。お客様や弊社スタッフに、より安全・快適に過ごせ、働きやすい環境を提供していきたい」と今後を見据える。

グローバルCREマネジメントを標準的に採用している日本企業は非常に少ないが、ANAはそのトップランナーといえるだろう。高橋は「日本国内の大手企業だけでなく、海外進出を目指す若いスタートアップ企業にも、ANAの取り組みは世界で戦っていく上でモデルケースとなるのではないか」と期待を込める。

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