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フォーチュン500企業の90%超が導入するメンタリングとは?

「静かな退職」等、若手社員の仕事に対するモチベーション低下が危惧される昨今、注目されている人材育成手法が「メンタリング(メンター)制度」だ。先進的なグローバル企業「フォーチュン500企業」の90%超が導入し、日本企業でも注目されるようになってきたメンタリングについて解説する。

2024年 01月 31日

グローバル企業が重視するメンタリングとは?

グローバル企業がアフターコロナ以降に注力しているのが「メンタリング」だという。

メンタリングとは、指導する側と指導を受ける側が基本的に1対1での対話によって人材育成を行う制度であり、1900年初頭に米国で開発されたとされる。

メンタリングの関係性を端的に表現するとすれば「プラトンにおけるソクラテス」、「オプラ・ウィンフリーにおけるマヤ・アンジェロウ」、「ルーク・スカイウォーカーにおけるヨーダ」といったところだろうか。

指導する側を「メンター」、指導を受ける側を「メンティー(新入社員や若手社員が主)」と呼ぶ。メンター自身が仕事やキャリアの手本となり、メンティーと繰り返し対話を重ねることで“気づき”を与え、メンティーの自発的な成長を促す他、人間関係や心理的不安の解消といった精神的なサポートをすることを主な目的としている。

日本では「メンター制度」とも呼ばれ、その認知度も高まっているが、グローバル企業ではもはや当たり前の制度となっている。米国のメンタリング支援企業であるMentorcliQの調査によると、JLLも選出されている「フォーチュン500企業」の92%がメンタリングリング制度を導入し、2022年の84%から増加しているという。ちなみに、JLLも然りである。

最近では、自社のみならず他企業同士でメンター・メンティーを組み合わせた企業横断型の「クロスメンタリング」を実施するケースも見られるようになり、日本では出光興産と東京海上日動火災保険が導入している。

また、グローバル企業では目的別に複数の特化型メンタリング・プログラムを整備しているケースもある。例えばキャリア形成に特化したキャリア・メンタリング、リーダーシップ育成に主眼を置いたリーダーシップ・メンタリング、複数組のメンター・メンティーが参加するグループ・メンタリング等が挙げられ、冒頭で触れた「1対1の対話」とは異なる、メンタリング制度の発展型もみられるようになっている。
 

メンタリングの特徴はメンタル面のケア

メンタリングは日ごろの悩みやキャリア形成におけるサポートなど、メンタル面のケアを視野に入れた教育制度といえる

OJT制度、コーチング、ティーチングは会社への理解・慣れ、業務の習熟に主眼を置いた教育制度といえるが、メンタリングは日ごろの悩みやキャリア形成におけるサポートなど、メンタル面のケアを視野に入れた教育制度といえる。

そのため、コーチングやティーチングでは、同じ部署・チームの先輩社員が指導役を務めることが多く、一方でメンタリングでは業務以外の悩みや不安を相談しやすいように他部署等、比較的距離のある上司・先輩社員がメンターとなるのが一般的だ。

OJT制度、コーチング、ティーチングといった人材育成手法とメンタリングとの違いについて下記にまとめた。
 

OJT制度とは?

「On the Job Training」の略語であり、社内の実務を通じて実務経験が豊富な上司や先輩社員が業務スキルを計画的に教える人材育成手法。実務に精通した先達から直接ノウハウや知識を学ぶことができ、短期間で即戦力を育成することを目的としている。
 

コーチングとは?

メンタリングと同様、対話を通じて“気づき”を与え、自発的に行動できる人材を育成することを目的としている点ではメンタリングと似ている。業績向上やスキルアップ、チームビルディング等、業務における目標達成のために、コーチ(上司・先輩社員)が部下を指導するという点でメンタリングとは一線を画す。

ティーチングとは?

ティーチングは業務に関する知識やスキルを習得することを主な目的とし、その知識・スキルを有する上司・先輩社員が教師役として、新入社員・若手社員(生徒)を指導する。メンタリングやコーチングは対話という双方向の関係性だったが、ティーチングでは教師役から生徒役へ一方通行のコミュニケーションスタイルとなり、1人の教師が複数の生徒に講義形式で指導するケースもある。
 

メンタリングが注目される背景

企業がメンタリングを重要視するようになったのは、女性ワーカーを取り巻く労働環境を改善することに加え、給与の多寡だけでは従業員のモチベーションを維持することができなくなったため

企業がメンタリングを重要視するようになったのは、育児や介護等の課題に直面しやすい女性ワーカーを取り巻く労働環境を改善することに加え、給与の多寡だけでは従業員のモチベーションを維持することができなくなったためだ。米国発のニュートレンドである「静かな退職」に代表されるように、特に若手従業員が仕事に対するモチベーションの希薄化が顕著になっており、人材採用や長期雇用の維持に支障をきたす可能性があるためだ。

企業を悩ませる「静かな退職」解説記事はこちら

特に慢性的な人手不足に悩まされている日本にとっては従業員エンゲージメントの低下は深刻な問題となっている。従業員のモチベーションをいかに向上させるかが、経営層に課せられた重要課題となりつつある。

JLL欧州・中東・アフリカ地域(EMEA) ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI) 責任者 アン-リス・ラウルは「企業は従業員同士が互いに学び合い、スキルや知識を“伝授”するための方法としてメンタリングの有用性に気づき、実践的なサポートや指導を提供している」と指摘する。

メンター・メンティー・組織それぞれに効果があるメンタリング

メンティーは自己成長を実感でき、仕事に対するモチベーションを維持しながら、さらなる自己成長を目指すという人材育成における好循環が生まれる

メンタリングでは知識や技術を伝えるのみならず、メンティーが抱える悩みに対して「道しるべ」を示し、仕事に対する意義や面白さ等を伝達することで、メンティーが自ら考えて解決策を導き出すことを目的としている。そのため、メンティーは自己成長を実感でき、仕事に対するモチベーションを維持しながら、さらなる自己成長を目指すという人材育成における好循環が生まれるこれがメンタリングの大きな利点だ。

メンタリングのもう1つの利点は、大規模で複雑な組織を運営する方法を学べることにある。右も左もわからない新入社員が自社のビジネスを早期理解することに役立ち、従業員同士が常時顔を合わせないハイブリッドワーク環境下においても効果的な人材育成手法といえる。

また、直属のチーム以外の同僚にも門戸を開いており、異なるチームの相互理解を深めることにも寄与する。部署や役職の垣根を越えて社内コミュニケーションを深めることができ、情報やノウハウの共有が頻繁に行われることが期待されている。

メンタリングによるメンター、メンティー、企業が得られるメリットを下記にまとめた。
 

メンターのメリット

メンティーへの指導を通じて、自身のキャリアや仕事に対する姿勢等を振り返ることができる他、メンティーとのコミュニケーションを通じて客観的かつ俯瞰的な視点に基づいたアドバイス、専門知識を共有することで、自身の指導力や問題解決能力を鍛える機会になる。
 

メンティーのメリット

組織や業務に対する理解を深められるだけでなく、業務以外の悩みや課題の解消につながる。また、経験豊富なメンターたちとコミュニケーションを取ることで、組織に対する帰属意識やエンゲージメントを高めることができる。
 

組織のメリット

メンタリングを通じて社員同士のコミュニケーションを改善することに繋がる他、社員に対して人材育成に対する熱意を感じてもらうことで「働きがいのある会社」としてのブランディングを行いながら、帰属意識の醸成、業務満足度の向上、ひいては生産性向上が期待できる。

ラウルは「メンタリングの重要なポイントはメンターから一方的にレクチャーを受けるだけでなく、相互学習に繋がる点だ。メンティーは経験豊富な先輩たちとの関係性を気軽に築け、実務スキルのみならず、リーダーシップやコミュニケーション等の人間性をも磨くことができる。思考の多様性と新しい視点を得ることにも寄与するだろう。それと同時にメンターは他人が直面している課題についてより深く理解するように思慮深くなり、メンティーが抱える悩みを通じて、組織内の多様性を妨げている障壁や取り組むべき課題を特定することができる」と指摘する。 
 

メンタリングが企業の繁栄を生み出す

メンタリング制度を導入しているフォーチュン500企業の利益(中央値)は、非導入企業の約3倍

費用対効果を重視する営利企業にとってメンタリングは、個人の経験に基づいた低コストで質の高い学習機会を提供する上で最適の方法といえるだろう。

ラウルは「メンターの多くは長期間にわたって学習・自己開発に励んでいるため、メンタリングで得た知見をすぐに実践することができる。これによりメンタリング制度のROI(Return on Investment/投資収益率)が向上すると共に、若手社員のスキルアップも加速する」と力を込める。

MentorcliQの調査によるとメンタリング制度を導入しているフォーチュン500企業の利益(中央値)は、非導入企業の約3倍という結果になった。

これは部分的に生産性向上を実現するための利点となっている可能性がある。世界の人材・組織開発を支援する米国の非営利団体「Association Talent Development」の調査では、メンターから個別指導を受けたマネージャーの生産性は88%向上したが、トレーニングのみを受講したマネージャーの生産性は24%の向上にとどまったという。

また、メンタリング制度にはコスト削減効果も見込める。テクノロジー関連企業である「サン・マイクロシステムズ」のメンタリング制度に参加している従業員1,000人を対象としたGartner の調査によると、メンターの定着率が69%、メンティーは72%に増加したが、非参加者の定着率は49%にとどまった。そして、定着率の向上による人材採用に投じるための670万米ドルを節約できたという。

社内コミュニケーション活性化に貢献

メンターは“指導者”として評価されるだけでなく、オープンなコミュニケーションを重視する企業文化の担い手としても評価される

メンタリングが成功するための適切な基盤を構築するためには何が必要になるのだろうか。ラウルは「意欲的なメンターの存在が不可欠」と述べている。

「メンターが指導に熱心に取り組む姿勢を示すことで、より多くの社員に対してメンタリング・プログラムへ参加するように促すことができる。メンターは“指導者”として評価されるだけでなく、オープンなコミュニケーションを重視する企業文化の担い手としても評価されることになるだろう」(ラウル)

メンタリング制度が定着することで、オープンなコミュニケーションを促進するオフィス環境の設計に繋がる。例えば、自発的にコミュニケーションを育むことができるコラボレーションスペースをオフィス内に整備することで、役職等の階層的な障壁を取り除き、従業員が他の人にアドバイスを求めやすい空気感をさらに醸成しやすくなる。

ラウルは「メンタリングにはさまざまな形があるが、理想的には正式なメンター制度がなくても、社員同士が自然発生的に助け合うような企業文化を育んでいくことこそが重要。まずは、先入観を持たず、オープンマインドでメンタリング制度に参加するべき」と締めくくった。

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