オフィス環境のサステナブル化に必要な長期的視点とは?
多くの企業が「サステナビリティ」を重視する姿勢を打ち出す中、その企業の本社が策定した「サステナビリティポリシー」を実現するため、各拠点の実務担当者は頭を悩ませている。某グローバル企業のオフィス環境サステナブル化事例を通じて、企業にとって本当に必要なオフィスのサステナビリティ戦略を考えてみた。
サステナビリティ目標、数字だけが独り歩き?
サステナビリティを喫緊の課題として対策に乗り出す企業が増えている。例えば、国際イニシアチブに参画し「2040年までにCO2排出量ゼロを目指す」等といった高度なサステナビリティ目標を公約することも目立ってきたが、その目標を達成するための具体的な施策まで確立している企業は少ないようだ。数字だけが独り歩きしている感がある。
国内外の企業のサステナビリティ戦略を多数支援しているJLL日本 エナジー&サステナビリティサービス事業部の元には、コロナ禍以降、サステナビリティに関する多様な相談事が舞い込んできているが、同事業部 エンジニアリング ディレクター 松本 仁によると「グローバル本社が世界中のオフィスに対して一定水準のサステナビリティ性能を確保する方針を打ち出しているが、具体的に何をすればよいか示されておらず、各拠点の実務担当者は頭を悩ませている」と指摘する。
オフィス環境のサステナブル化事例
サステナビリティへの取り組みを本格化している先進的なグローバル企業では、オフィス環境におけるサステナビリティ関連の性能基準を策定し、全世界のオフィスに普及させようとしている。「サステナビリティ・ガイドライン」等と呼ばれ、グローバルで統一された執務環境の指針となるものだが、各国の法規制やインセンティブ、気候状況等に鑑みて各拠点が施策を練って実行しなくてはならない。なおかつグローバル本社とローカルの実務担当者の関係性が希薄であった場合は、ガイドラインの意図を十分にくみ取れず、手をこまねいているケースが少なくないようだ。
JLL日本 エナジー&サステナビリティサービス事業部が支援したオフィス環境のサステナブル化事例を見ていきたい。
某グローバル企業の日本オフィス移転計画の途中、本社が策定したサステナビリティ性能を満たす計画への変更を求められたケースだ。サステナビリティ要件は複数項目にわたり、抽象的な表現を含めて、総合的にどのような施策を講じるべきか判断が難しい。中でも、最大の課題となったのが複数フロアを連なる吹き抜け空間の省エネ施策だった。一般的なオフィスとは比較にならないほどの天井高があり、空間全体に冷暖房をきかせると大幅なエネルギーロスが発生する。一方で、室内には複数の会議室があり、空調負荷を抑えれば省エネは可能だが、快適性が損なわれる。
これに対して、JLL日本 エナジー&サステナビリティ事業部が考えた施策は、会議室内は空調を確保しつつ、空間全体は在館者の動線にあたる一部のみ冷暖房をきかせる手法を考えた。さらに、冷暖房の負荷が比較的低い春・秋の中間期は、暖かい空気は上昇するという性質を利用し、フロア下部の壁面と天井に換気用の開口部を設け、下から上へ空気を自然換気する仕組みを提案した。求められる空調快適性の質のゾーニングを明確にし、会議室など快適性が求められる空間には正しくエネルギーを使用して空調を行い、動線・一時滞在場所など快適性への期待値が相対的に低い空間には自然換気のみで最低限のエネルギーのみ使用するなど、快適性・エネルギー使用の空間ごとへの“メリハリ”を付けた。
その他、執務環境の快適性と省エネ性を両立するべく空調と照明を最適制御可能なBEMSの選定・導入・稼働設定、雨水利用システム、ペリメーターゾーンへのルーバー設置等、多数の省エネ施策の導入、屋内緑化の蒸散作用と空調とのバランス測定など、複数のサステナビリティ施策を統合的に支援することで、当該企業が策定したサステナビリティ要件に合致した執務環境を実現することに成功した。
サステナビリティをきっかけに事業・社内体制の見直しを
サステナビリティ施策が事業活動にどのような影響を及ぼすのかを分析し、自ら方向性を決めることが長期的なサステナビリティ戦略を成功させる重要な鍵となる
JLLが日本を含めたグローバル企業426社と投資家221社を対象に実施した調査によると、「サステナビリティは、自社の企業戦略にとってますます重要になっている」との質問に対して、企業の89%が「強く同意する・同意する」と回答した他、79%の企業が「二酸化炭素排出量の削減に役立つビルを入居先として優先する」と回答しており、執務環境のサステナビリティに多くの企業が注目し、注力していくことになるだろう。
そうした中、松本は「短期的なサステナビリティ目標だけに捉われるのは本末転倒」と注意を促す。例えば、オフィス環境においてグリーンビル認証の取得をサステナビリティ目標とするケースは少なくないが、土地の性質・エネルギー・材料選定・快適性など多岐にわたる項目の合計点でランクが決まるグリーンビル認証において、どの項目に重点を置くのか、その選択によっては売上の増減等、事業活動にも影響が及ぶ可能性があるためだ。事業活動の内容によっては、昨今の課題とされているCO2排出量削減への取り組みが非常に困難な企業も存在することは事実である。
サステナビリティ施策が事業活動にどのような影響を及ぼすのかを分析し、自ら方向性を決めることが長期的なサステナビリティ戦略を成功させる重要な鍵となりそうだ。松本は「ノルウェーのブルントラント女史が1972年に開催された国連人間環境会議で初めて使ったとされる“サステナビリティ”という言葉だが、それ以前からもそれから半世紀過ぎた今も人類がやらなければならないことに変わりはないと考える。クライアントも含め、誰しも自分の生業を維持継続するためにすべきことを最優先に、言葉に翻弄されずに事業・社内体制の“メリハリ”を付ける見直しを行う好機と捉えていくとよいのではないか」とアドバイスする。