記事

行動経済学とテクノロジーから考えるオフィス出社のメリット

リモートワークの普及によってオフィスの今後の行方はどうなるのか。行動経済学とテクノロジーの専門家がそれぞれの視点からオフィス出社のメリットを紐解いた。

2023年 01月 23日
オフィス回帰を望む企業に従業員が反発?

Twitterを買収した世界的な実業家であるイーロン・マスク氏が最初に行ったのはリモートワークの終了宣言だった。週40時間をオフィスで勤務することを推奨するマスク氏の“要望”に対して少なくない社員が反旗を翻したことは記憶に新しいところだが、企業がオフィス回帰を促す動きはマスク氏だけにとどまらない。米国ではGAFAMを中心に2022年9月からオフィス勤務を主体とした働き方を推奨する「リターン・トゥ・オフィス」の動きが顕在化している。

かくいう日本企業も在宅勤務制度を見直す動きが現れ始めている。象徴的な事例は自動車メーカー大手のホンダが原則オフィス出社の方針を打ち出したことだ。また、楽天グループは原則週4日出社とし、オフィス勤務の比重を高めている他、通販事業で知られるジャパネットホールディングスは2021年12月に主要機能を東京から福岡へ移転させた際に、原則オフィス出社とした。

リモートワークを望む従業員、オフィス出社を望む経営陣

リモートワークからオフィス勤務への揺り戻しは、一見働き方が元に戻っただけのように感じられるが、米国のワーカーに対して行われた大規模なアンケート調査によると、リモートワーク/ハイブリッドワークの廃止は転職を促す大きな要因になるなど、リモートワークの有用性をその身で体感してしまった従業員にとっては死活問題となりつつあるようだ。

JLLが発表したレポート「これからのオフィスのあり方」では、今後さまざまな場所で勤務できる選択肢を維持したいと考える従業員は調査対象の63%にのぼった。従前のようにオフィスに一極集中する働き方ではなく、自宅や外部貸しのサテライトオフィスの活用など、フレキシブルな働く方に対するニーズが高まっていることがわかる。

一方、従業員をマネジメントする立場の経営者や上司にとってはリモート主体の働き方はオフィス勤務に比べて従業員を管理する手間がかかる上、オフィス勤務では従業員が抱える業務上の悩みなどを把握することが難しく、フォローが後手に回るなど、様々な課題がある。

経営者・上司はオフィス勤務を推奨する一方、従業員はリモートワークを含めた柔軟な働き方を希望する対立構造が生まれている。緊急事態宣言解除後にもかかわらず従業員がオフィスに戻ってこないことに頭を悩ませる企業が存在するように、いかにオフィスに回帰させるのか、企業側は従業員に納得してもらうために四苦八苦しているようだ。

行動経済学が証明するオフィスの有用性

みんなが頑張っていると自分も頑張るというピア効果によるもので、特に新人にその傾向が表れる。優れた先輩から上手な働き方を学ぶ機会があり、オフィスに行くことは非常に重要

コロナ禍を経て、オフィスの役割を「リアルなコミュニケーションの場」と再定義する企業は少なくない。リモートワークは確かに働きやすいが、業務上の悩みが生じても気軽に上司や同僚に相談しにくく、従業員が心理的負担を抱える可能性がある。また、オフィスで同僚たちと日常的に顔を合わせることで組織に対する帰属意識が醸成されるなど、リモートワークならではの課題を解決するためにもオフィスは必要不可欠な存在と認識されるようになった。

こうした状況は行動経済学の調査結果も裏付けている。行動経済学の第一人者である大阪大学 感染症総合教育研究拠点 特任教授 大竹 文雄氏は2022年11月に開催された東洋経済新報社とJLLの共催カンファレンス「大きく変貌する大阪の未来を探る」に登壇し、オフィスに出社するメリットについて次のように述べている。

「米国の特許審査官の調査では、仕事の生産性が高くなると本人の生産性も向上することが判明した。その要因はみんなが頑張っていると自分も頑張るというピア効果によるもので、特に新人にその傾向が表れる。優れた先輩から上手な働き方を学ぶ機会があり、オフィスに行くことは非常に重要だ」(大竹氏)

大竹氏はリモートワークの課題として「リモートワークをしていると周囲からの影響を受けにくく、特に新人にとっては生産性を高めることに繋がらない」と指摘。また、オンライン会議の課題として「アイデアが出にくい」点を挙げる。オンライン会議は画面に集中してしまい、アイデアの質・量ともに減少することが調査から導き出されたという。

「ある多国籍企業のエンジニアを集めて商品開発について議論させた場合でも、対面に比べてアイデアの質・量ともに低かった」(大竹氏)

テクノロジーの進化によってオフィスの役割も変化

「関係のテクノロジー」を集約するための場所としてオフィスの存在価値が増す

コロナ禍を機にメタバースなどのテクノロジーが急速に進化しつつある。よりデジタル化された社会が到来する近未来においてオフィスの存在意義はどのように変化するのだろうか。同じく2022年11月に開催されたカンファレンスに登壇した作家・ジャーナリストの佐々木 俊尚氏は「技術革新が地続きになり『関係のテクノロジー』といったものを作ろうとしている」と指摘。AIや自動運転、メタバースといったテクノロジーの進化が働き方を大きく変える可能性があるとの見解を示した。

例えば、オンライン会議における人間関係の濃淡は「社会距離」と呼ばれるような希薄な関係性に過ぎないが、メタバースの導入によりオンライン会議における参加者同士の距離感がリアルと変わらない程度の距離感となり、よりリアルなコミュニケーションが可能になる。

一方、自動運転の進化によって人の手で運転する必要がなくなり、タクシーなども公共交通機関扱いになる社会だ。その結果、移動のための労力とコストが大幅に軽減され、自宅前で拾ったタクシーで容易にオフィスへ出社する手間が劇的に下がる。

メタバースや自動運転といった「関係のテクノロジー」によって低コストでヒトと会えるようになると、何が起こるのか。佐々木氏は「AI時代に生き残っていくのは人間関係…どうやってヒト同士が雑談・交流・議論するかが重要。そこからイノベーションや新しいビジネスが生まれてくる」とし、コミュニケーションを盛り上げていくための施策としてメタバースや自動運転が大きく寄与し、これらの「関係のテクノロジー」を集約するための場所としてオフィスの存在価値が増すと予測している。

オフィスの存在意義がどのように変化していくのか。東洋経済新報社とJLL共催カンファレンス「大きく変貌する大阪の未来を探る」での大竹氏、佐々木氏のセミナー講演の全貌は下記にて視聴できる。

お問い合わせ

何かお探しものやご興味のあるものがありましたら、お知らせ下さい。担当者より折り返しご連絡いたします。