人材採用を目的に新築テナントビルへ移転した京都電子計算のオフィス戦略
コロナ以前から続く人手不足。中でもIT業界の人材獲得競争は激化の一途をたどり、企業は人材採用の強化に向けてオフィス環境の整備に目を向け始めている。そうしたなか、グループ企業所有のビルから2021年竣工の新築テナントビルへ本社オフィスを移転したのが京都の老舗IT企業である京都電子計算株式会社だ。移転の狙いを北川 勝彦常務に聞いた。
オフィス戦略を見直し人材採用を強化
コロナ以前から顕在化していた人手不足が解消される気配はなく、人材獲得競争はさらに激化の様相を呈している。そのような中で、企業は人材採用を強化するべく、様々な施策を行っている。例えば、経営コンサルティング会社のリンクアンドモチベーションはコロナ禍を機に新たな働き方を策定し、オフィスを縮小移転することで賃料負担を軽減。浮いたコストを従業員のベースアップに転嫁するなど、人材の長期雇用に寄与するオフィス戦略にシフトした。
コロナ以降、多くの企業がテレワークを採用したことで「オフィスに全員出社が基本」という硬直化した働き方を改め、従業員のウェルビーイング(心身の健康)向上などを視野に、より柔軟で働きやすい環境への再構築を急いでいる。そして、その趨向は制度的な働き方改革のみならず、実際に働く場であるオフィス環境の質向上も視野に入る。
にもかかわらず、従来の働き方を前提に入居していたオフィスでは、環境の変化にゾーニングやレイアウトがマッチせず、ひいては人材採用でも不利な状況に陥りかねない。社会環境の変化など、時代と共にオフィスビルに求められるニーズは高度化・多様化しているのだ。
グループ企業所有のビルから新築テナントビルへ
グループ企業が所有するビルから2021年に竣工した最先端のオフィスビルへ。2022年5月に本社オフィスを移転したのがIT企業の京都電子計算株式会社だ。
京都電子計算は京都新聞グループの電子計算センターとして1964年10月に設立。平成期から業務システムやパッケージソフトウェア開発、ネットワーク構築、クラウドサービスを主業とし、地方自治体や大学などの公共性の高い顧客に特化したIT企業である。現在の従業員数は330名(2022年4月1日時点)にのぼる。
今回、本社オフィスを移転した理由の1つに「人材採用活動の安定化」を挙げている。移転プロジェクトの責任者である京都電子計算 常務取締役 北川 勝彦氏は「継続的に人材を採用していくためには、新しく働きやすいオフィスが必要不可欠。旧本社の手狭なオフィスでは人材採用活動を強化するのも限界だった」と説明する。
地上8階地下1階、ワンフロア80坪程の旧本社オフィスビルは1979年12月末に竣工。同社が所属する京都新聞グループ企業が保有しており、当時大型コンピューターによる電子計算業務を手掛けていた京都電子計算のために建築されたビルであった。
築古ビルで新しい働き方を実現できない2つの理由
7階は来客ゾーンとしてサロン、会議室などを開設
リフォームを行っただけではオフィス自体の使い勝手は変わらない。可能な限りのリノベーションを行っても床面積は増えない
グループ企業が所有するビルであれば事業への最適化など様々な利益や便宜を享受できるはずだが、なぜテナントビルへの移転を選択したのだろうか。そこには築年が経過したビルならではの一筋縄ではいかない理由があった。1つはビル全体の収容人数の問題。そして、もう1つの理由がビルの立地によるリフォームやリノベーションの限界だ。
従業員の増加でオフィス機能が分散
そもそも旧本社ビルは京都電子計算の当時の業容・事業規模に合わせて建設されたもので、従業員数が200人、300人と増加する中で、すべての従業員を収容しきれなくなったという。そのため、10年ほど前からグループ会社の別館や新聞社の空きフロアを借り受けていたが、それでも賄いきれなくなり、2018年に五条堀川に位置するテナントビルを賃借し、オフィス分散が顕著に。北川氏は「従業員同士のコミュニケーションが阻害されるし、働く環境の良し悪しが勤務先によって大きく異なるのは従業員にとっても良くないと考えていた」という。
リフォーム・リノベーションの限界
一方、旧本社ビルは竣工当初は近隣物件と比べても最先端の設備・スペックを有していたが、築20年、30年が経過するうち建具や内装の老朽化が進み、いずれは大掛かりなリフォーム、さらには全面リノベーションを行うことも検討したが、コストパフォーマンスを考えると着手に踏み切れないでいた。
また、京町家跡地に建築したことで敷地が細長く、ワンフロアを広くとることが難しい。大型コンピューターの設置スペースなど建築当時の事業内容に特化させていた間取りも、業態が変化した現在では使い勝手の悪さにつながった。
さらに建物の高さ規制が厳しい京都ならではの事情もある。もし将来、ビルを建て直すことになった場合は、景観保護のために条例で高さが厳しく制限され、今より大幅な減築となることも移転を考える要因となった。
北川氏によると「リフォームを行っただけではオフィス自体の使い勝手は変わらない。可能な限りのリノベーションを行っても床面積は増えない」との結論に至ったという。
まとまった賃借可能床が枯渇
新しい本社オフィスの移転先は京都駅から徒歩6分に位置するテナントビル「NUPビルディング京都駅前」だ。地上9階建て、基準階面積約200坪を誇り、上層階(8階、9階)にはホテルが入居し、下層階(2-7階)をオフィス、1階は来客対応も可能なエントランスでフリーWi-Fiも利用できる。京都電子計算は3-7階の計4フロアを賃借した。
新本社オフィスには営業職やSE職、総務・人事・経理などの管理部門といったデスクワークを主体とした社員が勤務する。北川氏は「既存物件だと空室状況によって、フロアが飛び地になる可能性があるが、新築であったため、希望するだけ賃借できる状況は非常に魅力的だった」と振り返る。
実は、移転プロジェクトを立ち上げた当時の京都オフィス市場は需給がひっ迫。同社が希望していた800坪ものまとまった賃借可能床は皆無だった。今回の本社移転で移転先のソーシングなどを担当したJLL日本 関西支社 オフィス リーシング アドバイザリー事業部 マネージャー 上杉 聖広は「最も苦労した点は希望条件に合致した物件が市場に存在しなかったこと。そのため、既存物件のみならず、開発予定のビルまでターゲットに移転先探しに奔走した」と説明する。
「大阪では高層ビルが次々と開発されており、移転先を探すのは難しくないが、京都は高さ制限の関係から大規模開発が難しい。コンパクトな中小規模ビルが林立するため、オフィスを集約して新しい働き方を実践するという当社の想いは実現不可能かと思われた。一時は大規模ビルの開発余地がある京都市南部への移転も検討したが、交通アクセスが課題だった。そうした中、全国からお客様がアクセスしやすい立地として京都駅前か四条界隈という当社の想いにJLLは見事に応えてくれた」(北川氏)
京都電子計算のオフィス移転を支援したJLLのケーススタディをみる
新築ビルで新たな働き方を実践
では、コロナ禍を受けて同社が考えた新しい働き方に対応する本社オフィスとはどのようなものなのか。北川氏は「最先端の働き方を実践しているIT業界の先達のオフィスを参考にした」とし、ガラス張りの開放的なオフィス空間、自由に活用できる広大なオープンスペースなどを導入した他、旧本社オフィスとの最大の違いは、固定席を廃止し、階層別にフリーアドレス席とした点だ。コロナ発生初期から導入したテレワークを継続する上で、床面積の効率化を視野に入れる。併せて「ネクタイを締めても業務効率が改善するわけではない」との経営トップの号令でオフィス勤務時はドレスコードフリーとする。これらの新しい働き方に見合った空間コンセプトをオフィスづくりに落とし込んでいった。
4階「コンセントレーション」
4階は地方自治体向けのパッケージやシステムを開発・保守管理するSEが快適かつ集中して仕事ができる環境として「コンセントレーション」をフロアコンセプトとしている。座席の横幅は1400mm、奥行き700mm、大型モニターを常設。テレワークを併用することで1人あたり2席分活用でき、大型モニターを2台連動しながらゆったりと仕事ができる環境を整えた。
5階「コミュニケーション」
5階のコンセプトは「コミュニケーション」。事務机を一切排し、本格的なカフェを備えたオープンスペースと社内用ミーティングルームを開設。屋外キャンプをイメージした打ち合わせスペースなども備えており、仕事・休憩・打ち合わせなど、様々な用途に対応する憩いの場でもある。
6階「コラボレーション」
6階のコンセプトは「コラボレーション」。大学をクライアントとするシステム開発部門と、企画・営業部門が同居するフロアとなる。静かで集中できる環境を好むSEと、白熱した議論を繰り広げる企画・営業職が同居しているため、防音性に優れた二重ガラスの間仕切りでゾーニングした他、部門間やチーム内での協力・協働を促進するためのオフィスを想定している。
7階「コーポレート」
最上階にあたる7階のコンセプトは「コーポレート」。来客用と位置づけ、カフェスペースを設置したサロン、来客用の応接室・ミーティングルームを整備した。社長室・会長室があるため、秘書機能を兼ねてコーポレート部門の執務フロアであり、多彩な機能を統合した。
人材採用では労働環境の改善にも目を向けるべき
京都電子計算 常務取締役 北川 勝彦氏
人材採用においては最先端の業務に関われる面白さや給与面などの雇用条件だけでなく、労働環境の改善にも目を向けるべき
京都電子計算は新卒・キャリア採用を通じて例年延べ20名前後の人材を採用しているが、北川氏によると「IT業界は人材の流動性が高く、年間の従業員増加数は10名前後にとどまっている」といい、安定的に従業員を増やしていくことが事業成長に向けた重要ミッションとして位置付けている。
今回の本社オフィスの移転プロジェクトを受けて、北川氏は「人材採用活動の際に『こんな環境で働きましょう』と誘っても、固定席がびっしり詰め込まれた旧本社オフィスをみると、応募者はがっかりすると思う。そういう意味では、人材採用においては最先端の業務に関われる面白さや給与面などの雇用条件だけでなく、労働環境の改善にも目を向けるべき」とする。
信用調査会社の帝国データバンクが発表した「人手不足に対する企業の動向調査(2022年4月)」によると、正社員の人手不足割合は45.9%と前年同月比で8.7ポイント増。特に情報サービス業では64.6%とIT人材の不足感が際立っていることが判明している。引く手あまたのIT人材をいかに獲得し、雇用を維持していくのか。多くのIT企業がオフィス環境へ投資する理由はこのあたりにありそうだ。
「家族や友人に『オフィスを見てほしい』と胸を張って言えるような場所にしたかった。本社オフィスの移転プロジェクトは人材採用の強化というよりも、新規採用のみならず、既存従業員の長期雇用を維持することに寄与するのではないか」(北川氏)