2024年の不動産業界が直面する5つの論点
経済的、政治的課題に直面し続けるグローバル情勢において、混乱と不確実性を乗り越えることが今や“標準”となっている。2024年に不動産業界が直面するであろう5つの論点についてグローバル視点で紐解いた。
ハイブリッドワークにおける生産性、AI(人工知能)活用における懸念、そして老朽化によって低利用化が顕著なオフィスビルをそうするべきか。投資家・テナント企業はこうした難題に直面しており、様々な検討を行う必要に迫られている。2024 年に事業用不動産業界が直面するであろう5つの論点を掘り下げてみた。
1. ハイブリッドワークは本当に機能しているのか?
新型コロナが感染拡大した2020年以降、ハイブリッドワークを“実験”する十分な機会を過ごしたが、多くの企業はハイブリッドワークに対して懐疑的になっている。
JLLが実施したグローバル調査(英語版)によると、生産性の向上は、経営層が従業員に対してオフィスで働くことを求める上位3つの理由の1つに「生産性向上」を挙げている。対面によるコミュニケーションによってコラボレーションとイノベーション創発の可能性を最大限に高めるために必要な措置であると考えている。
JLLグローバル ワークダイナミクス リサーチディレクター フローラ・プラデールは「経営層はオフィスでの業務を社会的なつながりや企業文化の醸成等の付加価値と結びつけており、オフィス回帰が従業員のパフォーマンス向上に大きく貢献すると考えている」との見解を示す。
しかし、従業員の視点から見ると相反する問題も垣間見える。同グローバル調査によると、従業員のほぼ半数は在宅勤務のほうが生産性が高いと考えているためだ。
オフィスの“騒音”とプライバシーの欠如は重大な課題となっており、オフィス回帰を思いとどまらせる要因の1つになっている
オフィスを「コミュニケーションの場」と再定義する企業が増え、カフェスペースやコラボレーションスペース等の会話が発生する共有スペースを多く開設する他、オンライン会議ツールの普及で隣席から会議の声が聞こえてくることも増えている。プラデールによると「オフィスの“騒音”とプライバシーの欠如は重大な課題となっており、オフィス回帰を思いとどまらせる要因の1つになっている」という。
テレワークを体験した従業員が増えたことで、オフィス出社を促すための理由付けが必要になり、オフィスで働くことならではのエクスペリエンス(優れた体験価値)を提供する必要がある。したがって、この問題を解決するためには、従業員の期待に応えるために努力を続ける他ない。例えば、ハイブリッドワークを円滑に機能させるためのオフィスを再構築する必要がある。オンライン会議に適したソロワークスペースを導入する等、プラデールは「利用データに基づいたヒト中心のオフィス設計が生産性向上に向けた鍵となるだろう」と予測する。
2. AIは定着するか?
世界を席巻しているAIは不動産業界にも新たな需要を生み出そうとしている。しかし、その代表格である生成AIが初登場した当時の興奮が薄れるにつれて、企業は将来の事業目標を達成するためにテクノロジーをいかに安全に活用するべきか、苦心しているようだ。
JLLのAIに関するグローバル調査(英語版)によると、投資家・デベロッパー・テナント企業のいずれもが、今後数年間の不動産…特に脱炭素化における革新的なテクノロジーの 上位3つに入ることに同意している。
JLLテクノロジーズ CTO ヤオ・モーリンは「スマートビルディングによって生み出される膨大かつ複雑なデータを簡単に処理するためにAIを使用することが標準になりつつある。あらゆる業界がAIによってどのように生産性を高めることができるかを模索している」とし、「ただし、AIが一般的に普及するようになると、企業はデータの品質、知的財産権、プライバシー、セキュリティ等、世界中で浮上しているAI規制に留意する必要がある」と警告する。
3. ネットゼロオフィスは実現するか?
先進的なデベロッパーや投資家にとって、短期的に賃料が上昇し、長期的には資産価値が担保されることを期待して、既存ビルの省エネ改修を検討するケースが増えている
企業がネットゼロカーボン(NZC)目標の達成に寄与する不動産に対する需要が高まっている。しかし、特にオフィスセクターで環境配慮型のストックが不足しているのが現状だ。
JLLの調査(英語版)では、米国ではサステナブル化したオフィスストックが2030年まで5,700万平方フィート不足すると予想されており、アジア太平洋地域では十分な供給量を満たしている都市が見当たらない。
JLL サステナビリティサービス・ESGグローバル責任者 ガイ・グレンジャーによると「需要と供給のギャップは広がるばかりだ。先進的なデベロッパーや投資家にとって、短期的に賃料が上昇し、長期的には資産価値が担保されることを期待して、既存ビルの省エネ改修を検討するケースが増えている」という。
4. 次の不動産投資戦略は?
世界の不動産投資市場は、資本を大幅に再配分するための初期段階にあるという。JLL キャピタルマーケット リサーチ グローバルヘッド ショーン・コグランは「市場によって様々な参入障壁や競争等が存在し、それらを考慮すると、新たな投資戦略を実践する上でのハードルになるだろう。投資家が機敏に行動し、リアルタイムに市場にアクセスできる方法を確立する必要性に迫られている」と指摘する。
金利動向や地政学的リスク等、先行きが不透明な状況が明らかになるにつれ、コグランは「投資家は保有資産を再評価する必要がある」と補足する。
5. 老朽化ビルはどうなるか?
老朽化したオフィスビルの多くは適切な利回りを生み出すことができておらず、これまで以上に用途変更が現実的な選択肢になっている
JLLのグローバル調査によると、世界のオフィス空室率が過去最高レベルに達する半面、住宅不足が深刻化する中、投資家やオーナーは築年が経過したオフィスビルをどうするか頭を悩ませている。世界的にみて、オフィスビルを賃貸集合住宅やライフサイエンス施設、高級ホテル、データセンター、さらには植物工場に用途変更することが魅力的な選択肢になりつつある。
JLL EMEA プロジェクト・アンド・デベロップメントサービス ヘッド ワリド・ゴディアールは「老朽化したオフィスビルの多くは適切な利回りを生み出すことができておらず、これまで以上に用途変更が現実的な選択肢になっている」と指摘する。
「用途変更は環境的かつ社会的なメリットが大きく、将来的な売却益も見込めるため、新たな投資戦略として投資家の興味も高まっている」(ゴディアール)
以上、JLLグローバルが考える5つの論点を提示した。2024年の不動産業界はどうなるか、注目していきたい。