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メイド・イン・アメリカの復活-製造業が国内回帰する米国と日本の行方

数々の要因から見えてきた米国製造業復活の兆し。米国企業ではサプライチェーンの国内回帰が進む中、コロナ禍を受けた日本でもサプライチェーンの脆弱性が浮き彫りになり、国内回帰の機運は高まりつつある。

2021年 07月 26日
サプライチェーンの国内回帰で雇用創出数が急増

さまざまな面で世界の力学が変わる中、米国製造業復活の兆しがうかがえる。

「国内回帰や対米直接投資(FDI)の動きが好調で、2010年に6,000人だった雇用創出数が2020年には160,000人に達している」

米国企業の国内回帰(Uターン)促進機関であるReshoring Initiative創業者で社長のハリー・モーザー氏はこう説明する。

製造業の国内回帰は米国にとっては明るいニュースだ。米国経済に最大の乗数効果をもたらすのが製造業であり、それに伴ってさまざまな利益が生み出されるからだ。製造業で1ドルが動けば経済全体で3ドル近くが生み出され、製造業に1人雇用されるたびに、その上流や下流で5人の雇用が生まれると見られている[1]。

メイド・イン・アメリカ復活の5つの原動力

「メイド・イン・アメリカ」復活の原動力となっているのは何か。注目したい基本的な要因としては、次の5つが挙げられる。

1.リスク緩和

企業各社がグローバルなサプライチェーン戦略の見直しを進めている。世界的な規模で複雑化すると、輸送の所要期間が長くなり、サプライチェーンのリスクが高まるからだ。 生産の中間工程を世界に分散させることで一定のメリットが見込まれるとはいえ、火災や洪水、地震など自然災害の脅威や影響もあって、昨今、見直しの動きが広まっている。

2.自給体制強化

いつ起こっても不思議ではない新たなパンデミックや災害の到来に備え、米国の連邦政府も国民も、必要な消耗品や医療機器、医薬品、マスクや手袋などの防護具を他国に依存すべきでないとの思いを強くしている。だが、医療に欠かせない医薬品の有効成分の最大50%が中国で製造されているという現実がある[2]。半導体は、コンピュータ、携帯電話、自動車、ロボットを始め、多種多様な製品の製造に不可欠だが、現在、コンピュータチップの約45%は台湾か中国で製造されている[3]。

3.軍事防衛

高性能な軍艦、軍用車両、軍用機、その他の兵器は、半導体に加え、レアアースへの依存度が高いが、こうしたレアアースの大部分は米国外で採掘・加工されている。最新鋭の全天候型ステルス戦闘機「F-35ライトニングII」には、417㎏ものレアアース素材が使用されている。バージニア級原子力潜水艦には、その10倍の4,170㎏のレアアース素材が必要だ[4]。現在、レアアース素材のおよそ90%が米国外で採掘・加工されている[5]。

4.消費者マインド

米国製品は世界中の消費者から支持されている。「メイド・イン・アメリカ」にはブランド力があり、ウォルマートなどの企業が米国製品の調達や米国内製造に改めて重きを置き始めている。同社は先ごろ、米国内で製造・生産・組み立てされた製品の調達に今後10年間で3,500億ドル(約37兆円)を投じる方針を発表した。ウォルマートの米国事業を統括するジョン・ファーナーCEOは2021年3月、「米国の製造業がとにかく重要だ」と語っている。

5.サステナビリティ

消費地に近いところで製品を調達することは、サステナビリティへの取り組みの面でも大きな意義があり、顧客への迅速な配送を実現するうえでも輸送時間の短縮につながる。トラック、自動車、飛行機、船舶などを使った輸送に伴うCO2排出量は、温室効果ガス全体の約33%を占めている[6]。また、実際の製造工程が米国外の場合、汚染はさらに深刻化する恐れがある。例えば、中国の発電は、環境負荷が極端に大きい石炭への依存度がはるかに高い。企業のサプライチェーンネットワークの見直しが進めば、サステナビリティ目標の達成に大きな追い風となる可能性もある。現在、なるべく顧客に近い施設を利用することがトレンドになっている。

人件費、輸送費の高騰が国内回帰の追い風に

80年代から90年代にかけて企業各社は「オフショア」ブームに飛びつき、中国を始めとする発展途上国で製造業が台頭する火付け役となったが、ここに来て、こうした調達体制の一部または全部の米国回帰が再評価され始めている。中国では製造業の平均賃金が2014年から2019年までに61%近く上昇するなど人件費が高騰しているため、海外からの業務委託先としての強みが薄れている[7]。

輸送は、重要な要因として注目度が高まっている。輸送コストが上昇すれば、長距離輸送になるほど、運賃という“代償”が重くのしかかることになるからだ。せっかく安価な労働力でコストを節減できても、運賃増加分で帳消しになることが増え、場合によってはかえって高くつくケースもある。輸送コストの上昇に歯止めがかからず、サステナビリティ目標の重要性は高まる一方で、製品市場投入の迅速化が競合との差別化ポイントになっている現状を踏まえると、最終消費者のなるべく近くで製品を製造・調達することに企業各社の関心が高まるはずだ。製品輸送距離が長くなれば、複雑化するだけでなく、リスクも大きくなる。

製造関連施設の需要は前年比93%増

JLL米国リサーチチームがインダストリアル不動産(製造工場、物流拠点、倉庫など)の需要について先ごろ調査したところ、製造関連施設の需要は2021年に前年比93%増と急拡大したことがわかった[8]。単体の価格ではなく、「総保有コスト」の観点から調達を検討した場合、海外調達分のかなりの部分は、収益を犠牲にせずとも国内回帰が可能と判断する企業が増えている。

基礎的な諸条件に目を向けると、米国製造業の成長に絶好の条件が揃っている。とりわけ、教育水準の高い労働力、充実した(しかも整備が継続している)物流インフラ、低廉なエネルギー料金、好調な経済、安定した政治環境、世界最大の消費地に近いことに加え、米国が自給率向上をめざすことの価値・現実味を政府や産業界が評価している点は、基礎的条件として欠かせない。

サプライチェーンネットワークの戦略に関していえば、企業が確保すべき製造・物流施設の数や場所も含め、企業各社が戦略を確実に遂行していく決意を固めなければならない。サプライチェーンを的確に運用し、持続性のある競争優位を確立するためには、グローバルに最適化されたサプライチェーンネットワークの構築が不可欠なのだ。

2011年にJLL米国が発表した記事「メイド・イン・アメリカ」では、米国製の追求は経営の観点からも理にかなっているとの見解を示した。そのころから現在までに国内回帰や対米直接投資が25倍増になっており、JLL米国の主張が改めて実証されたといえる。当時から10年を経た2021年の現在、さらにこれからの10年で米国製造業はますます力をつけると確信している。

日本で製造業の国内回帰はあるか?
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コロナ禍を機に、日本でも国内回帰の機運が高まりつつある。各社プレスリリースや報道によると、資生堂(栃木、大阪、福岡)、ライオン(香川)、ユニ・チャーム(福岡)、マツダ、日清食品(滋賀)、自動車部品メーカー(ジーテクト、市光工業)、朝日インテック(2023年―)、半導体関連ではソニーが長崎での工場完成に続き、熊本で21haの土地の購入を検討している。また、直近では経済産業省がサプライチェーン対策のための国内投資促進事業の補助金(2次公募)を採択し、151件に対して2,095億円が適用される。

とはいえ、JLL日本が各都道府県や日本の製造大手にヒアリングしたところ、コロナの影響もあり、情報は集めるものの設備投資自体は見合わせているといった意見が多かった。今後、サプライチェーンにおける危機管理、輸送コストの低減、SDGsにおける脱炭素等を考えると、工場の国内回帰は十分に考えられるが、拠点戦略をコロナ禍が収束してから本格的に検討するとなると、本格的な国内回帰の動きは早くてもコロナ収束から4年後あたりになると予想する。

コロナを機にグローバルサプライチェーンを機動的にしっかり検証しながら進めていこうという機運は世界的にも高まっているが、生産・物流部門も含めたCRE戦略の一体的な運用構築が確立されていない日本企業は先進的な欧米企業に対して後塵を拝している状況といえる。今後、日本企業においても、国内外の拠点戦略を含めて、サプライチェーンをいかに効果的にまわしていくかという課題に関して、専門家との協働が欠かせなくなるだろう。

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