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新しい働き方「子連れ出勤」は定着するか?

女性の早期社会復帰を目的に、より働きやすい環境を整備するべく、政府は「子連れ出勤」を後押しすると発表した。賛否両論渦巻く中、新たな働き方として定着するか、注目が集まっている。子連れ出勤を実践するソウ・エクスペリエンスの事例からメリット・デメリットを紐解く。

2020年 01月 13日

子供と一緒に働けるソウ・エクスペリエンスのオフィス。2012年に社内で出産が重なったことで、早期復職を目的に子連れ出勤が始まった

政府も奨励する子連れ出勤

メリットも多いが、安易な導入は失敗のもと

育児で職を離れた女性の社会復帰を促すため、働き方が大きく変化を遂げている。中でも幼い子供と一緒に出勤できる「子連れ出勤」が注目を集めているようだ。2018年6月には政府の少子化克服戦略会議において「中小企業の子連れ出勤の環境整備」が提言された他、2019年1月には宮腰光寛少子化担当相が子連れ出勤を実践する企業を視察するなど、政府主導で子連れ出勤を奨励する動きが加速しているのだ。

とはいえ、この取り組みは賛否両論渦巻いている。保育園に入園できず育児のために仕事を辞めざるを得なかった就業者(多くは女性)にとっては「職場復帰しやすい制度」として賞賛する声が上がる一方、「そもそも待機児童を解消するために保育園を増やすことが先決」、「満員電車で乳児と出勤するのは現実的でない」との批判も少なくない。果たしてその実態はどうなのか。

子供がいるとオフィス内の雰囲気が明るくなり、子供のいないスタッフが膝の上に子供を乗せて仕事をすることもあるという。

子連れ出勤を実践するソウ・エクスペリエンス

若者文化の発信地、JR原宿駅から徒歩5分。「オー・アール・ディ原宿ビル」地下1階に位置するオフィスを見回すと、PCに向かう女性スタッフの膝の上に乳児がちょこんと座っており、中には幼児をあやすスタッフも見受けられる。机の角には緩衝材が設置され、カッターやハサミ等、危険なものは幼児の手が届かない場所で管理している。子育てとは無縁と思われがちなオフィス空間だが、大人と幼児が共存できる環境を実現しているのだ。

これはパラグライダー体験やボルダリング体験等、モノではなく「体験」をプレゼントできる「体験ギフト」の企画・販売を行うソウ・エクスペリエンス株式会社のオフィスの日常風景だ。2019年11月時点の従業員数は約90名。そのうち常時子連れ出勤をしている従業員の数は4名を数える。不定期で子連れ出勤するスタッフと、産休中・育休中といった今後子連れ出勤を行う可能性のあるスタッフを合わせると、その人数はおよそ15-20名ほどだという。

ソウ・エクスペリエンスが子連れ出勤を始めたのは創業から7年目となる2012年。当時の従業員は10名ほどだったが、妊娠・出産が相次ぎ、人手不足に直面する。できるだけ早く復職してもらうため、苦肉の策として始められた。

自身も子連れ出勤の経験者であるソウ・エクスペリエンス 中井 裕子氏は「当時導入当初は子連れ出勤について社内でどのように思われているのか不安があった。全スタッフにアンケートを実施したところ、オフィスに子供がいることで社内の雰囲気が柔らかくなったとの意見が多数寄せられた。子連れ出勤を選択できることで保育園に落選しても離職する必要がなくなったのは、当社にとっても大きなメリットになっている」と説明する。

実際、子連れ出勤を開始して以来、結婚・出産で退職を余儀なくされたスタッフは皆無だ。また採用面でも応募者が急増した他、1人で育児に追われるのではなく、大勢のスタッフの目が届く範囲に子供がいるため、親として精神的な安心感が得られるのも魅力だ。これら多大なメリットを他社に共有するべく2013年から「子連れ出勤100社プロジェクト」を実施しており、自社オフィスで子連れ出勤の見学会等を通じて啓もう活動を展開している。

ソウ・エクスペリエンス 中井 裕子氏は子連れ出勤の経験者でもある

常時子連れ出勤するスタッフは4名(2019年11月時点)。出勤可能な子供の上限人数を設けており、負担のない範囲で対応している

子連れ出勤するスタッフの多くは体験ギフトの梱包・発送チーム、カスタマーサポートチームに在籍。チームの業務エリアに近い場所に子供が滞在できるようにオフィスレイアウトを決めた

子連れ出勤できない様々な事情

見学会には100社超参加も

体験会にはこれまで100社以上が参加したというが、中井氏によると「見学会に参加した企業が実際に子連れ出勤を実施しているケースは意外に少ない」と感じているという。

子連れ出勤を採用できない最大の理由について中井氏は「スイッチングコストの負担が大きいこと」と指摘する。慣れ親しんだオフィス環境が大きく様変わりし、業務効率性の低下、スタッフからの不満噴出、顧客からのクレームといった各種問題が想定される以上、簡単には導入できないのが実情だ。ソウ・エクスペリエンスの場合、創業者である西村琢社長が率先して子連れ出勤を実施しており、子連れ出勤を受け入れられる土壌が社内にあったのも大きなポイントだ。

また、満員電車で子供と一緒に通勤するのも大きなハードルとなる。企業のオフィス戦略に詳しいJLL日本 マーケッツ事業部 柴田 才は「社内に託児所を設けている企業も増えてきたが、通勤ラッシュを敬遠して利用率はあまり伸びていない。居住地に近いエリアで託児スペースを併設した外部貸しのシェアオフィスに対する需要が伸びている」と説明する。

むろん、ソウ・エクスペリエンスが子連れ出勤を実践する中でも様々な課題が浮上したが、無理のない範囲で調整し、制度として定着した。例えば、電話中に子供の泣き声が聞こえ、取引先から指摘を受けたことが数回あったが、取引先に「子連れ出勤をしている」事情を説明することで理解を得たという。また、業務への影響を考慮し、子供の受け入れ人数・年齢(原則3歳まで)に上限を設けた他、オフィス内の一角に開設した土足禁止エリアに限定して子供が滞在できるようにしている。また、満員電車をなるべく回避できるように出社時間も調整可能だ。

ただ、子連れ出勤を実践する中で生まれたこれらの取り決めだが、厳格なルールというわけではない。まずは個人のやりたいように任せているという。例えば、中井氏は「社内で子供と一緒に食事したほうが家事の手間が省けるため、20時頃に帰宅していたこともある」といい、ケースバイケースで柔軟に対応できることが制度として長続きさせるうえでも重要だという。

保育園・幼稚園への入園を推奨しているため、原則3歳以下の子供のみ出勤可能。0歳児は活動範囲が狭く、子連れ出勤する親への負担は軽い

スタッフへのサービスでは失敗する

中井氏は「スタッフへのサービスとして子連れ出勤を実施すると失敗する可能性が高い」と指摘する。ソウ・エクスペリエンスの場合、「体験ギフト」の梱包・発送業務、予約手配業務、カスタマーサポート業務等、顧客の対応にきめ細やかさが求められる業務が多いため、女性スタッフが多数活躍している。事業を展開するうえで必要不可欠な人材を雇用し続けるために、子連れ出勤を始めたという背景がある。

「企業の成長」を優先する上で、必要に迫られた結果、子連れ出勤を導入しなくてはメリットよりもデメリットのほうが大きく感じてしまうようだ。

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