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さくらインターネット「面積9割減」の仮住まい、目指すは路面店のようなオフィス?

2021年10月、850坪から85坪へ縮小移転したさくらインターネット。新オフィスは次なる移転に向けた「仮住まい」とし、路面店のようなオフィスなど、様々なアイディアを検討する。アフターコロナに向けて従前の価値観が一変する中、オフィス戦略の在り方に一石を投じることになりそうだ。

2022年 01月 28日
850坪から85坪、オフィス面積9割減

コロナ禍を受けて、働き方やオフィスの在り方を再考する企業が増えている。在宅などのリモートワークに対応するシステム整備も進み、これまでのように全社員の出社ありきのオフィスの存在感は相対的に低下しつつある。リモートワーク中心の働き方に切り替え、オフィスを縮小するケースも少なくない。

リモート主体の働き方に切り替えた企業のオフィス移転事例はこちら

クラウドコンピューティングサービス事業などを展開するIT企業、さくらインターネット株式会社もそんな一社だ。2021年10月、大阪のAグレードオフィス「グランフロント大阪」にて賃借していた850坪のオフィスを解約し、「東京建物梅田ビル」11階のワンフロア85坪へと移転した。

同社では2016年から「さぶりこ(Sakura Business and Life Co-Creation)」と呼ぶ福利厚生制度を推進。その一環として条件付きでリモートワークを承認する「どこでもワーク」を採用していたが、コロナ禍を受けて、リモートワーク主体の働く環境づくりを進める。業務上出社が必要な場合や家庭・住宅事情を鑑みてオフィス出社を一部で認めつつも、在宅勤務や外部貸しコワーキングスペースの利用を促進。その結果、コロナ後の出社率は10%程度で推移することになり、オフィスの存在意義を再考することになった。

縮小移転先のオフィスは「仮住まい」

大阪を代表するフラッグシップビルからの大幅な縮小移転劇は「面積9割減」という話題性から多くのメディアが取り上げる結果となったが、オフィス移転の指揮を取ったさくらインターネット 取締役 前田 章博氏は「今回の移転はあくまでも『仮住まい』」と説明する。オフィス縮小によってオフィス什器の数などを一気に減らし、身軽な状態で新たなオフィス戦略を仕掛け直すタイミングを計るための「雌伏の時」に過ぎないというのだ。

「押印処理など、なるべくデジタル対応しているが、どうしても出社が伴う業務があり、必要最低限の執務機能、面積を導き出した結果として偶然10分の1へ縮小することになった」(前田氏)

以前のオフィスは創業20周年記念事業の一環として最先端の設備を備え、全席フリーアドレスを採用。働き方改革を推進する上で申し分のない環境だった。さらにキーポイントとなるのが「お客様や従業員のコミュニケーションを育むタッチポイント」(前田氏)であることを目的とした。オフィスの半分程度のスペースをイベント・コラボレーションスペースとし、ユーザーとの懇親会や子供向けのプログラミング教室、スタートアップのピッチイベントなど、年間平均で200回超のイベントを実施。前田氏は「飲食を伴うイベントも多く、ケータリングのしやすさやオフィス内の水回りに課題があった」と振り返る。

「以前のオフィスはイベント開催に伴う事前申請の煩雑さや、執務スペース内に水回り機能がないといった様々な課題を内包しながら4年ほど運営してきた。賃貸借契約の満期が近づく中、これらの課題を解消しつつ、当社の理想を実現できるオフィスを目指そうと考えた。条件に見合った移転先が見つかればよかったが、コロナ禍という制約があり、かつ退去期限も迫っていたため『仮住まい』することにした」(前田氏)

居抜きオフィスを選択

「仮住まい」であるため、移転先は内装造作に極力費用をかけない「居抜き物件」とした。前テナントから引き継いだオフィス什器の他、カウンターバーなどを有効活用した新オフィスは、面積の半分程度をオープンスペースとし、コミュニケーション活性化を念頭に置く。その半面、オフィス面積を縮小したことで同社が注力するイベント開催時の収容人数に限界があり、加えて11階に位置するため、気軽に立ち寄れる環境とは言い難い。オフィスをタッチポイントとして機能させるのは難しい。

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目指すべきオフィスは「路面店」?

入居テナントでありながら周辺のエコシステムも一緒につくる。こうした『仕掛ける側』になれるように、施設オーナーらと協働できるオフィスづくりを目指していきたい

では、同社が目指すオフィスとはどのようなものなのか。前田氏は「構想段階」と前置きしつつも、次のオフィス移転で目指すのは「路面店に近いIT企業」だという。その意図は、前オフィスから推進していたオフィスのタッチポイント化をさらに進化させるというものだ。

「以前のように高層ビルにオフィスを構えると、イベントに参加するにもエレベーターの乗り換えが手間になる。路面店なら気軽に立ち寄ってもらうことができ、より街に溶け込むことができる。タッチポイントを作るにはオフィスビルへの入居にこだわる必要がないとさえ考えている」(前田氏)

実はオフィスの路面店化に向けて、商業施設の一区画を賃借するべく、オーナーサイドと交渉をしてみたそうだ。ただ、イベントスペースにありがちな遊休時間があると商業施設の賑わいを棄損することになり、施設の営業時間内は何らかの形で賃借スペースを稼働させることを求められるなど、オフィスとは異なる制約があるという。前田氏によると「現在は商業施設のテナントの『流儀』を学んでいる最中」だ。

そのため、「路面店」とは言うものの、例えば、オフィス・商業等の複合ビルで、エレベーターで気軽に立ち寄れる下層階の商業ゾーンなどであれば許容する方針だ。ワンフロアを賃借し、飲食スペースや執務室など、多様なスペースをシームレスに繋げるなど、様々なアイディアを検討しているという。

さらに、同社は福岡市のスタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」の運営受託企業3社に名を連ね、スタートアップ企業や起業家の育成にも注力する。同社が掲げる企業理念「『やりたいこと』を『できる』に変える」を体現した取り組みであり、今後のオフィスづくりでもこの考えを反映させていくという。前田氏は「単純にビルに入居するだけでは、当社が掲げる企業理念を実現するのは難しい。入居テナントでありながら周辺のエコシステムも一緒につくる。こうした『仕掛ける側』になれるように、施設オーナーらと協働できるオフィスづくりを目指していきたい」と抱負を語る。

企業のオフィス戦略を調査しているJLL日本 オフィス リーシング アドバイザリー事業部 柴田 才は「コロナ以降、リモートワークとオフィスを併用した新しい働き方を具現化する移転事例が増えている。コアオフィスの面積を以前より縮小することで圧縮した賃料負担を、1人当たりのオフィス面積を拡大したり、立地条件やビルのグレードアップに活かしたりする ケースも少なくない。さくらインターネットの移転戦略はこうしたトレンドに合致している」と指摘する。

前田氏も「今回の移転で賃借料が大幅に削減できたが、利益にする気は毛頭ない。高層オフィスから路面店といった形は1つのアイディアだが、バジェットの使いみちを変えて、事業成長をさらに加速させていくことがオフィス移転の目的」と強調する。

コロナ禍でこれまでの「常識」が一変し、新たな価値観が生まれている。さくらインターネットのように斬新なオフィス戦略がアフターコロナに向けて続々と生まれていくのかもしれない。

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