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オフィス移転の成否は「情報力」で決まる

オフィス移転を検討する際、まずは物件資料を入手し、希望する条件に合致しているか判断し、候補物件を絞り込み、内覧して入居を決めるのが一般的だ。とはいえ、物件資料や内覧するだけではわかりにくいポイントが多々あり、見逃せばテナントにマイナスになるケースも少なくない。移転プロジェクトを成功に導く鍵は「見えない部分」を知る情報収集に他ならない。

2019年 10月 06日

入居条件は交渉次第でテナント優位になる

 物件資料や内覧では見えてこない部分こそ要注意

「1年ほど前にオフィスを移転したらビルオーナーが変わり、ビルの名称を変更すると突然通知された。名刺や社用封筒を印刷し直さなければならない」

こう憤るのは大阪中心部に本社を構える某建材メーカーの総務部長A氏。もともと不動産私募ファンドが取得したオフィスに入居していたが、のちに上場REITが取得、ビル名が変更になったのだ。旧ビル名は一時的に館銘板に残すとはいえ、来訪客を混乱させることにならないか心配が絶えない様子だ。

このようにオフィスを移転する際、物件資料や内覧ではわかりにくいポイントはまだまだ存在する。代表的なのは契約形態や契約期間、フリーレント等の契約内容のうち交渉可能な項目はどれか記されていない(賃料は「応相談」)。物件資料にグロス面積/ネット面積のどちらを表示しているのか分からないケースもある。また、前述したオーナー属性によるオーナーチェンジの可能性やビル管理のクオリティについても物件資料や短時間の内覧では判断できない要素といえるだろう。最近では、ビル周辺の飲食店や金融機関、駐車場等の各種機関を地図化して資料に添付するケースも少なくないが、こうした情報も物件資料のみでは読み取れない要素といえるだろう。

「わかりにくい」4つのポイント

契約内容を精査することでテナントはより有利な条件を勝ち取ることができる。前述した「わかりにくい」ポイントを見逃せば次のような不利益を被る可能性がある。

①     交渉可能な契約内容

契約形態については普通借家契約と定期借家契約をいずれかが採用されるが、前者はテナント(借家人)の権利保護を目的にしており、基本的にテナントの同意がなければオーナーの自己都合で借家契約を打ち切ることができない。一方、後者は借家契約を一定期間に定めて、契約期間が満了すると別途新規契約を結び直す必要がある。テナントは再契約時にオーナーから想定上の賃料値上げを迫られる可能性があり、仮に現在のような移転先を見つけるのも難しい需給がタイトなマーケット環境ではオーナーから提示された賃料条件を吞まざる得ない。またフリーレントとは「賃料が免除される期間」であり、各ビルによってフリーレント期間が異なる。現在は引越期間を加味して1カ月―3カ月程度フリーレントが付与されるケースが多いが、景気後退局面で空室率が悪化していた時期はフリーレント12カ月といった話もあった。これらは不動産に携わっていないとわかりにくい部分であるが、交渉次第では条件変更に応じてくれるオーナーも少なくない。

②     契約面積による賃料の違い

専有面積だけでなく、廊下やエレベーターホール等の共用部の面積を含んだものが「グロス面積」。専有面積のみが「ネット面積」となる。例えばグロス面積100坪、募集賃料が月額坪当たり2万8,000円の場合、テナントが負担する月額賃料は280万円となる。しかし、実際に執務スペースとして必要なのが80坪であった場合、ネット面積に換算すると月額坪当たり3万5,000円となり、移転先の選択肢が格段に増える。立地改善、入居ビルのアップグレード等、より魅力的なオフィスへ入居できる可能性が広がるのだ。ただし、ワンフロアすべて自社専有で使用したいというテナントにとってはグロス面積での契約のほうがメリットが大きい場合もある。

③     オーナーチェンジの可能性

不動産証券化が進み、金融商品として不動産が頻繁に取引されるようになった。2000年頃から不動産ファンドがオーナーとなる物件が増えてきたが、最終的に物件を売却して利益を確定し、投資家に還元するため、不動産ファンドの保有物件は最終的にオーナーチェンジとなる可能性が高い。冒頭に紹介したオーナーチェンジによってテナントが不利益を感じるケースがあるので注意が必要だ。とはいえ、個人保有のビルや一般事業会社、デベロッパーが保有するビルならオーナーチェンジの可能性はないのかといえば、そんなことはなく、今や大手デベロッパーや上場REITが保有する旗艦ビル以外は売買の可能性がある。

④     ビル管理のクオリティ

建築技術が向上し、ビルの設備面で差別化することが難しくなってきており、現在はビル管理のクオリティによって差別化しようと考えるオーナーは少なくない。清掃面でのクオリティ、災害時の対応力は言うに及ばず、昨今の大手デベロッパーが保有する旗艦ビル等では、テナントに提供するソフトサービスを拡充している。例えば、デベロッパーA社が保有する特定のAグレードオフィスに入居したテナントには、A社の運営する商業施設の割引カードが付与される他、デベロッパーB社が保有するビルのテナント従業員を対象にした懇親会を企画・実施する等、様々な取り組みがなされている。一方、低稼働率のビルを取得し、リースアップ後にすぐに売却するキャピタルゲイン目的のビルオーナー(投資家)の場合はビル管理コストを抑えることもあり、こうしたオーナーの方針を把握しておく必要がありそうだ。

情報収集はどこから?

物件資料に頼ることなく、様々な角度から情報収集し、それに基づいて交渉を進めていくことがオフィス移転を成功に導くための近道となるでは、移転候補物件の包括的な情報をどのように入手するべきだろうか。2つのルートが考えられる。1つはJLLのような総合不動産サービス会社を始め、オフィス仲介、インターネット物件情報サイト。もう1つはビルオーナーである。ビルオーナーの場合、基本的に自社所有・管理物件を情報提供しており、他のオーナー物件との条件比較が難しいものの、マーケットに出ていない空室情報を優先的に提供してくれる可能性がある。テナントは入居条件の交渉や契約手続きを自ら行うことになり、慣れていないと対応するのが難しい半面、オーナーとの直接交渉が可能なのでより優位な条件を引き出す可能性がある。

一方、不動産サービス会社は基本的にテナントの条件に見合った物件情報をマーケット全体から探すため、紹介物件が多く、複数ある選択肢を比較しながら物件選定ができる点が魅力だ。そして、条件交渉や契約手続きを代行してもらうことができ、コア業務に集中できる。

この2つの情報収集チャネルを上手く組み合わせ、自社の状況に最適なオフィス移転プランを導き出していただきたい。

(JLL日本 マーケッツ事業部シニアマネージャー 柴田 才)

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