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フレキシブルなワークスペースが「孤独」を解消する

世界的に広がる「働き方改革」。働く場所を自由に選択できるようになり、テレワークをはじめ、旅行先でも仕事ができる「ワーケーション」等にも注目が集まっている。テクノロジーの発展によってこれまで以上に遠隔勤務を容易に行えるようになったのは朗報だが、コンピューター・ネットワークを使った共同作業への依存度が高くなるにつれ、現代のオフィスにおいて「人との関わりが少ない」と感じるワーカーは少なくないという。これに対し、使い勝手に配慮して設計されたワークスペースは従業員の孤独感を防ぐことができるという。

2019年 06月 23日

技術は進化、コミュニケーションは退化

欧米ではオフィスで孤独を感じるワーカーが増えてきているという。

今やオフィスにおけるコミュニケーションはメールやインスタントメッセージが主流だ。ITテクノロジーの進化はとどまることを知らず、オフィス系アプリの普及拡大に伴い、今後ますます遠隔勤務する「同僚」が増えるだろう。通勤時間をそのまま就業時間に充てられるので労働生産性の向上にも寄与する。しかし、たとえ同じプロジェクトで協働するチームといえども、ワーカーたちにとっては「バーチャルで働く」ということと同義となる。企業のワークプレイス戦略に詳しいJLLスペイン グズマン・ド・ヤルサ・ブラチェは「テクノロジーや内装デザインが進化することで、人々がおしゃべりし、互いに顔を合わせて共同作業する機会が失われている。結局のところ、現代のオフィスは従業員を孤立させている」と警鐘を鳴らす。

孤独というのは、あくまで「状況」であり、オフィスに滞在する際の幸福度や健康経営の観点から見るとマイナスの影響を及ぼすが、今まではなおざりにされてきた問題といえる。社会経済的な損失は甚大だ。例えば英国では、ニュー・エコノミクス財団の調査によって

120万人が慢性的な孤独に苦しんでいると推定され、孤独によって従業員の健康や生産性に悪影響が及び、雇用主には年間25億ポンドのコストがかかると試算されている。つまり、ワーカーたちは孤独に悩まされることで仕事に集中できず、健康を害し、最終的に病気休暇を取りがちになるというのだ。

フレキシブルなワークスペースが交流を促進

一方、職場での孤独との闘いにおいて、きわめて重要な役割を果たすことができるのがオフィス・デザインの力だ。ヤルサ・ブラチェは「進歩的な労働環境の一つの要素は、柔軟性があり、働く環境を自由に選べるアクティビティ・ベース・ワーキング(ABW)になっていることだ」と説明する。

フレキシブルなワークスペースでは、従業員は自分のデスクを固定せず、業務内容によって様々なエリアで働くことができる。選択肢が複数提示されるのでワーカーは気分次第で働く場所を選べるのだ。

インドのEC大手FlipKartの本社オフィスがその代表例だ。単独あるいは共同作業での仕事用に間仕切りのないオープンスペースがいくつかのゾーンに分けられている。また民泊マッチングサイトを運営するAirbnbのロンドンオフィスには、従業員たちが座ったり立ったり仰向けになったりするエリアがあるのが特徴で、仕事のスペースと交流のスペースとの境界をあいまいにしている。

ヤルサ・ブラチェは「人は歩き回ることができれば、誰かと顔を合わせる機会が増え自然と会話するようになる。多様な目的で使用することが可能な柔軟性のあるワークスペースは、他の人と交流したり、協力し合ったりするエリアをオフィスの中に作り出すことに主眼を置いている」と指摘する。

また、会議室のデザインをよりくつろいだ雰囲気にすれば、人々の交流をさらに活性化させることも可能だ。ヤルサ・ブラチェによると「多くの企業はカフェにあるような家具やテーブルを選ぶようになっている」という。人々の交流を促す空間を意識したもので、従従業員が同僚たちとの個人的な関係を作り上げるのに役立ち、そのことで彼らの職場でのつながりが強まり、仕事にいっそう熱心に取り組めるようになる。例えば、フリーランサーや遠隔勤務をする人たちにおける孤立・孤独は、コワーキングスペースにいるときには改善される。そこには多様なエリアがあり、通常業務とネットワーク業務との境界線を意識しなくなるためだ。

テクノロジーに境界を設ける

テレビ会議、インスタントメッセージ、プロジェクトマネジメントのアプリといった、ワークスペース関連のデジタルツールは、確かに現代のオフィス生活で重要な役目を果たしている。しかしながら、同じテクノロジーはまた、同僚との距離感を生み出すことを危惧されるようになった。そのため、多くの企業は今、テクノロジーフリーのオフィスゾーンを設けつつある。例えば音楽共有サービスを提供しているSoundCloud社のベルリンオフィスにはコンピューターに邪魔されることのないリラックスルームがあり、テクノロジーの使い方を管理する基準も設けられている。

ヤルサ・ブラチェによると「一定の時間以上はEメールを使わないという方針の企業も存在し、特定の種類のメッセージを送るのに、どのデジタルツールを使うか規定している可能性もありうる」という。従業員たちが孤独な状況での長時間労働にうんざりする等、モチベーションを悪化させないようにするのは仕事と生活のバランスを上手に取ることを促すべきだろう。

オフィスのカルチャーが重要

フレキシブルなワークスペースを最大限に活用するよう従業員を奨励し、同僚たちと職場でよい関係を築くための礎となるのはオフィスに対する企業の考え方に他ならない。ヤルサ・ブラチェは「上手に設計されたオフィスは成功の要因だが、孤独に対抗するのに企業カルチャーはきわめて重要だ」と断言する。例えば、病気でも出勤する「頑張り」ではなく、「成果」が重視されるという基本原則を、経営者と従業員の双方が理解する時、仕事への取り組み方も生産性も改善されるだろう。

教育・訓練プログラムは新しく入ってきた人が他の従業員と理解し合う助けになるし、ゲーム室のような施設やチーム作りのアクティビティにより、チームの人間関係を築くことができる。マンチェスターにあるブライトHR(Bright HR)には50ft(約15m)の屋内庭園があって、快適なイス、ビーンバッグチェア、テントが備え付けられ、また一角にはサッカーのゴールが置かれて、仕事や休憩の合間にちょっとボールを蹴ることができる。

企業はオフィスの設計といった物理的なことだけでなく、職場のカルチャーにも投資すべきだろう。ヤルサ・ブラチェは「この活動にかかる費用は、家具への出費はあるものの微々たるものだ。特に、フレキシブルなワークスペースはオフィスでの作業を活性化するためにますます不可欠なものになる」と断言する。

企業の中には職場に活気を与えようと、ワークプレイスを運用するマネージャー(ワークプレイス・エクスペリエンス・マネージャー)を雇い始めたケースもある。例えば米国に本社を置くチケット販売会社のTicketmasterでは、従業員たちがストレスを発散し、互いを知り合うために、会社が主催する様々なイベント、ハッカソン(プログラマーが集まって、プログラムを開発するイベント)、ダンス教室などを開催している。

これからの世代の従業員は、人と交流でき、皆が参加できる職場を重視するのは明らかだ。活気のあるオフィス空間と多様性を受け入れるカルチャーを創り出すことがこれまでになく重要になっている。ヤルサ・ブラチェは「柔軟性があり、人と交流ができて、刺激的なオフィスを作ることで、従業員は同僚と前向きな関係を築くことができる」と結論付けている。それは生産性や仕事への取り組み方に直接反映されるだろう。

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