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爆発的な成長力でオフィス需要を牽引するIT企業

東京オフィスマーケットで存在感を高めているのが「IT企業」だ。日系のIT大手はもとより、外資系も続々日本へ進出。「爆速」で事業を拡大し、床需要を下支えしている。

2018年 09月 19日

オーナーにとってIT企業は魅力的な存在

「IT企業は魅力的なテナントとしてオーナーに認知されている」

こう指摘するのはJLL日本 マーケッツ事業部 深谷 圭佑だ。「爆速」と称されるほどの圧倒的な成長力を持ち、オフィス床の拡張ニーズが非常に旺盛であるためだ。その勢いは外資系IT企業の日本進出時に見て取れる。外資系企業はまずサービスオフィスに少人数の拠点を開設してからマーケット調査を行い、ビジネス機会の可能性を模索する。その後、本格的に事業展開する段になってオフィスを賃借することが多い。深谷によると「日本進出時は数名程度でサービスオフィスに入居していたが、わずか2カ月後に50坪の物件探しの依頼を受けた。その過程で急遽300坪に条件を変更する。こうした外資系IT企業は珍しくない。とにかくスタッフ数の増え方が尋常ではない」と驚きを隠せない。

IT企業は街のブランディングにも寄与

「ビットバレー」と称され、IT企業の集積地として一時代を築いた渋谷。その復権を賭け、東急グループが総力をあげて推進している渋谷駅周辺の大規模再開発プロジェクトには目論見通り、大手IT企業が続々と入居を発表している。9月13日に開業を迎えた「渋谷ストリーム」にはグーグル日本法人がオフィスフロアを一括借りする。床面積にして約14,000坪を賃借する大型契約だ。日系IT大手のミクシィは2019年開業予定の「渋谷スクランブルスクエア」への本社移転を発表。同ビルにはサイバーエージェントも5フロアに入居予定だ。サイバーエージェントは渋谷センター街で住友不動産が開発するオフィスタワーも一括借りし、ビル名を「アベマタワーズ」とすると発表している。

これまで渋谷エリアは「若者文化の発信源」としてITベンチャーを中心としたクリエイティブワーカーが集積するオフィスエリアとして独自の地位を築いていたが、大手企業が求める広大なオフィス床が不足していた。企業の成長に伴う増床移転ニーズに対応できず、渋谷で成長したIT企業が他エリアへ流出してしまうという流れがあった。例えば、2012年に竣工した「渋谷ヒカリエ」からIT企業のLINEが「新宿ミライナタワー」へ移転したのが直近の事例だが、渋谷に新規供給される大規模オフィスは大手IT企業が大口テナントとして入居する。IT企業のオフィス需要の旺盛さを示す好事例といえるだろう。

ITベンチャーが渋谷から五反田へ

ただ、現在の渋谷の空室率は圧倒的に低く、目ぼしい床はほぼ埋まっているのが現状だ。「借りたくても借りられない」状況が続き、賃料水準も上昇を続ける。オフィスリーシングを担当するJLL日本 マーケッツ事業部 成田 雅史は「Bグレードオフィスの場合、1年前なら坪単価2万2,000円-2万3,000円が相場だったが、現在は坪単価2万8,000円を超えるケースもみられる」と指摘。ITベンチャーはこの賃料水準に耐えられず、渋谷を諦め、恵比寿・目黒で入居物件を物色するものの目ぼしい空室がなく、賃料も高い。最終的に行き着くのが渋谷と同じ城南地区であり、JR山手線沿いの五反田だ。比較的社歴の浅いIT企業が集積し、2018年7月には交流団体「五反田バレー」が結成されるなど、新たな「IT集積地」としてにわかに注目を集め始めている。成田は「『五反田バレー』の認知度が広がると共に、テナント募集を開始するとITベンチャー中心に申し込みが殺到する」と説明するように、「IT」のブランド力がオフィス市況にも影響を及ぼしているようだ。

六本木は今もIT企業に人気

かつて「ヒルズ族」を多数輩出した六本木はどうか。グーグル日本法人の渋谷移転、ヤフーの紀尾井町移転といった大手IT企業の流出が続き、「IT集積地」としての印象は薄らいできたように思えるが、実はそうでもない。深谷は「グーグル日本本社が移転したが、成長著しい外資系・新興IT企業に絶大な人気があることが窺える」と指摘する。「六本木ヒルズ」には日本のITベンチャー唯一のユニコーンといわれるメルカリが2017年3月に入居する他、ポケモンGOを開発したナイアンティック日本法人、中国の検索サイト大手・百度(バイドゥ)日本法人等もオフィスを構える。現在も「IT集積地」と呼ぶにふさわしい充実ぶりだ。

街づくりのコンテンツとしてIT企業に着目

「IT企業が集積することで街のブランディングにも影響を与える」街づくりを担う大手デベロッパーがIT企業の誘致に注力する理由でもある。前述した渋谷、五反田はIT企業が中心になって交流団体を結成。地域活性化に寄与している。渋谷の街づくりを牽引する東急電鉄は「IT企業を中心としたクリエーターの聖地」を渋谷再開発の指針に掲げる。一括りに「IT企業」といえども、裾野は広く、競合よりも連携しやすいのが特徴だ。IT企業同士が積極的に交流することでオープンイノベーションを創発することを目論んでいる。また、大手IT企業がスタートアップを支援し、成長を後押しする。スタートアップが大手に成長したら次のスタートアップを支援する。ベンチャー企業の成長支援を循環的に行う「ベンチャーエコシステム」の構築は継続的にオフィス床の需要を生み出すことになる。

重厚長大型の日系企業や日系金融機関の集積地であった大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリアでもITベンチャーを誘致する取り組みが広がっている。三菱地所は「大手町ビル」にフィンテック系ベンチャー専用シェアオフィス「フィノラボ」を開設。「最先端」のテクノロジーを有するIT企業を誘致することで、街の印象を刷新し、多様性のある街づくりを推進している。このようにデベロッパーの街づくりにおいてIT企業は重要な役割を担う「キーマン」と目されているのである。

大手IT企業のオフィス選びに変化

一方、深谷によると「IT企業が好むオフィスエリアに変化が見え始めている」という。前述した「IT集積地」は確かに健在だが、独自路線をいくIT大手は決して少なくない。永田町に位置する「東京ガーデンテラス紀尾井町」を一括借りしたヤフーをはじめ、都心から離れた「二子玉川ライズ」に本社を移転した楽天、渋谷から新宿へ移転したLINEが代表例だ。加えて、深谷は「2012年5月に東京駅前に開業した『JPタワー』にセールスフォースが入居し、ツイッターが『アーク森ビル』から2015年8月に『東京スクエアガーデン』に移転したのは、これまでの外資系IT企業のオフィス戦略とは異なり、業界に少なからず衝撃を与えた」と回顧する。どちらも日系企業におなじみの老舗オフィス街である。

深谷は「IT企業は同業他社の動きに敏感で、『他社はどのエリアを好んで移転しようとしているのか』と質問されることが多い。かつては『渋谷・六本木』が定番だったが、現在は『分散している』と説明せざるを得ない。逆に言えば、どのエリアでも成長著しいIT企業を誘致できる可能性が開けたのではないか」との見解を示す。

Tシャツに短パンというラフな服装で働くIT企業のカジュアルさがビルのイメージにそぐわず、敬遠するビルオーナーも少なくない。また、大口で床を賃借するありがたい存在であるが、景気悪化等で事業を一気に縮小することもある。特に一括貸しの場合、退去した際の埋め戻しに苦労するのは目に見えている。いくつかのリスクはありながらも、IT企業の爆発的な成長力は他の業態にはない魅力となる。かたやITベンチャーの有望株にはベンチャーキャピタル等から出資が舞い込み、資金力は豊富だ。人材の増員による事業拡大、それに伴う増床ニーズを取り込むことができる。とはいえ、感度の高いIT企業を誘致するためには、彼らの独特の感性に刺さるエッセンスが必要不可欠だ。

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