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民法改正で原状回復はどうなるのか?!

民法改正が2020年4月から施行されるが、賃貸借契約に様々な影響が及ぶ。中でも今回、注目したいのが「原状回復」に関する事項だ。判例を交えながら解説する。

2019年 10月 15日

原状回復の明文化

原状回復とは、賃貸物件を退去する際に「入居時の状態に戻す」ことである。20年、30年経って黄ばんでしまった壁紙の汚れなど普通に使用していると生じるキズや汚損・損耗は「通常損耗」、賃借人の特別の使用により損傷を与えた場合は「特別損耗」として区分される。現在の民法には原状回復に関する規定はない。しかし、民法改正に伴い、原状回復について新たに次のとおり明文化される。

【改正民法第621条】

賃借人は賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ)がある場合において、賃貸借契約が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

前文では、賃借物が賃借人に引き渡された後に、賃借物に損傷があった場合は、賃借人は賃貸人に対して原状回復義務を負うということが明記されている。後文では、通常損耗や経年劣化などの賃借物に通常の使用で劣化したもの(クロスの日焼けや畳の劣化等)を原状に戻す義務は賃借人にはないということが明記されている。

原状回復をめぐるトラブル

退去時における原状回復をめぐるトラブルは多い。賃貸人が、賃借人に賃貸借契約の約定により通常損耗も含めた原状回復費用支払いと、同費用の支払がないためその後の使用ができなかった期間の賃料相当額の支払を求めた原審において、賃貸人の請求が全部認容されたため、賃借人が、原判決の取消しを求めて控訴した事例がある。(東京地判 平9・4・25 ウエストロー・ジャパン)。

約定では、「解約時の畳・襖・クロス・クッションフロア等の張り替え及び壁等の塗り替え等その他補修費用は折半とする。但し室内クリーニング・エアコンクリーニング・破損箇所修理は全額賃借人負担とする。」と記載されている内容にとどまり、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲を具体的に明記したものと認められず、賃貸人の主張は採用されなかった。また、全証拠を精査しても、通常損耗補修特約が明確に合意されていることを認めるに足りる的確な証拠はないため、通常損耗に係る補修費用を賃借人が負担するものと認められなかった。

結果、約定には通常損耗の範囲を具体的に明記していないとして、賃貸人の賃借人に対する原状回復費請求のうち、通常消耗部分の請求が棄却され、通常損耗を超える部分(特別損耗)のみの原状回復費の請求が容認された[1]。

原状回復に関する今後の課題

これまでは、原状回復義務自体が民法で定められていなかったため、賃貸借契約の中で賃貸人主導で賃借人と独自にその内容を決めていた。上記の判例は、契約書内で通常損耗の範囲を具体的に明記されていなかったため、賃貸人の主張である「通常損耗補償特約」は認められなかった。JLL日本 リーガル アンド コンプライアンス部 リーガルカウンセル 田中 靖崇は、「今回の民法改正によって、今後は賃貸人および賃借人が負う原状回復の範囲を明確化することがより重要となる。よって、より詳細な原状回復基準や資産区分表で原状回復の範囲を取り決めることにより、賃借人がどこからどこまでを修繕し、賃貸人がどこまで責任を負うのかを明確にすることでトラブルを抑制しやすくなることが期待できる」と指摘する。

また、田中は「民法改正後、賃貸借契約で原状回復の範囲をより具体的かつ明確に定めないと、賃借人に有利な内容で原状回復の範囲が解釈される可能性が高まることになり、賃貸人が期待していた原状回復がなされないリスクがある」と説明する。原状回復基準や資産区分表で賃借人と賃貸人の原状回復の範囲を明確にしていないと、現行法下と比較して、より賃貸人の負担が増える可能性があるということだ。逆に、あえて言うのであれば、通常損耗分も含めて賃借人が原状回復義務を負う「通常損耗補償特約」を賃貸借契約に具体的かつ的確に記載すれば、賃貸借契約の記載内容が優先されるため通常損耗分も賃借人負担となり、賃貸借契約における原状回復範囲の設定にはより専門的な知識が必要となってくるであろう。

田中は、「JLLは、事業用不動産の総合不動産サービスを提供している中、賃貸人側と賃借人側の両者にサービスを展開している。不動産仲介のプロとして、今回の民法改正の内容もふまえてそれぞれの立場で賃貸借契約の内容を確認し、適切なアドバイスをすることがクライアントファーストを掲げる中で欠かせないだろう」と述べている。

[1] RETIO. 2019. 1 NO.112室岡 彰「賃貸借契約の約定による通常損耗を賃借人負担とする特約が有効に成立していないとして、効力が否認された事例」

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