「収益最大化」を実現するPMの手腕
オーナーに代わってオフィスの運営管理業務を一手に担うプロパティマネジメント(PM)会社。求められる役割は多岐にわたるが、オーナーサイドの期待は「収益の最大化」といえる。
稼働率40%から満室、賃料収益2.5倍
東京都千代田区。いわゆる「都心三区」と呼ばれる東京屈指の業務中心地区であるが、JLL日本 不動産運用サービス部に運営管理の要請があったのは、オフィス集積地から距離がある築20年以上が経過した大型オフィスビルだった。2015年にJLLが受託した際の稼働状況は40%。大口テナントが退去したのが原因だ。上場リートが取得したと同時にJLLがPM業務を担当することになる。当該物件を担当した運用サービス事業部 鳴海航也によると「大口テナントは収益性こそ安定するが、退去してしまうと一気に空室率が悪化する」とし、クライアントの意向を踏まえ安定稼働に向けてマルチテナントで埋め戻しを行った。20年前に竣工した当時は、周辺エリアでは珍しい大型オフィスであり、シンボリックな存在だったが、築年の経過と競合オフィスが次々と竣工していったことで埋没。加えて区分所有だったため、大掛かりなリニューアル工事は行えず、「化粧直し」程度にとどめざるを得ない。このような条件下でありながら1年半後には満室稼働に至り、賃料収益は従前の2.5倍になったという。
高値売却にも貢献
もう1つの事例は東京都心部の湾岸エリアにおける大型オフィスビルの事例だ。都心のオフィス街に比べて交通アクセスに弱点がありながらも、大口の床が空くことになった。稼働率は当初40%だったが、最終的には90%まで稼働率が上昇。このプロジェクトがスタートしたのは2014年4月。売却したのは2016年12月で当初の予定よりも幾分時間がかかったが、ビルを所有していたオポチュニスティックファンドは賃料のアップサイドを実現した後、上場リートへの売却にも成功した。この案件について鳴海は「競合ビルの空室率も高止まりし、当該エリアのオフィスマーケットは相当厳しかった」と当時を振り返る。しかし、オーナーサイドは意気軒高だった。投資家へのリターンをコミットしており、目標に掲げた収益の下方修正はありえない状況であり「プロジェクト自体の難易度は非常に高いと感じた」(鳴海)そうだ。
物件自体のグレード感やポテンシャルは非常に高いものの、中心業務地区に比べて交通アクセスは至便とはいえない。同規模の大型物件は多数存在する中、埋め戻しによって収益拡大を実現した好例といえるだろう。鳴海によると、証券化スキームの中でファンドや上場リートといったプロの投資家・アセットマネージャーに求められる役割を十分に理解していることがJLLの強みだという。オフィスに投資する際、レント(収益)を決定した上でファイナンスを組むため、投資目標の必達がPMに課せられる。条件が難しいこうした案件を敬遠するPM会社も少なくないという。投資家へのリターンをゴールと定め、その実現に向けて戦略を立案・実行する能力がなければミッション達成は不可能といえるだろう。鳴海は「PMはクライアントの背景を考慮した上で様々な対応を行わなければ意味がない」と力説する。
確実な解決策はない
困難なプロジェクトを成功に導いた具体的な施策とは何か。鳴海は「確実な解決策があるわけではなく、当たり前のことを最後までやり抜くこと」との認識だ。そして、担当する物件のことをどこまで熟知しているかが問われるという。例えば、ビルのスペックだけでなく、近隣のランチスポットや銀行、病院、駐車場等がどこにあるか周辺マップを作成する等、入居希望者の質問に迅速かつ的確に回答するのは最低条件だという。また湾岸エリアのリーシングでは、適切なタイミングを辛抱強く待ち続けた「忍耐力」も見逃せない。鳴海によると「エリアの利便性は都心部に比べて劣るが、まとまった床を確保できることが最大の魅力だった。そこで、都内で同規模の在庫がどれだけあるか調査し、ある程度空室が消化されたタイミングを待ってリーシングに注力するようにした」とのこと。目先の稼働率に左右されず、オポ系ファンドの投資戦略にも対応することに成功したわけだ。
オーナーサイドの多種多様な要求に応えられる「対応力」はPMの実力を計る物差しになる。例えばキャピタルゲイン目的に短期売却を志向する投資家なら賃料収益の上値を高めるための施策を打つが、長期保有が前提の上場リート等は安定稼働に向けた工事監理を求められる。鳴海は「投資家のキャラクターによってPM業務の難易度は大きく変わるが、我々は躊躇なくチャレンジする」と力を込める。
賃料増額改定に向けて信頼関係を構築する
一方、現在のオフィスマーケットは「貸し手優位」であり、既存テナントの契約更新時期に賃料増額改定は「収益最大化」を実現するための絶好のタイミングでもある。しかし、鳴海は「単純にマーケットがオーナー優位といえどもテナントに賃料増額を受け入れてもらうのは簡単ではない」と指摘する。「前提となるのはテナントとの信頼関係をいかに構築しているか。オフィスのPM業務はこれまでハードの管理が主体だったが、ソフト面のサービスが求められるようになってきた」と続ける。2018年~2020年にかけて東京ではAグレードオフィスの新規大量供給がなされ、既存オフィスは二次空室の影響を受ける可能性が高い。鳴海は「我々が数多く受託している上場リートの保有ビルが二次空室に悩まされる可能性があり、ハードのみリニューアルすれば競争力を維持できる時代ではない。飲食店が少ない立地ではランチタイムにフードトラックを誘致したり、無料Wi-Fiを導入していたり。ビル共用部にスマートキーと連動したリフレッシュルーム・喫煙室を設ける等、テナントの困りごとに耳を傾け、付加価値を提供することが重要ではないか」と述べる。「当たり前」を愚直に実行する「継続性」がPMに求められる。