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マネーフォワードの福岡拠点開設から5年、地方拠点を成功に導く戦略とは?

人材採用を目的に地方都市へ進出する企業が増えている。そうした中、豊富な若年人口を誇り、オフィスの新規開発増により都市機能を強化している福岡市は人気が高い進出地だ。2017年12月に福岡開発拠点を開設したマネーフォワードの黒田 直樹氏に福岡市進出のメリットと地方開発拠点を成功に導くためのポイントについて聞いた。

2023年 05月 09日
人材採用を目的に地方に進出する企業

少子高齢化に直面する日本において、人手不足は避けて通れない喫緊の課題となっている。そうした中、地方に眠る優秀な人材を採用しようと、地方都市へ目を向ける企業が増えている。

例えば、近年京都市ではITベンチャーなどの拠点開設が相次いでいるが、最大の理由は大学生を対象にした人材採用の強化が挙げられる。2022年4月に京都オフィスを開設したIT企業の担当者は「人材不足に悩むITベンチャー等にとっては、学生数が人口の1割に達する京都市は新卒人材を採用するにあたって非常に魅力的」と説明する。

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一方、人材採用の優位性から企業を惹きつけているのは京都市だけではない。「日本におけるアジアのゲートウェイ都市」と位置付けられる福岡市には通販大手のジャパネットホールディングスが主要機能を移転させるなど、その人気は非常に高い。今回取材したマネーフォワードも2017年12月に福岡開発拠点を開設した1社だ。

マネーフォワードが福岡へ進出した理由

マネーフォワード 執行役員 福岡開発拠点長 Pay事業本部本部長 黒田 直樹氏は福岡開発拠点を立ち上げた理由について次のように説明する。

「ITエンジニアの採用を拡大していくのが最大の目的。3,000万人の首都圏人口に対して採用競争が激しさを増すなか、地方の中核都市なら一定の母数が見込めると考え、地方開発拠点を開設することになった」

初の地方開発拠点を設立検討していた当時、福岡市の他、大阪市や京都市、名古屋市などが候補地にあがった。各地方自治体や進出企業へのヒアリングを通じて進出候補地を絞り込んでいったが、そもそも「誰が地方開発拠点を立ち上げるか?」が議論され、九州出身かつ大学・大学院を福岡市で過ごした経験を持つ黒田氏の「いつかは九州に帰りたい」との意向もあり、福岡市への進出が決まったという。
  
福岡進出直後は人材採用で苦戦

一方、福岡への拠点開設が決まったものの進出前から黒田氏は不安を抱えていたという。というのも、マネーフォワードの当時の社外取締役が発した「エンジニア採用に関して福岡はすでにレッドオーシャン」というひとことが頭の片隅に残っていたためだ。

その不安は現実のものとなる。開設当初は即戦力となる中途採用者がなかなか集まらず、一時期は学生インターンのほうが多い状況となった。認知度向上を図るため、ITエンジニアを対象にした勉強会やセミナーイベントや行政の施策に積極的に参加し、福岡進出の周知に注力した。

並行して学生インターンや第二新卒の育成にも注力し、リファラル採用のケース等も現れた。地道な認知活動と、人材育成が功を奏しコロナ前には安定的に採用できるようになり、目標としていたヘッドカウントを達成できるようになっていった。

人材採用が軌道に乗りオフィスも拡大

人材採用が軌道に乗ると共に、オフィスも規模を拡大する必要がでてきた。2017年12月に福岡開発拠点の立ち上げは黒田氏と新卒3年目の若手社員の2名が在籍するのみで、わずか2席分のシェアオフィスからスタートした。

その後、福岡市に先行して進出していた営業部門と合流し本格的にオフィスを構えることに。2018年にワンフロア約60坪のオフィスビル「福商会館」3階へ移転した。黒田氏によると「当時天神ビッグバンが始動し、既存ビルが次々と解体され、空室が枯渇していたため移転先探しに3-4カ月程度かかった」と当時の苦労を振り返る。オフィスを開設したことで採用人数が順調に伸び、2020年11月には「福岡大名ビルⅡ」5-6階、2フロア合計100坪を賃借することになった。

現在も含め、オフィスはいずれも大名エリアに立地する。黒田氏によると「福岡市のオフィス街は博多駅前と天神・大名エリアに二分される。駅前は金融系など歴史ある企業も多い印象のオフィス街だ。一方で 若者が集まってくる天神・大名エリアは当社のようなスタートアップがターゲットにしていたITエンジニアやデザイナーの採用に優位性があり、なおかつ当社のカラーにも合っていた」ことが大名エリアにオフィスを構える理由だという。

エンジニアの働きやすさを追求した拠点コンセプト

2021年にはエンジニアが働きやすい環境づくりや成長につながる取り組みに注力している企業を表彰する「エンジニアフレンドリーシティ福岡アワード」を受賞

福岡開発拠点のコンセプトは「Move Forword.」。Fintechは、レガシーな金融サービスを変えていく"挑戦"。大きな山を動かすために、テクノロジーとビジネス両輪で大胆に動こう。という意味だ。

同社では企業文化の浸透を促す担当者「VPoC(Vice President of Culture)」とともに拠点コンセプトを策定。メンバーが大切にしている価値観を引き出し、言語化したもの。これは拠点の文化の軸となっている。

メンバーに帰属意識を感じてもらえるように会議室の名称、MissionやVisionをイメージさせる壁面のグラフィックでも福岡らしさを随所に取り入れている。さらに、ビジネス部門と開発部門の異なる事業部がコミュニケーションを深めることができる開放的な執務環境になっていることが特徴だ。2021年にはエンジニアが働きやすい環境づくりや成長につながる取り組みに注力している企業を表彰する「エンジニアフレンドリーシティ福岡アワード」を受賞している。

コロナ禍で人材採用市場が変化

福岡開発拠点の主目的であった人材採用について、コロナ禍を受けて変化がみられるようになっている。前向きな変化ではUIターン転職者の採用が増加したことが挙げられるが、半面、フルリモート採用との競合が厳しくなっているという。

同社では2018年からUIターン転職者に対して入社後に一律50万円を支給するリロケーションキャンペーンを実施。2018年にキャンペーンを実施して以来、2年間は利用実績がなかったが、コロナ禍以降、利用者数が伸びており、人材採用の追い風となっているようだ。

一方、黒田氏は「特にエンジニアやデザイナーで顕著だが、コロナ禍以降フルリモート採用が定着し、福岡市に住みながら東京の高額オファーに応募できるようになり、人材採用競争が厳しくなっている」との認識を示す。

地方拠点を成功に導くマネーフォワードの考え方

マネーフォワード 執行役員 福岡開発拠点長 Pay事業本部本部長 黒田 直樹氏

地方拠点の意義や独立性を確保し、メンバーのモチベーションをいかに喚起するか。本社オフィス同様に当事者意識をもって業務に励むことができる環境づくりが最も重要

「地方拠点」と聞くと、本社オフィスを補完する支社に位置付けられそうなものだが、同社の福岡開発拠点が成功したのは「本社と対等でありながら自分たちの特長を打ち出して、独自にプロダクトを開発している」(黒田氏)点にあり、この成功によって京都市や名古屋市、ベトナムに同様の開発拠点を整備することに繋がっている。

黒田氏は「業種や採用する職種によってケースバイケースだが、当社のようなソフトウェアエンジニアやデザイナーをターゲットに人材採用を行う企業では、本社オフィスの補完的存在として地方拠点を位置づけるとうまくいかないと思う。地方拠点の意義や独立性を確保し、メンバーのモチベーションをいかに喚起するか。本社オフィス同様に当事者意識をもって業務に励むことができる環境づくりが最も重要ではないか」と指摘する。

地方拠点でありながら本社と変わらない役割と責任が与えられている。福岡開発拠点では2021年9月にSaaS基盤を活用したFintechサービス「マネーフォワード Pay for Business」を開始。同サービスの決済手段として、ウォレット残高からカード払いができるビジネス向けプリペイドカード「マネーフォワード ビジネスカード」を提供している。今後は、給与等のデジタル送金への対応や法人取引における銀行振り込み等の簡略化など、新機能の開発も視野に入れている。

また、福岡開発拠点で採用された学生インターンのなかで、新卒入社2年目で名古屋開発拠点長に抜擢されるなど、同社の成長を担う人材を輩出することにも成功。優秀な学生インターンを教育してから新卒採用する人材育成手法も高く評価されている。

企業のオフィス戦略に詳しいJLL日本 オフィス リーシング アドバイザリー事業部 ディレクター 柴田 才は「労働人口が減少していく日本において、企業が持続的に成長していくためには優秀な人材の確保が重要なテーマになっており、オフィス戦略の主要テーマに人材採用を掲げる企業が急増している。東京での採用競争が激しさを増す中、地方に目を向けるのは必然。その時、“いち支店”ではなく、“本社と同じ位置づけ”にすることで多様な働き方を望む優秀な若手人材獲得につながる」と指摘する。

これまで以上に地方都市へ目を向ける企業が増えていきそうだ。

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