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高級ホテル、ビルインタイプがなぜ増える?

訪日外国人観光客は右肩上がりで増加し、日本の観光産業は更なる成長を見せようとしている中、高級ホテルの供給数が限定的なのは単独開発による「採算性」の問題だ。

2018年 04月 03日

高級ホテル数が都市力の指標に

2019年に開催されるG20サミット首脳会議の大阪開催が決定したが、同じく立候補していた福岡市の落選理由を「ホテル不足」とする一部報道(西日本新聞など)もあり、高級ホテルの充実度が都市機能を計る1つの指標となっていることは明らかだ。他方、日本の観光産業の更なる成長に向けて、海外の富裕層を惹きつける高級ホテルの数が海外に比べて相対的に不足していると有識者の指摘も目立つ。訪日外国人観光客は右肩上がりで増加し、日本の観光産業は更なる成長を見せようとしている中、なぜ高級ホテルの供給数は少ないだろうか。

外資系高級ホテルを多数誘致してきたJLL日本 ホテルズ&ホスピタリティ事業部 副部長 寺田八十一は「ホテル宿泊需要は週間・月間での変動性も高いうえ、日々変化する宿泊料金に合わせて需要も伸び縮みするため、ホテル客室が足りる/足りないについて議論するのは容易ではない」と前置きしつつも、昨今のホテル需要に起こった大きな変化を次のように解説する。

「ここ5年間でインバウンドが急増したが、彼らの目的はレジャー主体。これまで東京の宿泊ニーズを支えていたのはビジネスユースであり、客室はシングルルームを利用する。しかし、レジャー目的のインバウンドは複数人で宿泊するうえに、連泊で荷物も多く、広い客室を求める。高級ホテルが足りないというよりは、広い客室が相対的に不足しているというのが正確な表現になる。この点については供給が追い付いていないともいえる」

採算重視の宿泊特化型が主流

とはいえ、ホテルの開発自体は決して少なくない。日本屈指の商業エリア・銀座等を街歩きするとおわかりになるかと思うが、ホテル用途の建設工事が都心のいたるところで進められている。ところが、これら新規供給されるホテルのほとんどが「宿泊主体型ホテル」と呼ばれるもの。自社運営の料飲施設を持たず、チェックイン・チェックアウトの自動化を進める等、宿泊機能を主体にしたホテルでビジネスホテルが該当する。レジャー向けではないシングル主体のホテルばかりが増加しているのだ。寺田は「不動産ビジネスとしての判断」が大きな理由だと指摘する。

「フルサービスを提供する高級ホテルのコンセプトを体現するためには、料飲施設をはじめ、宴会施設やフィットネス・スパ施設等の収益性が必ずしも高くない付帯設備を数多く整備する必要があり、また手厚いサービスを提供するにはホテルスタッフの数も多くなって、必然的に収益を生まない事務所スペースも増える。結果、商業施設、オフィス、レジといった他の用途と比較して床面積当たりの収益性が低くなってしまう。東京のみならず、地方都市ではさらに採算がとれないのが現状だ」

そのため民間任せのホテル開発は採算性が見込める宿泊主体型ホテルが主体になるのは自然な流れといえるだろう。

高級ホテルはビルインタイプへ

G20などの国際会議の誘致を目指す行政としては高級ホテルの整備は喫緊の課題でもある。スタンドアローンのホテル開発は採算性の問題から供給量は伸び悩みそうだが、半面、大規模再開発と一体化した「ビルインタイプ」の高級ホテル開発が主流になりつつある。2018年秋開業予定の「プルマン東京田町」は複合型大規模再開発「(仮称)TGMM芝浦プロジェクト(施設名称:msb Tamachi)」内に開業する。2019年完成予定の「ホテルオークラ東京本館建替計画」は高層部分(地上8階~25階、延床面積約64,000㎡)をオフィスとする。また2020年春開業予定の「(仮称)OH-1計画」ではB棟上層階(地上3階、34階~39階、延床面積約25,578㎡)に「フォーシーズンズホテル」が出店を発表している。これらはいずれもオフィスや住居、商業施設との複合開発で、床面積の割合から見てもホテル主体とはいえない。

ビルインタイプが増える主な理由として「容積率の緩和」が享受できるためだ。寺田によると「都市の利便性・ブランド価値を高めるために行政サイドは高級ホテルの供給を期待しているが、単独開発では採算が合わない。そこで容積率の緩和を促しホテル開発に誘導している」という。スタンドアローン(1棟ホテル)もこの動きを追随する。2012年に建替えられた「パレスホテル東京」は旧パレスホテル時代から客室数を減らした他、グランドプリンスホテル赤坂跡地の再開発で誕生した「東京ガーデンテラス紀尾井町」も同様に延床面積約22,7000㎡のうち、半分はオフィス用途とである。また現在建替え中のホテルオークラは客室数こそ増加するもののオフィス・住宅用途との複合開発となる。

事業主、ホテル運営会社、行政それぞれにメリット

高級ホテルの新規開発案件の多くは運営ノウハウを提供する運営受託契約(MC)であり、出店機会が多いほどフィーが積み上がる。ホテルを誘致するデベロッパーは街づくりにおける利便性向上とブランド化を進めることができ、行政にとっては都市インフラが充実。三者三様にメリットがある。加えて、寺田は「従来型の賃貸借契約に基づく賃料収入よりもMCのほうが収益のアップサイドが狙えると判断するデベロッパーも増えており、ホテル側はパートナーを見つけやすい状況になっている」と指摘。東京、大阪、京都、福岡等は「機会があればぜひ進出したい」とホテル側は虎視眈々と窺っている。

ホテル側の出店意欲は引きも切らないが、デベロッパーは再開発の「目玉」として話題性の高い「日本初進出ブランド」を志向するケースも少なくない。寺田は「大手ブランドだけでなく、中堅まで含めると日本未上陸のホテルブランドは多数存在する。国内ホテル会社も含めると出店候補は多数に及ぶ」と説明する一方、注意点にも言及する。

「特に外資系高級ホテルは世界中に出店しており、数多くの契約数をこなしている。一方、デベロッパー側の担当者はホテル開発やMC契約交渉に関する経験が少ないケースが多い。ホテル会社とデベロッパーが直接相対で運営受託契約を締結しようとすると、ホテル有利の『不平等契約』になることもありえる」

行政の期待を背景に、高級ホテルの誘致はこれまで以上に進みそうだが、日本の商慣習、外資系ホテルの出店戦略の双方に深い理解を持つ「仲介役」が不可欠といえそうだ。

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