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オフィス戦略に柔軟性をもたらす「特約条項」の効果

定期建物賃貸借契約(定借)が主流になりつつある日本のオフィスマーケットにおいて、普通建物賃貸借契約(普通借)に慣れてしまった多くの日本企業は定借満了時に思わぬ不利益を被ることがある。

2018年 08月 27日

定借には「柔軟性」がない

入居時にオーナーから提示されたのは定期建物賃貸借契約だった。相場よりも割安な賃料に惹かれ、5年契約で入居したメーカーA社。しかし契約満了が近づき再契約の交渉に臨んだ際、オーナー側から提示されたのは現行賃料から30%超の賃上げだった。移転したくても目ぼしいオフィスが見つからない。退去期日が迫る中、泣く泣く賃料値上げを受け入れる他、解決策が見出せなかったようだ。

空室が枯渇する現在のオフィス市況において、こうした再契約に苦慮するテナントが増えているという。

日本のオフィス市場において一般的な契約形態は普通借だった。解約の正当事由がなく、テナントから解約の申し出がない限り賃貸借契約は基本的に自動更新となる。一方、昨今のオフィスマーケットでは特にAグレード物件においては、契約期間を定める定借が主流になりつつある。こちらは契約期間の満了を迎えると新たな契約を締結する必要があるため、オーナー・テナント双方が改めて条件交渉を行わなければならない。オーナーは主としては市況を鑑みて新たな入居条件を提示でき、希望にそぐわなければ他のテナントに賃貸すればいい。オフィス市況が活況なら新規テナントを誘致したほうがより魅力的な賃料を得られる可能性があり、築年が経過した建物なら将来的な建替えに備えて入居テナントの整理ができるというわけだ。この定借の普及によって前述したメーカーA社のような事態に直面するテナントは少なくない。普通借に慣れ切った日本企業は契約時に定借で被るテナント側の将来的な不利益を想定できていないことが大きな理由だ。

外資系企業が特約を重視する理由

では、定借文化が定着している外資系企業の場合はどのように対応しているのか。日本で事業展開する外資系企業のテナントレップを担当するJLL日本 テナントコンサルティング 牛島洋によると「外資系企業は定借で契約期間を縛られると事業のフレキビリティが損なわれることを最も嫌がる。そのゆえ賃貸借契約において特約条項を強く求める」のが当然のスタンスだという。特約条項とは、あらかじめ用意された契約書の条文以外の事項について、オーナー・テナント双方の合意によって新たに規定した条件を指す。テナント側から見れば「オーナーと交渉して自分に有利な契約内容を追加してもらう」ことといえるだろう。牛島は「具体的な特約条項は『中途解約権』や『優先増床権』、『賃料CAP』、『競業避止』等が求められる」と説明する。

以下は主な特約事項となる。外資系企業にとってはポピュラーなものだが、日本企業にとっては初めて目にするものもあるのではないか。

●中途解約権

定借期間の途中でもテナントから解約を申し入れることができる。事業の拡大・縮小に合わせてオフィス床を迅速に見直すことが可能になる。

●優先増床権

同一ビル内に空室が発生すると優先的に入居の検討期間を与えられる。急速に事業が拡大しても同一ビル内にて増床の可能性が開ける。

●賃料CAP

定借の再契約時に賃料の上限幅をあらかじめ決めておくことで、テナントとしてはビジネスプランが立てやすくなる。

●競業避止

テナントの入居審査はオーナーが決定権を持つが、競合企業を同一ビル内に入居するのを防ぐことができる。牛島によると「地方はオフィスビルの数が限られているので難しいが、都内ではオーナーに打診するケースは少なくない」という。

●その他…原状回復の免除、保証金の銀行保証など

牛島は「日本企業はこうした特約条項が存在することさえ知らないケースがあり、定借で被るテナント側の将来的な不利益を想定せずに契約してしまっていることが多い」と指摘する。

特約を勝ち取るには…

オーナーが提示する賃貸借契約には基本的にテナントのフレキシビリティを認めていないと思われるものが散見される。特にオフィス市況がオーナー優位の状況であれば特約条項を獲得するのは難しい。しかし牛島は「交渉の進め方次第ではテナントに有利な特約を獲得できるチャンスはある」と言う。クライアントによってオフィス戦略は様々なので、テナントコンサルティングは各クライアントのビジネスプランに沿ったオフィス戦略を実現させるための特約条項の獲得を目指している。

牛島は「多くの日本企業は外資系企業に比べて賃貸借契約におけるフレキシビリティを重視してこなかった傾向がある」と振り返る。しかし、定借が普及した現在、今後は「オーナーとしっかり交渉する」ことを学ばないと冒頭に登場したA社のような苦労を味わうことになりかねない。これまで以上にテナントレップに寄せられる期待は高まりそうだ。

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