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IRのポテンシャルを最大限引き出す大阪の優位性

観光庁が2019年9月に実施したIR意向調査で「申請予定または検討中」と回答した自治体は8地域。早期から誘致を表明していた大阪府・市、横浜市、和歌山県、長崎県の他、検討段階にある北海道、東京都、千葉市、名古屋市が名を連ねる(北海道は11月27日に認定申請を断念する方針を表明)。どの地域が当初3カ所に限定されるIR整備地に選定されるのか注目が集まるが、大阪府・市はIRのポテンシャルを最大限に引き出せる優位性を備えている。

2019年 12月 16日

IR誘致レースを牽引する大阪府・市

不動産関係者も注目するIRの行方

2025年の大阪万博開催前のIR開業を目指して国の基本方針が策定される前から事業会社の公募を開始した大阪府・市。2013年12月にIR推進法案が議論されたことを受けてIR立地準備委員会を設立し、早くから有力候補地として認識されていた。

一方、2019年8月、それまで静観していた横浜市がIR誘致方針を決定したことで誘致合戦は一気にヒートアップしていく。地元の港湾関連団体が反対の姿勢を打ち出しているものの、大阪府・市で開発事業者として参入表明していた米国のラスベガス・サンズや香港のメルコリゾーツ&エンターテイメントなどが横浜への事業参入に方向転換する等、いまやどの自治体がIRを誘致できるのか、不動産関係者も固唾を飲んで見守っている状況だ。

IR誘致で圧倒的に有利な大阪

豊富な後背人口と交通アクセス性が魅力

個人的な見解だが、IRのポテンシャルを最大限引き出せるのは圧倒的に大都市圏が有利だと考えている。最大の理由は豊富な後背人口を抱えている点だ。集客力と労働力をいかに安定的に確保するか。この2つがIRを安定的に運営していくために必要不可欠である。

集客力については交通利便性が最重要視される。例えばMICE(会議・コンベンションを核とする集客ビジネス)を企画・実施する際、羽田空港や関西国際空港といったハブ空港の有無が集客に大きく作用する。これが地方都市であれば最寄り空港の就航都市数や就航航空会社数に限りがあり、MICE関連業者がそのIRを候補地として選択しにくくなる。空港のキャパシティやエアルートの少なさは集客に不利となり、MICE講演者・出席者の到着遅延に対する振替便確保も行いにくい。

加えて、空港からの2次交通(鉄道やバスによる都心部へのアクセス)のバックアップ体制などを鑑みれば、数万人規模の集客を目指す国際カンファレンス等を企画するイベントプランナーが地方都市のIRを敬遠する可能性は低くない。

一方、IR全体で働くスタッフ数は数万人単位になるため、労働力を確保しなければならない。米国ラスベガスのように居住人口が著しく少ない地域に開設したIRが大成功を収めた事例はあるものの、スタッフ用の宿舎を別途整備することになり、運営収益を圧迫してしまう。日本版IRでは売上に30%のカジノ税が課せられ、巨額初期投資に見合った収益を上げることが難しくなっている中で、追加的な投資負担はできるだけ避けたいところだ。

シンガポールやマカオのIRが成功した理由は近隣に一定数の居住人口が存在していたためだ。労働力を容易に確保できる他、365日フル稼働させるのが困難なMICEの不足分を補うため、地元住民にカジノやナイトエンターテイメントを楽しんでもらうなど、地元住民の営業面でのサポートも必要不可欠になる。

地方都市は都心部に比べて人口が少なく、地域によっては所得水準も異なる。IRの成功要件としては後背人口が重要な鍵を握ると考える。

IR誘致の競合少ない大阪府・市

万博とIRでインフラコストをシェアできる

これらの条件を鑑みれば大都市圏、なかでも東京都、横浜市、千葉市のような強力な競合相手が多い関東圏に比して、競争が少ない大阪府・市はIRの成立要件が整っている最有力候補だといえるだろう。

集客を左右する交通アクセス面では、関西国際空港のみならず、伊丹空港や神戸空港の活用が視野に入る。大阪府・市でIR開発・運営事業者に名乗りを挙げているオリックス・米国MGMインターナショナル・リゾーツ連合が有力候補のひとつであるが、オリックスは仏ヴァンシ・エアポートと合弁会社「関西エアポート」を設立。関西3空港のコンセッション権を有していることからIRとの連携に期待が持てる。

加えてIR候補地の夢洲へは神戸方面からの海路整備や既存鉄道の延伸計画も浮上する。懸念は交通インフラの膨大なコスト負担となるが、例えばJR桜島線の夢洲延伸における見積もり費用は1,700億円とされている(うち200億円をIRコンソーシアムが負担する方針)が、2025年に大阪万博の開催が控えており、IRと万博、2つの大型プロジェクトでコストシェアできるのが大きな強みとなる。

一方、地方都市の場合、地方の鉄道にありがちな単線路線は輸送量が少なく、空港からの2次交通網も脆弱であることが少なくない。また、降雪地帯では雪による空港便の欠航というリスクがあるため、冬季に「雪」という資源を活用して大型カンファレンスを実施するイベントプランナーにとっては不安要素を抱えることになる。

IRによる大阪ホテルマーケットへの影響

ビジネスホテルには追い風に

IR誘致による地元ホテルマーケットへの影響はどうか。IR整備法施行令によるとIR中核施設の要件として「ホテルの客室面積10万㎡以上」であることが決定しており、1部屋あたりの平均面積を33㎡-55㎡とすれば総客室数2,000室-3,000室が新規供給されることになる。ホテルニューオータニ(東京)の客室数は約1,500室、帝国ホテル(東京)は約1,000室であり、日本に存在する既存高級ホテルの客室数を軽く凌駕する施設規模となることが予想される。

新規供給と民泊の増加による影響で、2019年6月末時点の1室当たり大阪ビジネスホテルの客室売上は前年同期比で約5-10%下落している。一方、新規供給数が限定的なシティホテルは売上が数%増加している。その後顕在化した日韓関係悪化による韓国人観光客激減を鑑みれば、大阪でのホテルパフォーマンス成長は当面鈍化せざるを得ない。

こうした中、インバウンドの取り込みに寄与するIRへの期待はこれまで以上に高まっていくだろう。仮に大阪府・市がIRの誘致に成功した場合、開発・運営事業者や工事関係者の宿泊需要増は容易に予想できる。足元が弱含みのビジネスホテルマーケットにとっては良い追い風となるだろう。

また、IRで開設されるホテルは4ツ星以上の高級ホテルとなる見込みで、ビジネスホテルとはそもそも客層が異なるため、直接の競合先になるとは考えにくい。

IRで新たに供給される大型高級ホテルが既存シティホテルの宿泊需要を吸い上げてしまうのか、はたまたIR来訪客の宿泊需要がIR内ホテルでは収容しきれずに既存ホテルに流出するかは、まだ何とも言えない。カジノ施設を含めて魅力的なコンテンツを安定的に提供し多くの集客を実現できるかどうかにかかっている。どの開発・運営事業者が選ばれるにせよ、その手腕に期待したい。

(JLL日本 執行役員 ホテルズ&ホスピタリティ事業部長 沢柳 知彦)

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