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「多様化」進む海外投資家の投資戦略

日本の不動産マーケット。最大の課題は「モノ不足」に他ならない。投資適格物件が枯渇する中、海外投資家の投資戦略に大きな変化が見られるようになってきた。キーワードは「3つの多様化」だ。

2018年 11月 05日

海外投資家が日本市場を好む2つの理由 - 多様化する投資戦略

JLLの調査では、2018年1月―9月期の日本の商業用不動産投資額(速報値)は前年同期比4%増の3兆930億円、第3四半期は前年同期比10%増の8,420億円を記録。2017年第4四半期以降、依然として取引の拡大傾向が継続していることが判明した。購入者属性別割合を見るとJ-REIT勢の存在感が際立っているが、海外投資家の割合も18%(第1四半期)を数える。2018年第2四半期では韓国のハンファ投資証券とハナ金融グループのSPCが「品川シーサイド」の「日立ソリューションズタワーB棟」の取得事例が見られた。

海外投資家が日本市場に注目する理由は多岐にわたるが、主な理由として「魅力的なイールドギャップ」と「良好な資金調達環境」が挙げられる。物件売買を行うチームで投資市場の調査・分析を担うJLL日本 キャピタルマーケット事業部 内藤康二は「Aグレードオフィスと10年国債との利回り差を表すイールドスプレッドを比較した結果、東京は285bps、大阪は325bpsとなり、他の主要マーケット(例えばニューヨークは86bps等)を大きく引き離す、世界的に見て魅力的なマーケットだ。そして公定歩合のボラティリティが大きい他国に比べて日本は極めて安定しているため、海外投資家からの引き合いが強まっている」と説明する。また資金調達環境では、日本は借入比率(LTV)のレンジが50%-75%でありながら1%未満の低金利での借り入れが可能で、他国に比べて圧倒的に資金調達がしやすい。内藤は「シドニーではLTVのレンジは40-50%にも関らず、4%弱の金利が発生する」と指摘。ロンドンやニューヨーク、上海、香港、シンガポールといった他の主要マーケットも2%以上の金利となる。この2つの点からも海外投資家の目が日本へ向く理由が十分に理解できる。

取得ルートを新たに開拓する海外投資家 - 多様化する投資戦略

一方、海外投資家にとって魅力的に見える日本市場だが、唯一といえる参入障壁が「モノ不足」といえるだろう。低金利下で資金調達や借り換えが容易な現状では、保有資産の売却を急ぐ理由が見当たらない。目ぼしい投資適格物件があれば投資家が殺到し、その結果価格が高騰することも投資環境を狭める要因となっている。投資しやすい環境にありながら、取得できそうな物件が少ない…こうした中、海外投資家は投資戦略の見直しを進め、新たな手法で物件取得の道を探り始めているというのだ。こうした動きについて内藤は「3つの『多様化』がキーワード。『取得先』と『投資対象』に加え、新たな投資戦略として『協業(パートナーシップ)』を模索する等、新たな投資先を開拓している」と解説する。

「取得先」については相対取引や入札案件が一般的だが、一般事業会社からのセール&リースバック案件や、ポートフォリオ入れ替えに伴うJ-REITの物件放出を新たな取得先と見据えている。前者には2017年12月に渋谷区の「日本アムウェイ本社ビル」をブラックストーンが取得した事例があり、後者は同じく2017年12月、大和証券オフィス投資法人が保有していた「新宿マインズタワー」の持分をシンガポール政府投資公社が625億円、利回り3%で取得したのが好例だ。

内藤は「最近は少なくなったが日本の物件を保有する海外上場REITを丸ごと取得するバイアウトも含めて、海外投資家は投資案件の開拓意欲が非常に旺盛」と指摘する。取得先となるターゲットエリアはこれまで投資の中心とされてきた東京や大阪だけにとどまらず、地方にも目をむけている。具体的にはゲートウェイ都市と呼ばれる名古屋や福岡をはじめ、オフィス稼働率が良好な札幌や広島といった地方中核都市、そしてインバウンド特需で台頭した北海道ニセコや沖縄といった観光地も、特にホテルの投資先として再脚光を浴びている。

オルタナティブ アセットへの投資を検討 - 多様化する投資戦略

「投資対象」については、オフィス、リテール、レジデンシャル、物流施設、ホテル等のいわゆる伝統的アセットの価格高騰、それに伴うキャップレートが低下している中、なかなか優良な投資機会に恵まれない。そうした状況下にあって海外投資家が希望を見出しているのが『オルタナティブ アセット』と呼ばれる新たな投資セクターだという。データセンターやセルフストレージ、学生寮等が代表例となり、日本の社会構造とリンクし将来的な需要増が見込まれている。例えばデータセンターはビッグデータやIoTの活用が進むことで通信トラフィック量が爆発的に増加しており、底堅い需要が見込める。セルフストレージは都心部における狭小な住環境を背景に、荷物の保管場所を求めるニーズは高い。内藤は「貨物コンテナを利用した屋外型ではなく、米国のように居住空間を含めた複合的な施設が日本でも展開され始めており、海外投資家にとっても魅力的な投資対象となりえる」の見解を示す。また学生寮は少子化を補って余りある留学生の増加が見込まれ、居住者の交流を促すカフェスペースや清潔感溢れる食堂、シネマルーム等を備えるハイスペックな学生寮に対する需要は拡大傾向にある。内藤は「収益面でも一般的なレジデンスよりも高利回りが見込めるだろう」と述べている。

直接投資以外の道を模索 - 多様化する投資戦略

そして「協業(パートナーシップ)」については、開発や街づくりについて国内デベロッパーや行政との協業を模索する海外投資家が投資機会を伺っているという。例えば、マレーシアの大手デベロッパーであるセティア インターナショナル ジャパンは大阪・泉佐野市と「りんくう中央公園」においてMICE機能を含めた複合施設開発について本契約を結んだが、2018年7月27日にIR(統合型リゾート)整備法が公布されたことに伴い、IRの開発・運営ノウハウを蓄積している海外事業者による日本投資の活性化が期待されるなど、直接投資以外でも日本市場への参入を図る海外投資家の姿も散見される。その他、海外のソブリン系ファンドなどは、日本の不動産に投資するコアファンドなどへ出資し、間接的に日本への投資を進める動きも見られる。

世界の主要マーケットと比較して海外投資家の投資割合が低いとされる日本だが、その状況は近い将来、大きく変わるかもしれない。