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「年金2000万円不足問題」から日本不動産市場の行方を読み解く

公的年金だけでは老後生活で2000万円が不足する―国民全員を巻き込んで大騒動となった「年金問題」を契機に注目が集まっているのが公的年金の運用方針である。これまで国債中心に「手堅い」運用を維持してきたが、少子高齢化によって保険料を納める現役世代の負担が拡大していることを受け、2017年に海外の公的年金に倣って不動産投資を解禁。「年金問題」をきっかけに、日本の不動産市場の行く末を考察した。

2019年 07月 19日
A wife carrying a breakfast for her husband

「世界最大の公的年金」が不動産市場の透明度向上に寄与

年金受給世代の高齢者が増え続ける一方、保険料を支払う現役世代(若年層)は相対的に減少する。このような人口構造に陥った日本において年金制度を現行通り維持することは容易なことではない。少子高齢化という根本的な原因を解決できない限り、その永続性には疑問符が付くが、短中期的対応策としては次の2つが考えられる。1つは年金の支払い額カット、または保険料の増額等の負担を国民に求めること。ともに、現状、国民の同意を求めるのはとても困難な模様である。

そして、もう1つは年金の運用を見直すことであり、すでに実行段階にある。国民年金の運用を担う年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は2014年に運用方針を転換した。これまでローリスク・ローリターンの国債を中心に投資していたが、2017年から株式投資比率の拡大、オルタナティブ資産(インフラ、未上場株、不動産)への投資を新たに開始している。

GPIFの運用実績は比較的好調であることが窺える。2018年度の運用収益率は1.52%。最終利益は約2兆3,795億円となった。2019年3月末時点の不動産投資の時価総額は1,249億円(国内不動産704億円、海外不動産545億円)となり、今後も不動産投資を進めていくという。投資実績として、米国ボストンのオフィス/R&Dセンターや国内の都心大型商業施設・物流施設を組み入れたファンド、国内私募REIT等に投資している。

世界各国の公的年金は不動産投資に積極的

GPIFのような公的年金がミドルリスクの不動産へ投資することによる批判はあるが、従前のGPIFの「国債至上主義」は諸外国と比較すると奇異に映る。例えば、2017年末に渋谷区の商業施設5棟に投資したノルウェー政府年金基金(GPF-G)を筆頭に、シンガポール政府投資公社(GIC)やアブダビ投資庁(ADIA)、米国のカリフォルニア州職員退職年金基金(CalPERS)等、不動産投資を行っている公的年金は多数存在する。また、GPIFの運用改革の参考例と目されているのが1997年に設立されたカナダ年金制度投資委員会(CPPIB)だ。日本への不動産投資実績もあり、GLPとともに物流施設開発へ合弁事業投資している。

CPPIBが不動産投資を開始した経緯は年金運用難に陥ったためである。運用改革を断行し、債権のみの投資方針から株式、インフラ、不動産等、ポートフォリオの多様化を推進した。その結果、運用益は大幅に拡大。2014年度の運用利回りは18.7%増、直近2018年度でも8.9%増を記録する等、GPIFの運用実績とは大きな差が見られる。こうした海外の公的年金を参考にすると、GPIFは投資改革によってこれまで以上に運用実績を改善していくことが可能であり、分散投資によるリスク対策をこれまで以上に進めていくことは「年金危機」が叫ばれる日本には避けては通れない道といえるだろう。

資産1%を投資しても3兆円が不動産市場へ 

GPIFの投資改革は年金の補てんのみならず、日本の不動産市場全体に多大な恩恵を与える点こそ長期的に見て日本経済の底上げに寄与するだろう。

海外の主だった年金基金・政府系投資機関における不動産投資比率は総資産額の3%から10%程度のレンジにある。GPIFの運用資産は約159兆円。「世界最大の公的年金」と呼ばれる所以だが、その資産全体の5%を上限に不動産を含むオルタナティブ資産の運用を行うことが認められている。そのうち1%が不動産へ投資されたとしたら、その額は約1.5兆円と途方もない金額となる。現在現物投資は行っておらずファンド投資が主体だが、借入比率50%と仮定しても総額約3兆円が不動産市場に資金流入することになる。JLLが調査した日本不動産市場における商業用不動産の2018年通年の総取引額4兆110億円に迫る勢いである。

また、日本を代表するGPIFが不動産投資に乗り出し、一定の成果を上げていることが周知されることで、国内の企業年金等もこの動きに追随することが想定される。分散投資によるリスクヘッジは必要不可欠であり、GPIFの投資改革を規範として不動産への投資割合を一定水準まで高めていくことが容易に予測される。

ESG投資を重視、透明度向上し魅力的な不動産市場へ

GPIFをはじめとする年金基金の参入は、不動産市場にとって明るい話題となる。巨額の資金が投じられるため市場が活性化するのは言うまでもないが、コンプライアンスを重視する年金基金が不動産市場に対して一定のイニシアチブを持つことで市場に対して高い透明度を要求することが予想され、日本不動産市場の最大の欠点とされる「流動性の低さ」の改善に寄与するだろう。上場REIT・私募REITを中心とした証券化市場の市場規模(2018年3月末時点)は約17兆円だが、国交省は2020年頃までに市場規模を30兆円まで拡大させるとの目標を打ち出しており、これらが公的年金の受け皿になりうる。小口化された不動産が公平で開かれた市場で売買可能になることで流動性はさらに高まり、ESG投資(環境・社会・企業統治へ配慮した投資)の機運の高まりを受けて、社会的に貢献度の高い不動産への投資が進むことも予想される。JLLでは世界の主要不動産マーケットの「投資のしやすさ」をランク化した「不動産透明度調査」を実施・発表しているが、ESG投資と深い関連性があるサステナビリティも透明度を計る重要な項目となる。

少子高齢化という危機が公的年金の運用改革を加速させ、不動産市場の活性化及びその透明度を改善するタイミングを得たともいえる。そしてESGの観点から社会貢献に寄与する健全な不動産市場の形成を後押し、ひいては日本経済のけん引役として不動産市場が発展することを期待したい。

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