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新型コロナウイルスでアパレル産業に変革の波

新型コロナウイルス感染拡大によって世界的に外出自粛が広がったことで、アパレル産業は様々な対策が講じられ、社会的意義のある取り組みもみられるようになった。パンデミックという未曽有の危機が図らずもアパレル産業の進化のきっかけとなるかもしれない。

2020年 05月 27日
変化に対応するアパレル産業

コロナ禍を経てアパレル産業は「爆速」で変化している。  

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、世界中の多くの人々が外出自粛命令(要請)に従ったため、カジュアルな服装、いわゆる「部屋着」以外はほとんど不要不急となったことで、わずか数週間でアパレル業界のあらゆる様相が一変した。  

この前代未聞の課題に対応するための「参考書」は存在せず、多くのアパレル産業は大打撃を被った。しかしこの機会を捉えて従前の商習慣から脱却し、顧客をワクワクさせる新しい営業活動を見出した企業も存在する。こうした企業は衣料製造のサプライチェーンやプロセスを見直すと同時に、eコマースへ販売チャネルをシフトさせる、いわゆるテレワーク仕様のウェアに特化し、店舗のレイアウト等を調整している。 

ヴォーグ誌が2020年4月に開催したパネルディスカッションにおいて、米大手百貨店の社長が「我々はニューノーマルとして認められるような方向へ進化する。そのためには、柔軟でなければならない」と発言したことも、これを示唆している。 

カスタマイズされたサプライチェーン

中国でいち早く工場が再開したことでアパレル製品が港湾に押し寄せた。パンデミックを背景に在庫が大きく積み上がり、保管を目的とした物流施設の短期的需要を生みだした。   

米国を拠点とするJLL サプライチェーン&ロジスティクスソリューションズ インターナショナルディレクター リッチ・トンプソンは「最終的に在庫を積んだ船舶が到着し、テナントは短期的な保管場所を探している」と指摘。一時的に倉庫需要が急上昇した。 

小売業者はロックダウン期間中、販売できなかった春物衣料の在庫を大量に抱えている。2020年内は衣料品の需要がどうなるかさえ、現時点では不透明のままだ。 

ビジネス・オブ・ファッションとマッキンゼー&カンパニーの共同予想レポートによれば、世界のアパレル業界の2020年の収益は前年比27-30%減となる可能性がある。  

トンプソンは「これは『失われたシーズン』となり、従前の『新学期』に該当する重要な『リテールシーズン』は期待できないため、調整が必要となる」との見解を示す。 

しかし、このようなミスマッチはパンデミック前から存在しており、一部の専門家の間では「コロナ禍がファッション業界の生態系が加速度的に進化するきっかけになるのでは」との見方もある。 

ファッション業界では長らく、レガシーシステムによりシーズン開始の9-12カ月前に発注することが求められてきた。  

「このためバイヤーが売れると予想した商品と実際に購入される商品にミスマッチが生ずることが多かった」とは、前述したヴォーグ誌のパネルディスカッションに参加したイタリアの百貨店のベテラン小売業者の発言だ。  

在庫を多く抱えると売りさばくために信じられないほどの値引きを余儀なくされ、続いて翌シーズンの品物を購入しなければならない。このメカニズムを維持することで、同様の問題に繰り返し直面することになる。  

小売業者の多くがeコマースに注力

ファッション小売業者は急速にeコマースへとシフトしている。米国では3月の実店舗の営業自粛と共にオンライン売上が急増した。調査会社コマース・シグナルズのデータによれば、4月末には実店舗での購入が激減する一方でオンラインチャネルの売上高が45%増加したという。  

米国を拠点とするJLL グローバル・リテール・リーシング・ボード 会長 デビッド・ゾーバによれば「世界各地の都市でロックダウンが解除される中でも、小売業者はオンライン売上拡大に専念しており、当面の危機が解消された後も消費者行動は変化しないと考えている。オンラインのプレゼンスが限定的だった多数の企業がその拡張を急いでいる」という。  

既にeコマースが軌道に乗っていた小売業者の多くはコミュニティを構築するバーチャルエクスペリエンスで顧客獲得をさらに進めている。例えば、中国のロックダウン中、ナイキはフィットネスアプリを使って自宅でできるワークアウトのコンテンツを提供し、eコマース売上を増加させた。第1四半期にはユーザーが80%増加し、デジタル売上30%増の原動力となった。 

一方、デジタルとリアルの相互補完的なチャネルを有するファッション企業は、消費者がオンライン注文した商品を実店舗で受け取ることから利益を得られる。オンラインと実店舗が支え合い、両方の資産をうまく活用してシームレスなエクスペリエンスを提供しているのである。 

流行は「テレワーク仕様のウェア」

パンデミックにより人々が自宅で仕事し、生活し、余暇を過ごす中で、着心地のよい部屋着に対するニーズがほぼ一夜で急増した。  

ゾーバは「ここしばらく人気が高まっていたアスレジャー(スポーツウェアを中心としたファッションスタイル)も、このより大きな進化の一部にすぎない。テレワーク中心の勤務体系は過去には存在したことのない状況だが、当分継続するだろう」と予測する。  

既にアスレジャー市場を席巻しているルルレモンは、長い期間をかけてラウンジウェアに進出してきた結果、売上が急増している。「ドレスパンツ ヨガパンツ」をうたい文句にソーシャルメディアに進出してきたオンライン小売業者であるベータブランドは、パンデミック発生当初に「WFM(ワーク・フロム・ホーム)」と銘打ったデジタルファッションショーを主催し、売上が着実に増加している。  

パンデミック前にラウンジウェアに進出していた確立されたアスレジャーブランドが勝ち組となる一方、他のブランドもこの分野の商品を投入し始めているのだ。 

実店舗の変化 

上海を拠点とするJLLリテール ディレクターであるマイケル・ボールは「ロックダウン解除後に店舗再開を成功させるには、安全性に対する明確なメッセージ発信、マスクをした販売員、買物客用の消毒薬の配備、頻繁な清掃、ソーシャルディスタンスの店内ルール、返品方針について細かく説明した表示などの目に見える安全対策の組み合わせが必要となる」と考えている。  

5月初旬に49カ所のモールを再開したサイモン・プロパティー・グループでは、飲食エリアのテーブルやエスカレーターの手すりなどの接触が多い部分を頻繁に消毒するようにし、買物客には要望に応じて無料で体温チェック、マスク、消毒薬を提供している。  

中国ではこうした安全対策が功を奏しているようだ。マッキンゼー&カンパニーのアンケートによれば、消費者の6-7割はパンデミック前の買物習慣に戻ると予想しており、1割が買い物量を増やす予定と回答した。ロックダウンを解除したヨーロッパの市場でも同じことが起こっている。 

JLL インターナショナルリテール ヴァイスプレジデント シャーロット・エルストブは「イタリアをはじめとする欧州市場では、安全衛生に関するガイドラインを明確に発信している店舗で消費者が活発に買物している。例えば、アップルは全消費者に宛てた再開手続きに関する書簡を発表し、グッチは全買物客に手袋とマスクを配布している」と説明する。  

顧客との関係性を再構築

新型コロナを機に、アパレルブランドは顧客基盤とのより深いつながりを求めて積極的な措置を講じている。  

エルストプは「売上第一主義ではなく、不透明感や不安の広がりを認識できる小売業者は、顧客との関係を維持し、再構築することができる。安心感を与えるコミュニケーションで、今は支出に慎重な顧客ともお気に入りのブランドとの結びつきを維持することが可能だ」と述べている。 

ラグ&ボーンの創設者マーカス・ウェインライトは、顧客宛のオープンレター形式の電子メールで共感を示し、ニューヨークを拠点とする同社が従業員と顧客の健康を最も重視していることを伝えた。同社は速やかに事業運営方法を変化させ、オンラインで前例のない大型の割引を実施すると共に米国を拠点とする製造業者にマスク生産を指示し、売上の一部をニューヨークの食料慈善団体に寄付した。  

ウェインライトが「この機会を捉えて成長し、誰もが以前よりも賢明かつ人間的になれることを期待しています」と発言している通り、新型コロナという未曽有の危機が、アパレル産業の進化を促すきっかけとなりそうだ。 

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