新型コロナウイルスが食料雑貨販売業の変化を促す
人々が新型コロナウイルス対策で外出を自粛している中、食料雑貨店のオンラインや実店舗では買いだめ・買いあさりなどの「パニック買い」が起きている。これまでになかった消費者の新たな需要に対し、食料雑貨店は急速に適応しようとしている。
食料雑貨の宅配と実店舗に求められる安全性
オンラインショッピング需要が急拡大
食料雑貨をオンラインで購入することは数カ月前には目新しく感じられたが、今や日常化している。
実店舗でもデジタル店舗でも品薄な状況は、新型コロナウイルスが世界中のコミュニティーやサプライチェーンに広範な影響を与えていることを象徴している。以前にはありふれた商品だったトイレットペーパー、清掃用品、飲料水、牛乳、肉類などが、急速に入手困難となった。
外出自粛令を遵守しながらこうした生活必需品を購入するためオンラインショッピングが注目を集め、食料雑貨宅配サービスの利用が加速している。Brick Meets Clickによれば、食料雑貨宅配や「クリック&コレクト(宅配ボックスなど、ネット注文商品を消費者が自ら受け取る場所)」回収サービスの米国家庭浸透率は31%(2020年3月23日-3月25日調査)へと上昇したが、わずか半年前は13%に過ぎなかった。
また、新規利用者も急増した。3月13日までの1週間で食料雑貨宅配を注文したアメリカ人の40%超が初めて利用したというのだ。
JLLリサーチ アメリカ大陸 ディレクター ジェームス・クックは「食料雑貨の宅配は新型コロナウイルス感染拡大以前にも成長が見込まれていたのが、現在の状況によって利用率は有機的成長をはるかに超えている。しかし新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大は、食料雑貨の実店舗に対するニーズも浮き彫りにした。食料雑貨の宅配サービスへと長期的な転換が予想されるものの、実店舗に完全に取って代わることはないだろう」と予測する。オンラインで注文してクリック&コレクトを使い実店舗で商品を受け取ることが見込まれる。
宅配急増も実店舗の買物客は減らず
宅配サービスが伸びているが、実店舗に訪れる買物客が減っているというわけではない。実際には反対の状況にあり、オンラインの品揃えが限定的なため実店舗の食料雑貨に対する需要が急増しているのだ。4月初旬頃に注文可能だった一部の商品は「5月末まで出荷されない」と通告され、他の商品は全く注文を受け付けていないのだ。
JLL インベスターリサーチ インダストリアル マネージャー ピーター・クローナーは「食料雑貨宅配が利用不能となる他、Eコマースプラットフォーム上の『売り切れ』表示の続出、供給を読み誤ったことで生じた一部オンライン注文のキャンセルなどは、今般の危機発生以前にはほとんど見られなかった」と述べる。
結果、多くの消費者は実店舗へ足をのばすことになった。このため食料雑貨店やEコマース企業は利用者の安全を確保するべく対応を急いでいる。
クローナーは「小売実店舗とその原動力となるサプライチェーンは、今や社会を安定させる非常に重要な存在となっている。デジタルと実店舗の商品棚に定番商品、とりわけ現状ではトイレットペーパーが補充されれば、正常化が示唆され、 精神安定剤的な役割を果たすだろう」との見解を示す。
食料雑貨店は前代未聞の事態に対応するべく採用強化
消費者が生活必需品の買いだめや買いあさりなど「パニック買い」を続ける中、食料雑貨店、宅配サービスやEコマース企業は消費者の需要に応えつつ「従業員や買物客を新型コロナウイルスから守るにはどうしたらよいか」という前代未聞の事態に急速に適応している。
チャネル横断的な需要は「採用急増」に繋がっている。食料宅配業界の3社のみでも550,000人の採用計画が発表された。
JLL EMEA インベスターサービス ヘッド兼リテール会長 ティム・ヴァランスは「2020年3月は英国の食料雑貨業界にとって記録的な月となり、英国家庭の88%が食料雑貨店で買い物し、限定的なオンラインチャネルは宅配需要で事実上窒息状態に陥った。これを受けて、英国最大の食料雑貨店Tescoはオンライン宅配を週120,000件に増加させるため、集荷係とバンドライバーを7,500人雇用した」と語る。
実店舗の三密対策
店舗ではソーシャルディスタンス対策に対応するため物理的なレイアウトも変更している。一部の店舗では一方通行を採用。ヴァランスによると「店舗内外に買物客に6フィート間隔を守らせるために案内板が目立つ」と説明する。カートや買い物かごの清掃ステーションや、レジ係を守るための透明パネルが設置された。
また、今まで主に配食エリアで使用されていたスニーズガードに対して、スーパーマーケットからの需要が高まっている。
JLL プロジェクト・アンド・デベロップメントサービス プレジデント トッド・バーンズは「新型コロナウイルスの感染拡大を機に、米国中で小売業者や金融機関の顧客60%超からスニーズガードや行列用のソーシャルディスタンス・マーカーについて問い合わせを受けている。こうしたシステムは一般的に導入費用が非常に高価であり、設置場所や使用システムに応じて200ドル-1,000ドルかかる」と語った。
多くの店舗では一度に入店できる顧客の人数を制限している。小売大手のターゲットやコストコもソーシャルディスタンス対策に基づき適切とみなされる人数に入店を制限し、入店待ちの行列を監視している。
食料雑貨店が注力しているもう一つのリスク対策は、 そもそも顧客の入店を不要にしていることだ。JLL関連会社Big Red Rooster ストラテジー ヴァイスプレジデント エミリー・オルブライト・ミラーによれば「より多くの食料雑貨店がオンラインで購入して店舗で受け取る制度(BOPIS)を採用する他、路上での受け取りや一部店舗ではドライブスルーの選択肢すら提供されている」という。Adobe Digital Economy Indexによれば、米国のBOPIS注文は2月24日-3月31日の間に前年同期比61%急増した。
ミラーは「これにより、サプライチェーン全体の適応度が明らかになっている。食料雑貨店はその柔軟性を示し、クリック&コレクトの利用が加速したように、こうした変化の多くが長期的に継続する」と予想している。
買いあさりを防止するため、コストコ、ターゲット、ヴォンス、トレーダージョーズなどの食品雑貨店や多くのEコマースプラットフォームが、アジア諸国で先行導入されたように一部の商品について一人当たり購入可能な数量を制限している。例えばシンガポール最大のスーパーマーケットチェーンであるFairPriceは、買い物客一人当たり購入可能なトイレットペーパーやティッシュなどの紙製品4パック、米2袋、インスタント麺4パックといった制限を行っている。
また、多くの店舗が免疫疾患者や高齢者などの高リスク客専用の買い物時間帯を設けている。これにはターゲットなどの大手小売業者の他、全国展開している食料雑貨店チェーンのアルバートソンズやALDIも含まれる。地域や地方型チェーン店でも、カリフォルニア州南部のラッセンズなどは店舗清掃直後に高リスク客が利用できるよう1時間早く開業し、最大限のソーシャルディスタンスを維持するため一度に数人ずつに入店を制限している。
Publixは新型コロナウイルス感染症の流行中にコンタクトレス支払いシステムを発表し、レジ係やクレジットカード機との接触を避けるため、顧客に自分の携帯端末でアップルペイやアンドロイドペイなどの支払い手段を利用することを推奨している。
世界中の商品棚が補充されているわけではないが、このようにサプライチェーンの強靱さが表れはじめており、希望をもたらしている。
ヴァランスは「英国では新型コロナウイルス感染拡大が続いているものの、食品雑貨店において当初のパニック買いが収束し既に購入パターンが一部正常化していると報告されている。経験上、英国がロックダウンに適応し、食料雑貨のサプライチェーンは相当効率的に稼働しているとの認識が高まる中、パニック買いで急伸した売上は戻りつつある」と述べている。
Eコマース拡大で都市部に倉庫需要
一方、クローナーによれば「Eコマースの需要拡大と迅速な配達に帯する期待の高まりは、既にデベロッパーにも多大な影響を与えている」と指摘。過去の伝統的なハブアンドスポーク型モデルに加えて顧客への距離が近い都市部により多くの小規模または複数階の倉庫が建設されている。新型コロナウイルスはこのトレンドを加速させる可能性がある。
新型コロナウイルスから最も大きな打撃を受けた国の一つであるイタリア都市部で倉庫スペース需要が増加している。JLLミラノ ロジスティクス&インダストリアル・エージェンシー ドメニコ・マリノは「物流会社と食料雑貨チェーンが倉庫スペースを探しているが、実地訪問は完全に禁止されています。このため、既存のテクノロジーツールやドローン、ビデオグラファーの画像を利用してバーチャルツアーを提供している」と語る。
重要な点はサプライチェーン自体が第二次世界大戦後、最も極端なストレステストに晒されている。ただし、その弾力性は維持される見通しだ。
クローナーは「顧客が買いあさりを回避し、需要は旺盛だが商品は実店舗やデジタル店舗の陳列棚に迅速かつ効率的に補充されていると確信できれば、 見渡す限りトイレットペーパーが積み上げられた陳列棚という、今日の食品雑貨店の『理想の姿』に早々に戻るだろう」と述べている。