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コワーキング型オフィスだけではイノベーションは生まれない

昨今のオフィストレンドを俯瞰するとコミュニケーション活性化を最重要課題としてデザインされたコワーキング型のワークプレイスが主流となっている。確かにコミュニケーションは活性化されるかもしれないが、イノベーションを起こすには何かが足りない。それは「知の深化」を促すための「集中できる執務環境」だ。

2019年 12月 04日


ワークプレイスの集中度が独創性を生む

JINSが開発した「世界一集中できるオフィス」

アイウエアブランドJINSの子会社である株式会社Think Labは2017年12月1日にオープンした「世界で一番集中できる場所」をコンセプトとしたワークスペースThink Lab飯田橋に加え、Think Labカレッタ汐留店のオープンを2019年12月2日に発表した。共用オフィスとして法人等に貸し出しを行っていくという。

オフィスマーケットに詳しいJLL日本 マーケッツ事業部 シニアマネージャー 柴田 才は「外部貸しの共用オフィスはWeWorkのようなコワーキングスペースが急拡大している」と説明する。開放的な執務環境で施設利用者が気軽にコミュニケーションを深めることができ、イノベーション創発を促すといった触れ込みだ。

一方「Think Lab」は集中状態を持続できる「Deep Think(深い集中)」な働き方を実践できる異色の存在だ。まばたきや視線移動、姿勢等から「集中度」を測定する眼鏡型計測器「JINS MEME(ジンズ・ミーム)」で収集したデータをもとに、人が最も集中できる環境を導き出した。

これまでのワークプレイスは利用者へのアンケート等を通じて居心地の良さ等を感性的に評価していたが、Think Labは科学的データをもとに内装が造りこまれているのが特長だ。


JINS本社オフィスで集中度を調査

JINSが本社を構えるのは大規模オフィス「飯田橋グラン・ブルーム」の最上階(30階)。その下層階にあたる29階、2017年12月に第一号拠点となる「Think Lab飯田橋」が開発された。会員制で外部の法人等も利用できるが、利用者はJINS社員が中心だ。

JINSの本社オフィスはフリーアドレスを採用した他、会議室のパーティションはすべてシースルー、スタッフ同士の顔が見渡しやすく内装が設計されており、「コミュニケーションの交差点を無限に作っていく」ことをコンセプトとしたコワーキング型オフィスの典型といえる。


JINS MEMEの開発責任者でもあるThink Lab 取締役 事業統括 井上 一鷹氏は「JINSは商品企画から製造、販売まで手掛けるSPA(製造小売業)がビジネスモデルとなる。川上から川下までスタッフ全員のコミュニケーションが滞ると業務効率も悪化するため、コワーキング型オフィスを志向した」と説明する。

同オフィスは第28回日経ニューオフィス推進賞・経済産業大臣賞を受賞する等、当時の最先端オフィスだったが、「JINS MEME」でスタッフの集中度を測定したところ、集中できない環境であることが判明。折しも29階に増床するタイミングで「Think Lab飯田橋」が開発されたのである。

五感に響く自然な環境

「Think Lab飯田橋」は予防医学者の石川善樹氏が監修し、内装デザインは建築家の藤本壮介氏が手掛けた。神社仏閣からヒントを得て、集中を生み出すための様々な仕掛けが施されている。

入口に足を踏み入れると照明が絞られた薄暗い「石畳」が続く。これは参道をモチーフとしている。「参道」を抜けると一気に視界が開け、明るく緑に包まれた執務空間(オープンデスクスペース)となる。植物が視界に入る緑視率を重視し、心理的リラックス効果が最大限発揮できるように植物を効果的に配置している他、水の流れや鳥のさえずりがかすかに聞こえてくるハイレゾ自然音、体内時計に対応した光環境、オリジナルアロマを導入している。また、視覚の角度によって思考が変わるという科学的根拠から3種類の机・椅子を用意。座席の予約や精算をストレスなくできるオリジナルアプリも導入している。


新幹線や喫茶店よりも集中できない現代のオフィス

井上氏が「人が集中するためにはアイドリングに23分かかるといわれているが、コワーキング型のオフィスでは11分に1回話しかけられ、絶えずメールやチャットを確認しなくてはならない」と指摘するように、JINS MEMEを用いて場所別に集中力測定を行ったところ、オフィスの平均的な集中力は43%に過ぎず、新幹線(70%)や喫茶店(83%)と比較しても集中できない環境だという。

一方、Think Labが提唱するのは、経営学で語られる「両利きの経営」の重要性だ。これは「知の探索」と「知の深化」を掛け合わせることでイノベーションを生み出すという概念だ。

前者はイノベーションを起こすには異なる知識同士を組み合わせる必要があり、自分とは異なる知識を有す他人とコミュニケーションを図ることで知識を広範に探索していくことを奨励している。

後者は特定分野で深く物事を考えていくことで独創性を生み出すことを表している。井上氏は「多様な人々が持つ知識の融合を促すコワーキング型オフィスだけでなく、1人集中して独創するための執務環境は絶対的に必要だ」と断言する。

つまり、コミュニケーション活性化に重きを置くコワーキング型オフィスが「知の探索」を担い、「知の深化」にはThink Labのような集中型の執務環境が必要となり、2つの異なる執務環境を併用することでイノベーション創発に近づくというのだ。

集中した時間が1.6倍に

Think Labは一般事業会社や行政で採用が進んでおり、一定の効果が得られている。例えば某行政機関では、既存の執務室と比較してThink Labでは集中力が向上した時間は約1.6倍になったという。

Think Labを採用した理由は、第一に集中できる環境を構築し、定量的なデータに基づいて業務効率を改善することができるためだ。

「日本企業の労働生産性が先進国の中で最低レベルにあることを広く知られているが、工場等の物づくりの現場では効率化は世界最高水準にあると認識している。その理由として工場の場合は時間や製造数等の明確な目標値に向かって業務改善することができるためだ。一方、オフィスの場合は労働時間の短縮以外に目に見える目標数値を設定するのは難しい。そのため『集中力を高める』という観点で定量的に働き方改革を実施できることからThink Labを採用する企業が増えている」(井上氏)

また人材採用で優位に立つことも目的の1つだ。中でも人材獲得競争が激化しているITエンジニアは集中して業務に没頭する環境を望んでいるにも関わらず、既存オフィスはコミュニケーションを優先しており、執務空間に対してストレスを感じているという。

集中するには空間を分けるべき

一方、サイレントエリアや専用ブース等を整備しているコワーキング型のオフィスも存在しており「Think Labのように独立した執務環境をわざわざ設ける必要はない」とも考えられるが、柴田は「うまく機能していないケースは意外と多い」と指摘する。例えば、パーティションで区切っただけのサイレントルームでは外部の会話が聞こえてしまい、とても集中できる環境ではない。

井上氏は「明確に空間を区切らないと意味がない。働き方改革に失敗するのは習慣化するのが難しいから。いつ・どこで、何をするかを紐づけ、環境をガラッと変えることでモチベーションを切り替えることができ、働き方を見直すきっかけにもなる」と断言する。

これまでのオフィスに欠けていた新たな働き方のヒントは「集中できる執務環境」にありそうだ。

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