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リモート主体の働き方を選んだピクスタはそれでもオフィスを重視する

コロナ禍で普及拡大したリモートワークによって、オフィスの存在意義が揺らぎ始めた。「リモートワーク主体の働き方」に切り替えたピクスタはオフィス縮小移転を実施。しかし、同社は「オフィスが重要な存在」と考えているようだ。

2021年 07月 06日
300坪から100坪へオフィスを縮小移転

画像・イラスト・動画・音楽の素材サイト「PIXTA」等のクリエイティブプラットフォーム事業を展開するピクスタ株式会社。2021年2月8日、渋谷区に位置していたオフィスを縮小移転した。新オフィスは渋谷区に位置する「NBF渋谷イースト」7階。従業員の出社を前提としていた旧オフィスと比較すると床面積を3分の1(約100坪)に縮小。賃料を含めたコストを5割強削減することに成功した。

オフィスの縮小移転を行った背景は、コロナ禍でリモートワーク体制へ切り替えた影響が大きい。同社ではコロナ感染拡大の機運が高まる2020年2月18日にはいち早く在宅勤務を推奨。1回目の緊急事態宣言が発出される直前の同年4月1日から原則在宅勤務へ切り替えた。これまでリモートワークを継続する中でも新サービスを開始する等、事業成長を実現できたこと、フレキシブルな働き方を実現するリモートワーク体制が多くの従業員から評価されたこと、加えて、従業員約120名のうち、宣言解除後の1日のオフィス出社平均人数が10名前後であったことなどを総合的に判断し、コロナ禍に対応するための柔軟な働き方を検討することになった。

その結果、オフィス出社前提だった従前の働き方を「リモートワーク主体の働き方」へと切り替えた。2020年11月1日から暫定措置だったスーパーフレックス制度を正式導入した他、旧オフィス時代の「近距離手当(会社から4.5㎞圏内に住む従業員に一律25,000円を支給)」に代え、毎月10,000円を支給する「リモートワーク手当」を導入。これらの制度変更に加えて、オフィスの位置づけを「コミュニケーションを補完する場」と再定義し、オフィス環境を一新した。

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新オフィスは「リアルコミュニケーションの場」

ピクスタ 経営企画部 広報グループ 小林 順子氏によると「当初は渋谷から浜松町あたりまで広域で移転先を検討していたが、事業成長を続けてきた渋谷への思い入れが強く、最終的に渋谷に決めた」と振り返る。ビルのリニューアルが行われた直後であり、共有設備として屋上庭園も利用できる。旧オフィスから大幅に面積を縮小するため、窮屈さを感じないように、開放感が得られる窓面の大きさ等も選定理由となった。

新オフィスは規模縮小した分、オフィス機能も絞り込み、コミュニケーション活性化に資する内装造作を志向した。受付ブースを置かず、入口すぐに広々としたフリースペースを用意した。旧オフィスにも採用されていたカフェスタイルを踏襲。ソファ席やカフェ席を配し、リラックスできる環境を目指した。

執務環境は旧オフィス時代の固定席ではなく、フリーアドレス席(20席)に変更。コミュニケーションを取りやすいロッカー兼用のスタンディングテーブルを設置している。旧オフィスでは11室あった会議室・応接室を室に減らし、リモートワークで必須となったオンラインミーティングに対応するべく個人ブースを2室用意した。

新オフィスについて、小林氏は「適度な距離感と開放感が魅力」とする。オフィスに出社している従業員同士が適度な距離感を保ちながら、顔が見渡せる。声掛けもしやすい。ちなみに、新オフィスへの出社人数は1日上限30名に設定しており、人数管理は出社予定リストへ記入する。出入りに使うセキュリティカードで個人の特定も可能だ。

リモートワークならではの課題をどう解消する?

ピクスタのように、コロナ禍を受けてより柔軟に働く場所を選択できるリモートワークを主体とする働き方へ切り替える動きは増えている。その半面、リモートワークならではの課題も顕在化してきた。特に「コミュニケーション不足」、「帰属意識の低下」、「生産性低下」は根深い問題だ。

JLLでは日本を含めたアジア太平洋地域の大手企業で働く1,500名に対して実施したアンケート調査において、日本企業は「在宅勤務のほうが生産性の高い働き方ができた」との回答がわずか21%にとどまった。リモートワークはワークライフバランスが取れるが、執務環境が整備されたオフィスに比べると生産性はどうしても下がるような印象がある。

オフィスで働いていた頃には、業務に行き詰っても上司や同僚に気軽に相談することができ、休憩時などの雑談からイノベーション創発に繋がることもあった。しかし、リモートワークではチャットツール等でコミュニケーションは取れるといえども、オフィス勤務に比べるとコミュニケーション不足に陥りがちだ。仕事に行き詰っても気軽に相談できず、孤独を感じ、メンタルヘルスに問題を抱えるケースも出始めている。加えて、仕事と生活の境界線が曖昧になりがちなリモートワーク一辺倒では所属企業に対する帰属感が喪失されるといった問題も見え隠れしている。

では「リモート主体の働き方」に切り替えたピクスタは、これらの課題にどのように対応しているのだろうか。

コミュニケーション

ピクスタではオンラインによるコミュニケーション施策に注力している。全従業員をランダムでグループ分けし、1時間オンライン上で雑談する「いつでもトーク」を開始した他、事業活動における指針(同社では「WAY」と呼んでいる)について社員同士で語り合う場としてコロナ以前から実施していた「WAY振り返りミーティング」をオンライン化した。部署横断で5名程度のチームが編成され、毎回異なるテーマを元にミーティングを行うというものだ。他部署の業務内容を知ることができ、相互理解を深める他、業務上・組織運営上の個々の課題に対して解決策が提案されることもある。

「直接関わり合いのある社員同士が最もコミュニケーションを密にしており、徐々に関係性が薄れていくピラミッド構造になっている。気軽に話せると協働しやすくなる微妙な距離感の社員たち、何か情報交換したらヒントが得られると推測される社員たちがチームになるようなグループ分けに気を配っている」(小林氏)

帰属意識

1日の大半の時間をオフィスで過ごす従前の働き方は企業に対する帰属心や愛着を高める副次的効果があったが、リモート主体の働き方は企業から物理的・心理的に距離感が生じ、帰属意識が薄まっていく。この問題に対して、ピクスタでは年2回ほど、全社員参加型のオンラインイベントを企画・実施する。1回目は2020年12月に実施したのはオンライン納会。実施後のアンケート調査では実に98%が「満足」と回答した。

一方、画像やイラスト等の販売プラットフォーム事業を展開する同社にとって、作品を提供するクリエイターは重要なパートナーとなる。クリエイターにとっても取引先にオフィスが存在する(実体がある)ことは安心感が得られる。また、旧オフィス時代からクリエイターに撮影場所としてオフィスを提供する等、クリエイターにとってオフィスの存在は実利に繋がる。

生産性

2020年7月に実施したピクスタの社内アンケートによるとリモートワークの結果「生産性が低下した」との意見が比較的多かった。その後、同社で採用した「リモート主体の働き方」では生産性にどのような変化があったのだろうか。

アンケート実施時期は、長期的に計画していたリアルイベントが中止になり、今期の事業計画に大きな影響を及ぼしたという。小林氏によると「アンケート調査の実施時期は事業計画をいったん白紙に戻して、再考していた混乱期にあたり、社員の『迷い』がアンケート結果に反映されたと考えている」とのこと。一方、現在はコロナ禍を織り込んだ行動指針を立てて業務を進められるようになり、実際に2020年下期には新サービスを開始する等、生産性低下は杞憂のようだ。

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「リモート主体の働き方」でもオフィスは必要

JLL日本が従業員1,000人以上の国内企業を中心とした経営層を対象にしたアンケート調査において「ウィズ・アフターコロナの働き方に伴い、自社オフィス面積は今後どのように変更するべきか」を質問したところ、オフィス面積を削減するとした回答は76.4%に及んだものの「オフィスをなくす」と回答したのは、わずか1.6%だった。

企業のオフィス戦略を詳しいJLL日本 オフィス リーシング アドバイザリー事業部 シニアマネージャー 柴田 才は「コロナ禍を受けて不要論が出たオフィスだが、優秀な人材を確保するベネフィットとしてコロナ禍で拡張移転した企業が存在する等、求められる役割が変化しながらも引き続きオフィスを重視する企業は多い」と指摘。

アフターコロナ時代に向けた企業のワークプレイス戦略はリモートワークとオフィスを組み合わせたハイブリッド型が主流になりそうだ。形を変えながらもオフィスの存在価値は普遍的に続いていくだろう。 

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