記事

スタートアップが望むオフィスとは?

経済大国でありながら世界的に見ても起業数が少ないとされる日本において、今後は起業を後押しし、スタートアップを育成していくことが日本経済にとって必要不可欠だ。事業活動の場を提供する不動産業界ではオフィスの提供等を含めてスタートアップ支援を重視し始めたが、彼らが望むオフィスとはどのようなものなのか。多数のスタートアップが入居する外部貸し共用オフィス「co-ba ebisu(コーバ・エビス)」がその好例だ。

2020年 06月 24日
スタートアップが多数集積する「co-ba」

「働き方解放区」をテーマにした「co-ba ebisu」が2019年12月に開業した。スタートアップ約30社(2020年3月取材時)に加え、社外とのコラボレーションを希望する大手企業やフリーランス、起業家など、多様な面々が1つの空間に集い、コミュニティを形作る。運営するのはスタートアップ・クリエイター向けのシェアードワークプレイス「co-ba」を開発・運営している株式会社ツクルバだ。

「co-ba ebisu」の床面積は約1,600㎡。これまでツクルバが運営してきた施設は200㎡-400㎡ほどで、既存施設とは一線を画す大型スペースだ。

従前、外部貸しのコワーキングスペースやシェアオフィスはフリーランスや起業家など、個人事業主が1人で利用するイメージが定着していた。ツクルバが2011年に開業した「co-ba shibuya」もクリエイターやフリーランスを想定して開業したものの、渋谷という立地もあり、スタートアップが多数集積。その後、2018年には会社設立前の準備期から起業したての「シード・アーリー期」にあたるスタートアップに特化した「co-ba jinnan」を開業。この2施設で培った知見を活かしながら、発展させたのが「co-ba ebisu」となる。

多様な入居者が集い協業を促すコミュニティが生まれる

現在入居しているスタートアップ企業はITを主軸に、人材系、教育、ゲーム、プラットフォーム運営、仮想通貨開発など、多士済々だ。またVCが施設の一角を自社コワーキングとして占有し、支援先や提携先に自由に使用できる仕組みも行っている。

同施設をプロデュースしたツクルバ co-ba事業部 部長 奥澤 菜採氏は「これまでスタートアップやフリーランスが協業するコミュニティを運営してきたが、スタートアップマインドのあるチームや人の働き方がこれからの社会のスタンダードになっていくのではないかと感じた。『co-ba ebisu』は多様な領域の人が自然に流動する空間や、柔軟なプランを用意することで、スタートアップの働き方を取り入れたい大手企業やフリーランス、起業・副業を模索する会社員・シニア層等が集い、入居者同士の協業を促すコミュニティが育まれている」と説明する。

スタートアップの意見を反映させた「co-ba ebisu」

大手企業の社宅跡地の再開発事業として、クリエイティブ企業の集積地であり、閑静な住宅エリアという2つの特性を持つ恵比寿・代官山エリアに立地することから、スタートアップ企業などの起業促進や職住近接といった現代のニーズを踏まえて、質の高い住空間とスタートアップマインドのあるチームや人を対象としたオフィス空間の提供を目指したものだ。

奥澤氏によると「多数のスタートアップにヒアリングし施設のプランニングを進めた。結果としてヒアリングに協力いただいたスタートアップがオープンと共に入居するという事例もある」といい、まさに「スタートアップが望む働く場」を体現したオフィス環境といえそうだ。

例えば、施設のハード面を見ても、スタートアップの事業活動に適したアイディアがいくつも見られる。執務空間となる1階の「コワーキングフロア」はフリーアドレス、固定席、カスタムオフィス、プライベートオフィスの4つの執務プランを用意。これによって各企業の成長ステージや事業規模等、それぞれの諸事情に最も合致した契約形態を選択できる。

中でも人気が高いプランは「カスタマイズオフィス」だ。密閉型の個室ではなく、天井近くの間仕切り壁が開放された半個室で、跳ね上げ式の窓を開くとフリーアドレス席と一体感が生まれる。個室入口には各社のロゴをあしらった「暖簾」が下がり、さりげなくオリジナリティが出せる。「コワーキング等で起業したスタートアップが成長し、独立したオフィスが必要になった際、それまでコワーキングで培ったコミュニティと疎遠になり、不動産的な制約や経済的に内装造作に費用をかけられず『らしさ』を出せないといったことがスタートアップにはある」(奥澤氏)という悩みがヒアリングを通じて判明した。こうしたスタートアップならではの課題を「カスタマイズオフィス」は解消してくれるのだ。

また、各個室プランには利用人数に応じてフリーアドレス席の利用アカウントが付与される。利用アカウントは他人にも貸与できるため、外部スタッフやインターン、またはフリーランスなどを呼び寄せて業務を進めていける。一般的なオフィスは床面積と賃料が固定されるが、利用アカウントは1カ月単位で変更できるため、より柔軟性のあるフレキシブルな働き方が可能になる。

その他、100名規模のイベントが開催できるフリーアドレスエリアやキッチン機能を完備したバースペース、カフェ風ラウンジスペースは施設内外でコミュニティを育み、大手企業に比べてリソースに余裕のないスタートアップに「協業による負担軽減」の選択肢を提示する。

2階は「レジデンスフロア」となり、30㎡-70㎡台のレジデンスを20戸用意し「職住近接」を高レベルで実現。このように事業活動に邁進したいスタートアップならではの事情に適した施設仕様となっている。6月以降の現在では、新型コロナウイルス流行による働き方の変化により、上階に住みながら、1Fのコワーキングエリアで会員契約し、リモートでのワークスペースのニーズが増えてきているという。

施設内コミュニティに参画するメリット

一方、ソフトサービスを提供するのはコミュニティマネージャーだ。施設に常駐し、入居者の様々なニーズをサポートする「コンシェルジュ」のような位置づけだが、特筆するのは入居者の事業内容や時々のニーズなどを把握しており、施設内コミュニティのハブとなっている点だ。仮に入居企業Aに「システム開発を外注したい」というニーズがあれば、コミュニティマネージャーに相談すれば施設内の入居者から対応してくれる企業・人材を見つけてきてマッチングしてくれる。事業成長は速いがゆえにすべてのリソースを自社内で賄うのは現実的ではない。スタートアップが「コミュニティ」を重視するのは人材面でもメリットが大きいためだ。

「co-ba ebisu」ではソフトサービスとして新たに「コミュニティグロースメンバー制度」を開始した。専門的なビジネス領域や知見・経験を持つ期間限定のメンバー(グローサー)が入居者コミュニティと連携し、新サービスの実証実験やイベント立ち上げなどで協働するといった取り組みだ。奥澤氏によると「グローサーにはコミュニティを育てる役割を期待している。立ち上げとなるシーズン1のメンバーとして、イベントスペースを活用して動画配信をサポートする専門家やキャリア相談の専門家などに参画してもらっている」という。

また、新型コロナウイルス感染拡大を受けて4月-5月は、施設利用を制限せざるを得ない状況であったが、「オンラインコミュニティ」の実験に取り組んできたという。これまでリアルイベント前提であった交流会やセミナー、様々なコンテンツをオンラインに置き換え、逆にオンラインでしか実現しないような複数拠点や地方拠点を繋ぐようなコンテンツ配信も実現。その中でのナレッジを定期的に情報発信もしている。自粛解除後もオンラインでの可能性を感じており、内容を研ぎ澄ませながら継続していく計画だという。

コロナ後もリアルなコミュニティは不可欠

非常事態宣言下において多くの企業が「救急措置」としてテレワークを導入し、その有用性に気付いたことで「オフィスだけが働く場でない」という雰囲気が醸成された。今後は在宅勤務や外部貸し共用オフィス等を活用した、より幅広い視点でワークプレイス戦略を見つめ直す企業が増えていくだろう。

そうした中、奥澤氏によると「非常事態宣言が解除されてから『co-ba』への移転を希望する多くの声いただいている」という。企業や人々の関係性が新型コロナウイルスによって断絶されたことをきっかけに、コワーキングのような多様な企業・人材が集う「リアルな場」としてのコミュニティの価値が再認識されたともいえる。

スタートアップのみならず、今後ワークプレイス戦略を再考する多くの企業にとって今後も「リアルなコミュニティ」は普遍の価値を持ち続けていくのではないだろうか。

※現在は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から大人数でのイベント開催は制限しています。

お問い合わせ